第24話:三方塞がりの広間
通路を進むにつれ、空気が重くなった。
足音が石畳に吸い込まれるように響き、壁の苔が湿った光を帯びている。
角を曲がった瞬間、足が止まった。
広間だ。
ミリアリアさんたちが地龍と戦った場所。
崩れた石柱の跡がそのまま残り、床には地龍が暴れた痕跡が刻まれていた。
そこに、地龍が2体いた。
体を走る悪寒に、思わず壁際へ身を引いた。
横を見ると、メグーちゃんが唇を引き結んでいる。
(集合ポイントへ行くには、この広間を通るしかない)
壁を伝って別の道を探したが、出口はない。
戻る選択肢もない。前に進むしかなかった。
目だけ動かして地龍の様子を窺う。
2体とも、こちらに気づいた様子はなかった。
石柱の影でうずくまり、息を潜めている。
足音を立てなければ、通り抜けられるかもしれない。
メグーちゃんと目が合った。
彼女は静かに頷いた。
そのとき──背後で空気が割れた。
「っ!」
振り返る間もなかった。
別の地龍が、通路の奥から滑り込んでくる。
退路が断たれた。
「燃えろ!」
メグーちゃんの魔法が奥から迫る地龍の足を止める。
流石の地龍も、爆炎を前に尻込みしていた。
しかし、活路が開いたわけではない。
広間から2体の地龍が私たちに迫る。
「空と大地を統べる、神話の守護者よ。その姿を顕現させ!我に仕えよ!」
詠唱と同時に、広間の天井へ向かってグリフォンが現れた。
黄金の瞳。夜空のように深い翼。
その威容が広間を支配する。
「乗って!」
メグーちゃんの手を引き、グリフォンの背へ飛び乗った。
翼が大きく羽ばたき、石畳が遠ざかる。
一瞬だけ、逃げ切れると思った。
地龍が跳躍した。
信じられない速さだった。
巨体がまるで重力を無視するように宙を舞い、グリフォンの胴体に牙が深く食い込む。
「っ!!」
グリフォンが断末魔の叫びを上げた。
バランスが崩れ、体が傾く。
「お母さん!」
メグーちゃんに引っ張られるようにして、私はグリフォンの背から跳ぶ。
次の瞬間、石畳に叩きつけられた。
衝撃が全身を走り、息が詰まる。
グリフォンは地龍に引きずり込まれていた。
もがく翼が次第に静かになっていく。
立ち上がる。
膝が笑っているが、立つしかない。
(今なら……逃げられる)
メグーちゃんの手を掴み、広間の奥へと駆け出す。
「ダメ!!」
だが、広間の出口に差し掛かった瞬間、メグーちゃんの声が響く。
思わず足を止めた私の前で、巨大な影が着地し、轟音と衝撃が放たれる。
地龍が前に立ちはだかった。
背後でも、別の地龍が追ってくる気配がある。
前後を塞がれた。
「戦うしかないわね」
横を見た。
メグーちゃんは震えていない。
唇をきつく結び、前を見据えたまま、静かに呼吸している。
その横顔に、私は息を呑んだ。
(この子は──怖くないのか)
いや、怖いはずだ。
あんな化け物が前にも後ろにもいる。
けれどメグーちゃんの目には、迷いがなかった。
逃げ場がないなら戦う。それだけを見ていた。
(……私が、守らなきゃ)
震える手を、強く握った。
毒を制するのは毒だ。
地龍を制するなら地龍である。
「時の深淵より目覚めし、大地を揺るがす覇王よ。血潮の記憶をたどり、いま再びこの地に顕現せよ」
空気が圧縮されるような感覚が走り、地面が軋む。
足元から何かが満ちてくる──それが自分のスキルだとわかっていても、この感覚には慣れない。
地龍が現れた。
私の召喚した地龍が、前に立ちはだかる相手へと低く身を沈め、突進していく。
ぶつかった。
衝突の振動が石畳を通じて足裏に届く。
2体の地龍が組み合い、広間全体が軋んだ。
石柱がひびを入れ、天井から砂が降る。
背後で地面が揺れた。
振り返ると、別の地龍が地面を揺らしながら迫って来ていた。
牙を剥き出しにして、低く身を沈め、距離を詰めてくる。
(もう1体召喚できれば──)
「時の深淵より目覚めし、大地を揺るがす覇王よ──」
詠唱を口にした瞬間、手が止まった。
スキルが応えない。
正確には、応えようとして──何かに阻まれた感覚がある。
(同じ魔物は……2体同時には召喚できない?)
意識が切り替わる。ならばグリフォンだ。
「空と大地を統べる、神話の守護者よ──」
スキルがまた、沈黙した。
力が空回りする感覚。先ほどのグリフォンが倒れてから、まだ間もない。
クールタイムが、明けていない。
(まずい)
気づいたときには、地龍の影が目の前にあった。
大きく振り上げられた前脚が、風を切って迫ってくる。
「バリア!!」
メグーちゃんの声が響いた。
爪が透明な壁に叩きつけられ、鈍い轟音が広間に反響した。
結界は揺れない。地龍が牙を打ち込む。また、衝撃音だけが響く。
硬い爪と牙が壁に繰り返し当たるたび、まるで石を叩くような音が返ってきた。
「燃えろ!!」
炎が走り、地龍の動きが鈍る。
「お母さん!!このままじゃダメ!!」
通路の奥で炎が揺れた。
さっきメグーちゃんが足止めした地龍だ。
炎を踏みにじりながら、ゆっくりと、こちらへ向かってくる。
(まずい)
3体目が合流すれば終わりだ。
今の私たちには、もう余裕がない。
「メグーちゃん、隙を作って!」
「吹き荒れろ!!」
突風が広間を駆け抜けた。
地龍の巨体が横に流され、足をもつれさせて石畳に倒れ込む。
轟音。重さが地面に叩きつけられた音。
今だ。
「夜空に浮かぶは深紅!世界を赤く染め上げよ!紅の夜に誇れ!赤月花!!」
赤い花が広間に咲いた。
倒れた地龍が、吸い寄せられるように花へ顔を向ける。
次の瞬間、花弁が一斉に萎れ、龍の肉体が瞬時に枯れて骨となった。
枯れた骨が崩れ、灰になった。
通路の奥で、動きが止まった。
3体目の地龍だ。
足が地面に張り付いたように動かなくなっている。
低く唸り声を上げながら、一歩も前へ出ようとしない。
(効いてる)
息を整えながら、頭が急速に回転し始める。
地龍の鱗は硬い。正面から力でぶつかっても、傷一つつけられない。
でも赤月花は、その鱗の上から直接殺せた。
奈落草の種も同じだ。体内に入りさえすれば、鱗の硬さは関係ない。
(地龍が相手でも、やれる)
残るは1体。
メグーちゃんの結界が引きつけているあの地龍さえ倒せれば、形勢は一気に変わる。
「メグーちゃん!あの地龍も魔法で引きつけてて!」
「わかった!!」
そのとき、広間の奥の石壁がひび割れた。
ひびは瞬く間に広がり、壁が内側から押し開けられるように崩れていく。
現れたのは、巨大な岩の塊で作られた人型の存在だった。
高さはゆうに4メートルを超える。
腕は丸太のように太く、足元の石畳が重さで沈み込んでいる。
体表には苔と古いクリスタルの破片が張り付き、目の位置に当たる部分だけが鈍く緑色に光っていた。
地の精霊だ。
(なぜ、こんなものが──)
精霊の放つ圧が、広間全体を塗り替えた。
地龍たちでさえ、その出現に動きを止めていた。
緑の光が、ゆっくりとこちらを向いた。




