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第21話:神代の残響と失われた龍


 赤月花の広間を抜けると、通路の空気が変わった。

 湿り気は変わらないが、冷たさが増している。

 苔むした石壁が続く中、一行は黙々と歩いていた。


 ミリアリアさんが、ふと足を止めた。


「……少し待っていてくれ」


 周囲を見回し、石壁に手を当てる。

 指先で表面をなぞるように触れながら、何かを確かめているようだった。

 オーグさんも無言で周囲に目を配る。

 二人とも、何かを感じ取っている。


 壁の苔をそっと払うと、石の表面が現れた。

 ひび割れてはいるが、崩れていない。

 長い時間をかけて古びただけで、壊された様子はなかった。


(遺跡みたいだ)


 ダンジョンというより、誰かが丁寧に作り上げた建物が、ただ時間の中に置き去りにされた、そんな印象だった。


 何を感じているのかは、分からない。

 私はまだ、何も知らない。


 ミリアリアさんたちがなぜ天使の零落の奥へ向かおうとしているのか。

 地龍と戦い、赤月花の広間を越え、ここまで来た。

 でも、その目的を、一度も聞いていなかった。


「ミリアリアさん」


「どうした?」


 石壁から手を離さないまま、ミリアリアさんが振り返った。


「今更ですけど、ここへは……何を調べに来たんですか」


 少し間があった。

 ミリアリアさんは壁から手を離し、こちらへ向き直る。


「龍だ」


 その一言が、胸の奥に沈んだ。

 子供の頃、村の長老たちがよく話していた。


 神と人はかつて、とある約束を交わした。

 それを人が破り、神の怒りを買った──そして9年ごとに、神は罰として龍を降らせた。

 雨龍年と呼ばれるその年を、人々は恐れた。


 でも私が生まれる少し前、龍暦648年に、それは来なかった。

 72柱目の龍が、現れなかった。


 村では「神が人々を赦した」と言われていた。

 安堵する者も、戸惑う者もいた。

 でも誰も、なぜかは知らなかった。


 そして、オーグさんの里を滅ぼした存在──それが龍だ。


「なぜ、龍が突如として鳴りを潜めたのか。本当に人々は神に赦されたのか、それを知りたい。眠っている龍を見つければ、何かが分かるかもしれない」


「もしかして、龍がここに?」


 ケビンさんの言葉に、ミリアリアさんは首を縦にも横にも振らなかった。


「いるかもしれない。眠っているかもしれない。まだ分からん。だが、手がかりを探しに来た」


「……ミリアリアさんは、どうして龍を探しているんですか」


 ミリアリアさんの肩が、わずかに動いた。


「オーグと……似たようなものだ」


 短く、それだけだった。


 龍に。

 ミリアリアさんも──何かを失ったのだろうか。


 聞けなかった。

 聞いてはいけない気がした。


「古代文明は、神の怒りに触れたのでしょうか」


 壁をもう一度見ながら、自然と口をついた。

 ただ古びているだけで、破壊された跡がない。


「そう語り継がれている。だが」


 ミリアリアさんは通路を見渡した。


「見ての通り、ここには戦いの跡がない。神が怒りをもって滅ぼしたなら、もっと激しい形が残るはずだ。必ずしも、破壊するとは限らない」


「じゃあ、古代文明は……」


「分からない。だから調べている」


 それ以上は言わなかった。

 しばらく、誰も口を開かなかった。


「ねぇ、あれ」


 メグーちゃんが立ち止まった。

 視線の先、石壁の一部が淡く緑に光っている。


 全員の足が止まった。


「……クリスタルだ」


 ミリアリアさんが静かに言った。

 その声に、わずかな緊張があった。


「何ですか、これ」


「魔力を凝縮し、結晶化させたものだ。今の時代では再現できない技術だ」


「神代の遺物ってやつかァ」


 オーグさんが低く言った。

 その声には、珍しく軽口がなかった。


「龍は……こういうものに引き寄せられる」


 ミリアリアさんが静かに続けた。


 クリスタルは壁の中で脈打つように光り、通路に沿っていくつも並んでいた。

 見ているだけで、引き寄せられるような感覚がある。


(どこかで……知っている気がする)


 農場で育てたわけではない。

 書物で読んだわけでもない。

 それなのに、目が離せない。


「アニー」


 ミリアリアさんが名前を呼んだ。


 だが、声が遠い。


 足が、自然と壁へ向いていた。

 引き寄せられているというより、もっと深いところで──この光を知っていた。


 クリスタルが、ぱっと輝いた。


「アニー!?」


「お母さん!」


 ミリアリアさんの声と、メグーちゃんの声が重なった。

 メグーちゃんが咄嗟に腕を掴んだ。


 次の瞬間、私は光の中に消えた。


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