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第18話:芽吹きの音


 メグーちゃんが肉片を食べ終えた瞬間、私の内側で何かが弾けた。

 脳裏に、遠く古い祭壇から鳴るような、澄んだラッパの音が鳴り渡る。

 その音は祝祭の合図というより、古い神託が目を覚ましたかのように神秘的で、湿った空気の中でひときわ明るく響いた。


(こんな音を聞くのは初めてだ)


「アニー?」


「……ちちち、ちり、ち、りり、ち……」


 胸が震える。

 言葉にしようとするたびに、音が私の胸を揺らし、喜びと困惑が同時に押し寄せる。


(成長の音だって、聞いたことはあるけれど)


 震える指先でスキル欄を空に呼び出した。

 古い碑文のように文字が浮かび、光の筋が素材名を結んでいる。

 リンゴ、ガーリック、バター、ローズマリー。

 そして、地龍──。


 文字はまるで誰かが私に語りかけるかのように、柔らかく、しかし確かに意味を持って示されていた。


(ケビンさんが許可した素材が、私の内に刻まれている)


「落ち着け」


「ち、ちゆう……地龍が、う、うみ、生み出せ、るように、なりました」


 言葉にする自分が信じられない。

 だがミリアリアさんは静かに頷き、目に過去を映すような色を宿していた。


「すまない。確証がなく、話していなかったな。アニー、お主の力を必要としたのは、まさにその現象を期待していたからだ」


「え?」


 彼女の視線は遠くを見ている。

 その瞳には、ロールに潜む古い仕組みを知る者の落ち着きがあった。


「理由はわからぬが、メグーの存在は我々のロールに大きな影響を及ぼす。料理人であるケビンと、農民であるアニーが協力して一つの品を作り、それをメグーが食したことで、お主の内に変化が生じたのだろう」


 言葉は霧を裂く光のように疑念を晴らしていく。


(料理が、魔力を変換するのか)


 そのとき──わずかに空気が揺れた。


 変化の予兆があった。

 薄暗い神殿の奥から、月の糸のような銀髪が揺れて現れる。

 光の揺らぎに包まれて、メグーちゃんが立っていた。


 だが彼女は先ほどまでの幼い姿ではない。

 成長の瞬間、体の周囲に柔らかな光が蠢き、魔力の波紋が衣を弾き飛ばしたのだ。

 衣服は床に散り、そこに残された布切れが、変化の痕跡を物語っている。


「ちょ、ちょ、ちょっと!?」


 慌ててバックパックを探り、着替えを差し出す。


「ねぇ、お母さん、慌てすぎ」


「お、お母さん!?え、あ、ええ?」


 メグーちゃんは照れたように笑い、私の服を受け取って身に着ける。

 その仕草には幼さの残滓が混じっていて、声にも時折子どもの高まりが残っていた。


「私はメグーよ」


「メグーちゃん!?」


 叫びが柱に反響する。

 成長した姿の中に、確かにあの子の無邪気さが残っている。

 だが同時に、体内に宿る何かが変わったことを示す冷たい輝きが瞳の奥に見えた。

 服がずいぶんと余っていた。

 体の成長に衣服が追い付いていないのだろう。

 その不恰好さと、メグーちゃんが恥ずかしそうに裾を引いている仕草が、微妙にちぐはぐで愛らしかった。


「さっきの地龍、物凄く芳醇な味がしたもの。きっと、すごーい量のマナが凝縮されていたのよ」


「体内の……マナ?」


 メグーちゃんは目を輝かせる。

 その表情は子どものように純粋だが、マナを摂取して成長するという仕組みが、ただの可愛らしさを超えた危うさを含んでいることを直感した。


(大量のマナを取り込むことは、何かを変える)


「メグーよ、必要ならばアニーとケビンに頼めば、また食べられるぞ」


「フェイがいる時にお願いしようかしら。そのたびに地龍に暴れられたら厄介でしょ」


 その言葉の端で、言葉を飲み込む。

 フェイのロールが盗賊だという説明が、空気を凍らせた。


「盗賊のスキルで命を盗んでしまえば、地龍なら一撃ね」


「フェイの秘密をそう簡単に話すでないぞ……メグー」


 ミリアリアさんの声には、制止の重さがあった。

 周囲を一瞥する素早い視線。

 今は誰にも聞かれていないが、その習慣が抜けないのだろう。


(盗賊が"命を盗む"とは、どういうことなのだろう)


「な、何となくよ!」


「どうやら、アニーはメグーに親愛を抱かれているようだ。こうして大きくなっても、その気持ちは変わらんようだな。うむ」


「うるさいわね。ミリアリア、恥ずかしくなること言わないでよ」


 戸惑いと嬉しさが入り混じる胸を抱えた。

 この瞬間、私たちの関係と、ロールの奥に潜む秘密が一斉に動き出したのを感じていた。


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