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最弱の農民ロールの私、裏切った仲間ごと助けて救世主となる  作者: 農民
第3章:聖導リュミエール神聖学院
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第159話:光の手、影の中で

 光が、来た。


 どこか遠くで、空気が変わった。

 重く淀んでいた瘴気が、一瞬にして吹き散らされていく。


 そして、講堂の天井から差し込む光の中に、誰かが降り立った。


 白金のローブが、柔らかく揺れている。

 足元に淡い光の波紋が広がり、一歩ごとに、闇がじわりと後退していく。


 私は、その場に立ち尽くしていた。


 身体が動かない。

 逃げたいのか、それとも逃げたくないのか、自分でもわからなかった。


 ただ、その姿が近づいてくるのを、じっと見ていた。


「……来ないで」


 声が出た。

 自分でも驚くほど、かすかな声だった。

 懇願なのか、拒絶なのか、自分にもわからない。


 足元の蔓が、意志を持ったように動き出す。

 聖女へと向かって、這い寄っていく。

 止めようとしたが、止められなかった。

 これは私の一部なのに、もう私の言うことを聞かなかった。


 でも、聖女は怯まなかった。


 蔓が触れた瞬間、光がふわりと広がり、闇が溶けていく。

 それでも、足取りは変わらない。静かで、揺るぎない。


「あなたを助けに来ました、リゼリアさん」


 まっすぐな声だった。

 その声が、胸の奥の何かに触れた。


 だから、余計に腹が立った。


「嘘……嘘よ!私なんか……私なんかを……助ける価値……ないもの」


 言葉が勝手に溢れてくる。

 ずっと、誰にも言えなかった言葉が。


「ずっと……クラリーチェさんが羨ましいと思ってた……あの人さえいなければ……そう思ったこともあった。見てほしい……私も見てほしい……そうだ。クラリーチェさんさえいなくなれば……消えてしまえ……そう思った。そんな風に思う私に……助けられる価値なんてない」


 声が震えるたびに、講堂の壁にひびが走っていく音がする。

 崩れていく。

 この世界も、私も。


「価値がないから……誰も私を見ない……」


 いつも……

 いつも……

 お姉様……クラリーチェさん……他人ばかり……


「私が……クラリーチェさんみたいだったら……みんな見てくれるのかな……?」


 聖女は、その場に立ち止まった。

 静かに目を伏せている。

 否定も、反論も、なかった。


 その沈黙が、怖かった。

 責められる方が、まだよかった。


 そして、また一歩、こちらへ歩み寄ってくる。


「……そうですね。クラリーチェさんは、すごい人です」


 ええ、そうよ。知ってる。だから──


「でも、私は……あなたを見てます。リゼリアさん」


 心臓が、止まりそうになった。


 誰かが、私を見ている。

 私の名前を呼んでいる。

 それだけのことなのに、足元の蔓がぴたりと動きを止めた。


 胸の奥に、何かが灯った。

 頼りなくて、今にも消えそうで。

 それでも確かに、そこにあった。


「あなたが、どれだけ努力してきたか。誰にも見えない場所で、どれだけ自分を削ってきたか。私、知っています」


「知らないくせに……!あなたに、私の何がわかるの……!」


 叫んでいた。

 怒りなのか、悲しみなのか、もうわからない。

 周囲の影が渦を巻き、講堂が軋みを上げる。


 それでも、聖女は立ち止まらなかった。

 光の衣が闇を裂きながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「わかりません。全部なんて、わかるはずがない。でも……私も、ずっと誰にも見られなかった。誰の目にも映らないまま、ただ生きてきた。だから、少しだけなら……わかる気がするんです」


 目を見開いた。


「……勇気の聖女様が?」


 静かに、頷いた。


「はい……そうです」


 その瞬間、何かが崩れた。

 心の奥で、ずっと積み上げてきた何かが。


 姉たちの背中が、浮かんだ。

 ミリアリアのように、ミリアリーデのように、なりたかった。

 誰かに褒められたくて、認められたくて、どれだけ手を伸ばしても届かなかった。

 笑顔の裏で、何度も唇を噛みしめた。

 悔しさを、寂しさを、誰にも見せないように。

 ただ、ひとりで抱えてきた。


 その記憶が、今、胸の奥で疼く。


 どこかで、黒い蔓がほどける音がした。


「あなたは、あなたのままで、すごい人です。誰かの代わりじゃない。誰かの影でもない。リゼリア・セレスタという、たった一人のあなたが、ここにいる」


 声が、震える。


「……でも、私、もう……」


「知ってた……消えてしまえって気持ちに……魔物が反応していることに気付いてた……」


 胸元の布を、ぎゅっと握りしめる。

 崩れそうな心を、どうにか繋ぎとめようとして。


「こんなの良くない……ダメって思っても……止まらなかった」


 そのとき、手が差し伸べられた。

 強さを示すためではない。

 ただ、そこに在るための手だった。


「大丈夫。私が、見ています。あなたがどんなに泣いても、怒っても、逃げても……私が、あなたを……本当のリゼリアさんを見失いません」


 涙が、頬を伝って床に落ちた。

 その一滴が触れた場所から、蔓がふっとほどけていく気配がした。


 ずっと閉ざしていた場所が、軋みながら、ゆっくりと開かれていくような感覚。


「……どうして……そんなふうに……」


 答えは、微笑みだった。

 押しつけるのでも、哀れむのでもない。

 ただ、ここにいる、と言っているような笑みだった。


「あなたが、あなたを見失いそうなときは──私が、あなたを思い出させます。だから、もうひとりじゃないんです」


 肩の力が、ふっと抜けた。

 張り詰めていたものが、少しずつほどけていく。

 影が、光に溶けるように消えていった。


 差し出された手を、見つめた。


 ずっと、誰かの手を取るのが怖かった。

 また、届かなかったら。また、見てもらえなかったら。


 けれど今、その手はただ、そこにあった。

 待っていた。


 そっと、自分の手を重ねた。


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