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7-6話 鉄の街の天使

第七章:君に逢いたくて:


 街へと続く階段の手前から、ふたり手繋ぎをして潜伏(ハイド)する。雪の無い段差を恐る恐る登っていくと、側面に並んだ排気口から、蒸気が漏れ出しているのが確認できた。


「サギリわかるか? この階段ほんのりと温かいぞ。やはり下からの熱で融雪してるぽいな」


 潜伏(ハイド)が解けないように、身体を寄せての囁き声になる。


 鉄壁内を走査した結果、街に滞在する者は3155人、そのうちどちらかの陣営のタグを背負っている者は14人だった。看破のスキル表示では、タグ無しの大半が中立の白枠だ。


 それ以外に、初めて見る黒枠の20名が、何となく目立って気になった。街に均等に分散していて、殆どが微動だにしていない…。


 まぁスキル的な偵察で言うなら、普通に入場しても害は無ささそうなのだが、こうして姿を消しているのは、より用心深くという事だ。


 サギリに生の街の様子を、こっそりと見せておきたいからな…。


 やがて階段を上り切ると、巨大な鉄鋼板が重なり合った、重厚な外壁と、開け放たれたままの吊り上げ式の鉄門が迫ってくる。その門の背後には、左右に小さな屋根付きの詰め所があって、二名の衛兵らしい槍持ちが仁王立ちしているのだ。


 早速だけど、こいつら二人とも黒表示か… 見える限りのその他の住人は、立場的にも内面も中立で問題は無さそうだけど。




:鑑定:


 シャル要塞の衛兵隊


 『セイジ クスノキ LV76』

ーーー ー  ーー   ーーーーー  ーー  ー ー 

 ーーー   ーー  ーー  ー ー ーーーー ー



 

 まてまてまて…… レベル76だと…… 何者だよ!


 絶句したまま、もうひとりの衛兵も鑑定してみたが、こちらも『タイチ ナカサト LV75』で、やはりレベル差がありすぎて、スキルまでは看破出来ない…。


「どうしたんですか…?」


 門の手前で立ち止まってしまった大翔(ヒロト)に、少女がこそっと声を掛ける。


「あそこの門番、70超えだぞ… レベル差で潜伏(ハイド)が効かないかも…?」


「えっ、あの… 70ってレベルですよね…?」


 手繋ぎのまま、思わず半歩引いてしまった咲霧(サギリ)。その顔がみるみる蒼白になっていく。この世界で、自分と三倍ものレベル差のある相手は、それ程に恐ろしいのだ…。


「この大陸(アレス)に、こんな高レベルの人間が存在したのか」


 レベル25を超えている大翔(ヒロト)でさえ、両陣営内でも希少なはずだが…。


 ふたりは進む事もままならず、門の裏側の死角へと入り込んだ。神隠し(アドバンス ハイド)を使っても、あの衛兵の前を抜けられ気がしない。


「一度、下に戻って… 潜伏(ハイド)無しで堂々と登ってこようか…? この状態で発見されたスパイ扱いされそうだし」


「そんな、お手間を掛けなくても、よろしいですわ」


 まったく突然に、白く美しい神官装備の淑女が、二人に柔らかく触れて、彼等の潜伏(ハイド)を暴いていた。


「へっ? と… あれれ?」


 全く無防備な姿で(あらわ)にされた少年が、盛大に動揺して間抜けな声を漏らしてしまった。


「ふふふ…… 遠いところをお疲れですわ。お待ちしておりましたのよ?」


 腰まであるプラチナシルバーの髪を細かく結って、優しく微笑む垂れ目は香音(カノン)に似た海色の輝きだ。


 彼女は大翔(ヒロト)に向き合うと、一瞬、気持ちを迷わすような、曖昧な表情に笑顔を崩し、それから静かに眼を閉じると、再び柔らかい笑顔に戻した。


「えっと…」


 いや、オレの全探知スキルを、完全スルーされたんですけど?


 自分の能力に自信を持っていた少年は、その事実に愕然(がくぜん)としてしまう。過去にも、音無しのウィラが水中でそれをやってのけたが、街中のしかもこんな近距離でとは、まったく意味が分からない。


「廃都クシャネへ、ようこそいらしゃいました。わたくしは()使()と呼ばれておりますわ」


 彼女はスカートの裾を摘むと、カーテシーで優雅にご挨拶。


 確かこの世界に、天使という種族も職業も無いはずだけどな…。




:鑑定:

 クシャネの居住者(シチズン)


 『シオリコ A(Angelic) セィフリッド LV unknown(不明)

ーー ーーー  ーー   ーーー ーー  ーー  ー ー 

 ーーー   ーーーーー  ー ーー ーーー ーー




 名前以外は、まったく看破出来ていない… いったいレベルは幾つなのだろうか? 実際にミドルネームには Angelic(天使のような) と入っているので、あながち天使を名乗っても間違いではない。というか自分で命名したなら中二病?


 結局、シオリコさんという、名前だけしか分からないという…。

 

 その瞬間、自称天使様の腰に、純白の翼が顕現化して、ふわりと左右に羽ばたいた。白い鳥羽の一本一本が、僅かに輝きを纏って、その姿はまさに神々しい天使そのものなのだ。

 

 ……え? マジ天使…?


 その瞬間、中立表示だった彼女のネーム枠が、金色へと変化してしまう。


 ゴールドフレームって、どういう意味だよ…?


「信じて頂けましたでしょうか? わたくし、この街の代表を務めさせて頂いておりますの。皆さん『天使』と呼ぶものですから、いつの間にか通り名になってしまいましたわ」


「えっ… っと、あの… オレたち怪しいかもしれませんが、怪しい者ではありません…」


「ちょっと、ヒロトさん、それ言い訳ににもなってませんっ」


 大翔(ヒロト)のテンパった説明に、咲霧(サギリ)が被り気味に突っ込みを入れた。


「ふふっ、大丈夫ですよ。疑ってなどおりませんわ。さぁ、どうぞ此方(こちら)へとお越しください」


 そう言った天使様は、(いざな)うような手の動きで街中へ促すと、前を優雅に歩きだした。物腰は柔らかいのだが、絶対に逆らえない格の違いに、二人ともその後を着いて行くしかなかった。






 

 門から続く大通りの左右には、城壁に張り付くように、3、4階建ての鉄の住居が内側を埋め尽くしている。思ったよりも街は細長い造りで、中央の通路と広場を、城壁と居住棟が囲っているというシンプルな構造だった。


「ほっとしました… 何だかイリィタナルよりも、よっぽど平和そうですよね」


 落ち着き無く周囲を見回している少女は、少し安堵した様子で緊張を緩めたようだ。


「廃都と聞いて、酷いスラムを想像していましたか? この街は犯罪行為にはとても厳しいのです。なのでご覧のように、いつでも平穏ですのよ?」


 実際に街の内側は、鉄板の表面を色鮮やかな塗料で塗られていて、明るくて楽しげに見える。商店の壁はアートワークのような、派手なペイントで飾られて、外から見る印象とは大きく違っていた。


「そ、そうですね… 何だか遊園地みたいです…」


 さり気なく遊園地という言葉を使ったが、その記憶は彼女には無いはずだ。つまり無意識に出たという事だろう。


 あまり気にしたこと無かったけど、やはり一般のハンターにも、前世の記憶が潜んでるんだな…。


 通りには多くの人々が行き交って活気があり、店舗や商店のある一階部を、大きなひさしで連結した軒先で、買い物や立ち話を楽しんでいるようだ。大柄な体躯の男や、悪役顔のハンター崩れも見掛けるが、その表情には脱落者や追放者の、暗い印象は見当たらなかった。


 確かに、良い街なんだろうな…。


 大翔(ヒロト)の目からも、イリィタナル城塞都市のほうが、よっぽどスラムに近かった。







 案内されたのは、街の中央に高く建った、幾つもの平箱が積み重なったような鉄の塔だった。一見すると戦艦の艦橋塔のようなその建物の入り口は、この街の神殿らしいホールとなっていて、黒曜石に似た転移石(ポータルストーン)が、鉄の台座の上に立っていた。


 驚いた事に、ホールの奥にはエレベーターのような昇降設備があって、格子の仕切りを引いて乗り込めば、巻き上げ機が何処(どこか)でシュポシュポと蒸気を吹きながら、上階へと搬器を引き上げていく。


此方(こっち)の世界にも、こんな複雑な機械が存在するんか…」


 思わず裏世界の銃器や軍艦を想い出して、此方(こっち)の世界などと失言をしてしまったが、特に指摘されることはなかった。


「この街は、本来は『シャル要塞』と呼ばれていて、元は廃都クシャネの前衛砦のひとつなのです。地下からの豊富な蒸気と熱水で、色んな機械を動かしているのですわ」


 まさにスチームパンクだな…。


「クシャネという都市は… 別にあるって事なのかな?」


「おっしゃるとおりです。ですが現在、クシャネが存在する『ルバ渓谷』周辺で、魔物の凶暴化が起きておりまして… この150年間は行き来出来ておりませんの」


「ん? 『拒絶のルバ渓谷』って聞いた事があるぞ… 確かその先にある共和制の都市国家『リスティア』へのルートだったか?」


 リスティアの名を聞いた淑女は、にこりと意味ありげに微笑んだ。


「幻の国をご存知とは、ヒロト様は博識でいらしゃるのですね」


 そういえば名乗ってはいないのだが… 多分ポップアップで確認をしたのだろう。


「いや… 噂を聞いただけだから」


 中階に到達した搬器から、部屋の中へと二人を招き入れる淑女。そこは大きな硝子(ガラス)窓から街の半分を一望できる、景観の良い執務室のような部屋だった。内装には木と布が使われて、鉄臭さはあまり無い。


 窓から見える城壁の遥か上空に、火山地帯の黒雲がカーテンのように立ち()めて、空を二つに別けていた。


 というか、この世界では硝子(ガラス)自体が珍しいのだが… この街の技術の高さがうかがえた。


「どうぞ、おくつろぎになってください。ネネさん、申し訳ありません、紅茶を三つお願いできますか」


 割と現代的なセンスの応接セットへ、席を勧められた。奥のドアから紅茶の一式を運んできた女性は、秘書というよりは明らかに護衛といった印象に見える。


 淀みなく茶器を配膳しながら、大翔(ヒロト)咲霧(サギリ)を、ちらりと値踏みしていった。


「そう固くならないで下さいませ。この街を訪れた皆様全員、この部屋にお招きしておりますの。簡単な市民権についてのご説明ですわ」


「市民権ですか…」


 咲霧(サギリ)の緊張が伝わってくる。彼女にとっては、生きるか死ぬか(死ねないけれど)の瀬戸際だ。


「ひとつ目は、この街は全ての陣営に対して中立でありますの。ですから所属陣営の破棄をして頂きますわ。ふたつ目は街の自治組織である、『クシャネの居住者(シチズン)』へ加入すること、そして最後に街中で争いを起こさないと、誓って頂きますわ」


 執務席の豪華な椅子に、美しい姿勢で座る天使シオリコは、優しく目を細めて二人を交互に見つめている。


「あ、えっと… それだけで良いのです?」


 少しの沈黙に、それが全てだと悟った咲霧(サギリ)が、聞き返してしまった。


「サギリ様、それだけで大丈夫ですのよ。もっとも街中での犯罪行為は、すぐに衛兵に取り押さえられてしまいます。この街では、失われた技術と言われている『衛兵システム』が、未だに稼働しているのですから」


 衛兵って… あのレベル70越えの怪物のことか?


 そのゲームぽい表現に似つかわしくない、圧倒的な強者を思い出して、じんわりと背に汗が滲んでいた。


 




 

 

 外見とは裏腹に、色鮮やかにペイントされた鉄の街。そこで出会った淑女の『天使』は、ヒロトの能力などまったく寄せ付けない、圧倒的な存在でした…。



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