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7-5話 廃都クシャネの門

第七章:君に逢いたくて:


 避難小屋(シェルター)内で動きを感知した大翔(ヒロト)は、浅い眠りから意識を戻した。周囲2キロに浸透させた、レベル9の空間知覚(エリアセンス)は、睡眠状態でも動的因子を警戒しているのだ。


 ゆっくりと近づく室内の人影が、そっと彼の背に手を触れた。その気配は、少年を起こさないように、囁き声の言葉を落とす。


「私、楽しいんです… 穏やかな目覚めも、とてもひさしぶり…」


 彼は身じろぎもせずに、寝たふりを続けてしまう。


「ありがと… こんな(みじ)めな私なんかのために… 助けてくれて、面倒見てくれて… ありがとね」


 触れていた手の冷たさが離れると、咲霧(サギリ)は隣寝台へと戻り、もう一度毛布にくるまったようだ。


 大翔(ヒロト)は眼を閉じたまま、少女の囁きに考えを巡らすうち、すっかり眠れなくなってしまった…。











 巨大カルデラ湖を渡り切った先、外輪山からの景観は、悪い意味での絶景だった。真っ黒に広がる溶岩大地の上に、大小様々な活火山と噴火口が、黒煙を上げるのを確認できる。


 場所によっては数個の火口が密集すると、真っ赤な溶岩を交互に吹き上げて、まるで火炎と煙の噴水のようだった。その更に先には、いっそう激しくマグマの噴出する炎柱が、薄暗い世界にひときわ目立っていた。


「凄いです… 噴火の煙で空が真っ黒に…」


「これ低レベルのハンターが行くには、なかなかハードな行程だよな。魔物は回避していけば、何とかなりそうだけど… 環境が悪すぎる」


「そうですよね。あの吊橋だって私ひとりだったら、渡れなかったかも」


 黒一色の世界では、地図上にあるルートも火成岩の原に埋もれて判別は難しそうだ。


「火山地帯とは聞いてたけど、これ程の規模なのか… 軍事的に放置されているわけだ。とても大軍が行動できる場所じゃない」


 イリィタナル城塞都市と敵前線都市タウバァの間は、直線距離で約370km。最前線の一番砦からは僅か160Kmしかない。しかしこの壮大な迂回ルートを進むと、670Kmもの距離になるのだ。


 超巨大カルデラ湖と、それに続く火山地帯が、この勾玉(まがたま)型の大陸(アレス)尻尾(しっぽ)部分を明確に(へだ)てていた。


 




「砂ほどではないですが、結構歩き難いです」


 外輪山から一気に斜面を滑空した二人は、踏み込めば軽く沈む程度の、黒い砂利の原を歩いていた。山の上から見たイメージでは、もっとゴツゴツとした溶岩地帯を想像したが、実際は砕けたガラス質の破片が、砂利のように積もっているのだ。


 それでも噴火口の近くを行けば、迫るように溶岩の塊が盛り上っていて、それらを避けるのに難儀する。


「サギリ… 歩き辛くても、絶対にMAP上のコースから外れるなよ」


 ガラス質で滑りやすく、踏めば崩れる足場の悪さに、緩い斜面からずり落ちそうになる少女を、腕を掴んで支えてやる。


「方向さえ間違えなければ、気にする必要はないのでは? どこまでも平坦ですし…」


 そこで彼女の薄紅色の髪にぽんとチョップした。


「はい、サギリは死にました」


「な、何でですかぁ!」


「このエリアはさ、砂利の中に自爆モブの猛火の柱(フレーム ピラー)が潜んでるんだ。正規ルートの下って硬い岩盤の峰の部分で、そこだけは気体系の猛火の柱(フレーム ピラー)でも、入り込めない安全地帯なんだよ」


「えっと… つまり?」


 そこで少年は、クッション程の溶岩を魔力腕(マジックアーム)で放り投げる。それが50m程飛んで砂利上に落ちた瞬間、巨大な炎の柱が爆発するように立ち上がった。


「きゃぁ! た、確かに一人なら死んでるかも…」


「ルートから外れると、足元から火炎の柱に丸焼きにされるって罠だな」


 咲霧(サギリ)は顔を青くして、思わず少年の腕に抱きついている。


「まぁ、色々と(わずら)わしいんで… 悪いちょっと辛抱しろよ」


 そう言って少女の腰に腕を回すと、お姫様抱っこで上空へと飛翔する。


「はわわぁ… 飛ぶなら言って下さいぃ!? て、私って抱っこされてるぅ?」


 今までの飛行では、両手繋ぎのぶら下がり状態だったが、突然に腕に抱きかかえられて、少女は盛大に混乱していた。


「少し距離を飛ぶからな… 変なとこ触ってないだろ?」


 そうして黒雲の垂れ込める暗い空を、北東に向かって加速していく。


「はい…」


 優しくされるのに慣れなくて… こそばゆいんです…。

 

 少女は頬を赤らめてうつむくと、申し訳なさそうに彼の首に手を回した。

 


 








 そのまま陰鬱とした火山地帯を、3時間程を掛けて一気に飛び越えていった。特に中央部にそびえていた、あの巨大な火柱を吹く成層火山(コニーデ)は、美しい円錐形で、全周にマグマを吹き出す様は圧巻だった。


 富士山が本気で噴火したら、こんな感じなのかな…?


 などと感傷にひたっていたら、広範囲の降灰に巻き込まれて、ホワイトアウトしてしまう。それでも正面に展開した魔力腕(マジックアーム)で灰の侵入を防ぎ、更には防水効果(正確にはフィルター効果)付きの外套(コート)によって、灰に汚れる事もなく突っ切った。


 そんな光も少ない黒砂漠とマグマの激流と、立ち上る噴煙の泥雲を越えていくと、まるで焦熱地獄に二人きりで居るようで心細くなる。咲霧(サギリ)は無意識に腕の力を強めると、彼の胸に深く潜った。 


 どのぐらい薄闇の世界を飛行したのか? いつしか、ちらちらと小雪が舞っている事に気がついた。一瞬、再びの降灰かと疑ったが、伸ばした咲霧(サギリ)(てのひら)で、白い結晶は融け雫に変わる。


「いよいよ()()()を越えたみたいだな。その外套(コート)には体温調整機能もあるけど、大丈夫そうか?」


「平気です。でも顔だけ冷たいですねぇ。すごい息が白いですっ」


 大翔(ヒロト)の腕の中に、すっかりと安住している少女は、楽しげな笑顔になった。


 そういえば咲霧(サギリ)が笑うの、初めて見たな…。


「ほら、これ雪ですよぉ」


 眼を輝かせ、手のひらで雪の結晶を追っている少女。


 そうか… 俺はサギリに八つ当たりをしているのか。月歌(ツキカ)と離別する切っ掛けとなり、そしてそれを無意味なものとして逃げたから…。


 腕の中の少女は安心しきって、自分の胸元から少年へと笑い掛けていた。風に煽られた薄紅色の細髪が、幾度も頬を軽やかに撫ぜている。


 強者である香音(カノン)や、彼女の恋人でさえ、心を(すさ)んでしまう世界なのだ。気持ちの弱いこの娘たちなら尚更なのだろう。


 しかもその結果は… 奴隷のような扱いで囲われて、尊厳も慈悲もない酷い苦痛を受け続けていたのだ。


 何となく自分の感情に納得した少年は、もやもやとした苛立ちが引いていくのを感じていた。そして逆に、今までの大人げない態度が、恥ずかしくさえ思えてきた…。


 いまさら羞恥心で頬を染める大翔(ヒロト)は、見上げてくる少女の視線から、不自然に眼を反らせてしまう。


「どうかしました……?」


「いや… まぁ、ゴメンな…」


「はぃ…?」


 無垢な表情で、きょとんと首を傾ける少女は、年相応にとても可愛らしい。


 そうして彼女を抱いて雪の空を飛行すれば、少しだけわだかまりが解けて行くように感じられた。







「だいぶ魔力(MP)も消費したな… この後は地上を行こう」


「はいっ」


 無数のひび割れ(クラック)が走る岩場の高地に、二人は鳥のように柔らかく着地する。咲霧(サギリ)も地上に足を着けると、少し名残惜しそうに、彼の首から腕を離した。


「きゃぁ! ヒロトさん、この奥を見て下さい」


 道と平行に走る亀裂を、何気なく覗き込んだ少女が、熱気を感じて後ずさりしてしまう。(また)げる程度の幅しかない細い割れ目は、驚くほどの深さがあり、その深部を真っ赤なマグマが川のように流れているのだ。


此処(ここ)らでもまだ、火山活動が活発なんだな… 地熱が高いから、この周辺は雪が積もっていないらしい」


「先を急ぎませんか…? 何だか急に爆発とか起きそうで怖いです」


「そうだな。じゃまた長距離走の再開だ」


 そう言って走り出した大翔(ヒロト)の歩調は、少女に合わせるように、緩やかに変わっていた。






 ◇






 そうして三日目の夜は、亀裂だらけの台地で過ごし、翌朝、止むことのない小雪の中へと出発した。


 すぐに咲霧(サギリ)が、積雪の下から動き出した 岩石人形(ロックパペット)の集団と対峙したり、広いシラス台地の掘削場で、二体目のレイドボスである ジャイアント ブロック アームズ LV21 を討伐したりと、レベリングの方も順調だ。


 現在の彼女のレベルはLV17で、もう少しであとひとつは上がりそうだった。


 そうして雪の大丘陵を流れる大河に沿って、北上を続けると河川敷と森の境界に、赤錆(あかさび)に覆われた鉄製の門が表れた。三本の無骨な鉄骨で組まれたそれには、象形文字のような浮彫(レリーフ)が大きく刻まれていて、奥に並んだ二枚目は、斜めにひしゃげて雪の中に埋もれている。


 MAP上の表示でも、そのまま川沿いを北上する道と、門を潜って森林地帯へ分け入るルートに分岐していた。


「どうやら廃都の入り口らしいな?」


「とても静かですねぇ…」


 少女は少し怯えたように、彼の背に隠れて袖口を指先で掴んでいる。


此処(ここ)まで来たんだ、覚悟は決めないとな?」


「はい…」


 二人は雪原に足跡を残しながら、その半分朽ちた門を通り過ぎていく。前方に展開した空間知覚(エリアセンス)が、絶壁の岩場の上部を囲う、歪な鉄壁の存在を探知する。

 

「どうやら、巨大な岩山の上に建てられた鉄の街みたいだぞ? ほら、見えてきた…」


 森が切れると、街道の両端には角張った鉄の柱が等間隔で並んでいて、再び先程と同じ大門が三連続すると、岩の絶壁を削って造られた階段が上部へと続いていた。


 どこと無く、社殿への参拝道を連想させるその階段には、一切の積雪が見当たらない。どうやら地熱の効果か魔法で、雪が積もるのを防いでいるようだ。


「六番砦のイリィロックヒースに似ているな。ただし全てが鉄製だけど… 崖上に乗った大型の軍艦みたいだ」


 次第に近づいてくる、鋼板を継ぎ接ぎした鉄の街からは、白い蒸気があちこちから上がっているのだ。壁上に頭だけ見える巨大な水車は、多分熱水の噴出によって回っているるらしく、その周囲の水蒸気が半端ない。


 しかし… 雪国は結構困るよな… 積雪すると潜伏(ハイド)しても足跡で見破られそうだ。


 雪面に残った自分たちの軌跡を見て、少年は眉間にしわを寄せている。


「何だか、可愛くない街ですねぇ…」


 いや、街に可愛さを求めるなよ。


「でも人間が結構多いぞ? これ三千人以上は居住してるかも… サギリが住める程度に治安が良いと安心だけども」


 街の内周へ探知を走らせていると、突然と背後から咲霧(サギリ)に抱きつかれて驚いてしまう。


「こんな厄介者を、心配してくれるんですね… ヒロトくんは、やっぱり優しいです」


 積雪で無音にも感じる世界に、哀しげな声が小さく響く。彼はどう返そうかと戸惑ったまま、何も言えずに立ち止まっていた。


「分かってるんです。ヒロトくんにとって、私はかなりの邪魔者で… きっとそれだけではないんですよね? それでも貴方(あなた)は励ましてくれるから… 切なくなってしまいます」


「いや… 逆に、君に当たり散らしていただけなんだ… サギリが悪いわけじゃない」


「許してくれるんですか…?」


 涙に濡れる少女を見下ろすと、その背中をぽんぽんと優しく触れてやる。


「むしろ、オレが許して欲しいから」


 それにあんまり苛めたら、きっと(カエデ)に怒られる…。


「私には… 十分すぎます……」


 言葉とは裏腹に、少女の腕は離すまいと、ぎゅっと彼を引き締めている。


 私には、()()()資格… 微塵もないなぁ…。


 廃都クシャネの目前で、二人は雪の中で寄り添って、結構な時間動けないままでいた。

 









 北への道行きで、サギリへのわだかまりが少しずつ解けていきました。何だかんだ言ってヒロトくんは優しいですね。

 そしてついに廃都クシャネへと到着する二人… そこは別名『鉄の街』と呼ばれる、地熱と蒸気を多用する、スチームパンクのような城塞都市です。



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