7-4話 テーブル ロック ランニング
第七章:君に逢いたくて:
岩場の底を走る細道の左右には、V字に積み上がった小さな穴倉が無数に顔を覗かせている。それは岩場を人力で削った住処であり、元は洞窟の村… いや規模でいったら街の跡だ。
そうした穴蔵からは、稀に悪魔の巻角を持った、闇色の筋肉オバケが不意打ちを仕掛けてくる。
「死んで下さいぃ!」
咲霧が必死の形相で、レモン色の刺突剣を魔物の頭部に突き刺した。腰の引けた力の無い一撃だが、剣は西瓜を串刺しするように、さくっと額を貫通する。
黒い筋肉が一瞬だけパンっと膨れ上がり、次の瞬間には風船が萎むように、力を失って崩れ落ちた。
「この武器なんですかぁ! 切れ味良すぎですっ」
何故だか半泣き状態の少女が脱力すると、魔力を失った魔法剣が、鮮やかなレモン色から山吹色へと色味を戻した。
「いや、切ってないけどね… 刺す系の剣だから…」
黄魔鋼の大翔レイピア (Magic Rare) LV21
魔力斬 +知力x22ダメージ 攻撃速度上昇効果x172% 防御貫通47% クリティカル34% 黄魔鋼ダメージ ブーストx215%
咲霧のために、十数分で鍛えた大翔のオリジナル魔法剣である。特に魔鉄鋼の亜種である黄魔鋼の特性で、魔力を流した状態の強化値は、自作とは思えない怪物剣に仕上がっていた。本来レベル14の彼女が手にするような得物ではない。
それでも巫女の高めの魔力に、ネックレスや指輪などの装身具による強化、更には彼の圧倒的な支援強化によって、へっぴり腰の剣撃でさえ、1000ダメージを軽く超えるのだ。
つか、何でこんな事やってんだろ…。
時間が欲しい少年は、ドロップアイテムを適当に拾い上げると、逆手で彼女の手を掴み、間髪入れずに高速マラソンへと走り出す。
結局咲霧の救出後、言いくるめられるようにして、この気弱な少女が同行する事になってしまった。
「良いじゃない、どうせルートの通過点でしょ? それとも自分の良い娘のために、彼女を棄てて行く気かしら?」
いやいや… オレ、仲間を置き去りにして来てるんですよ?
とも思ったが、それはそれで、めっちゃ怒られそうなので、曖昧に頷くしかなかったのだ。
そんな訳で、中間地点である廃都『クシャネ』まで、テンポ重視で咲霧を鍛えながらの道行きとなっている。
「ヒロトさん、私のステータスが恐ろしいんですけどぉ… そして高レベルの魔物の不意打ちも怖いですっ」
定期的に強化を投げられている彼女は、自分でも信じられない全力疾走で、二日目の行程を引き回されていた。
「今の強化なら、レベル20超えでも余裕だろ?」
「そんな無謀な… わたし死んだら砦に戻っちゃいます」
「死んでないから平気だって。ほら、次の橋が見えて来たぞ?」
洞窟の街を走り抜け、細い切通しを越えて行くと、視界が一気に開けてくる。まるで海原のような壮大な淡水湖の上に、ありえない高さの台地が、飛び石のように点在していた。その巨大な一枚岩同士を、細くて長過ぎる吊橋が渡しているのだ。
濃緑の美しい水面の上で中弛みする吊橋は、まるで綱渡りのロープのように、頼りなくギイギイと揺れるのだ。その長さは4キロを有に越えている。
「きゃあぁぁ! こんな細い吊橋の上を全力疾走しないでくださぃ!」
踏み込む度に足場が柔らかく沈み込むが、そんな事は気にもとめずに、大翔は少女を引きずっていく。見下ろせばすぐ足元に、低層雲の霞が吹き流していた。
飛行限界を軽く超える吊橋を行けば、まるで空中を走っているようだ。平板を一枚踏み抜くが、その高敏捷で簡単に次の足場に力を入れ替えた。ロープの先の数羽の鳥が、驚いて一斉に飛び上がる。
「ひぃい、バキっていったあ!」
「サギリ! 次の一枚岩の台地に居る、レベル22のレイドボスを殺ろう!」
「はいぃ…!?」
大翔は少女の手を握り直すと、更に疾風の極意と 瞬間移動を追加して、闘技場のような円形の穴底へと駆け下りていた。そこは火山の噴気口らしく、足元の割れ目から蒸気が激しく吹き上がり、周囲を卵が腐ったような、あの硫黄臭で満たしていた。
「まって! まってぇぇ…!!!」
気づけば普通の悪魔角持ちの5倍はありそうな、巨大な黒い筋肉が、ギロリと二人を睨みつける。両手に持った禍々しい巨大斧は、赤い血肉で斑に見えた。
:鑑定:
『狂気の暴君』LV22 Unique BOSS
凶暴化LV5 狂気の伝播LV5 暴君の咆哮LV4 狂戦士LV6 狂剣の暴風雨LV6
こいつのスキル… ただのキチガイじゃね?
スキル欄を一見すると、ぷっと少年は吹き出してしまう。
「いやあぁぁぁ! 私が勝てる敵じゃないです!」
「普通に格下だぞ?」
「いえいえいえいえ! 私から見たら、まごうことなき格上ですぅ」
「オレが無力化してやるから、サギリは両胸を狙えば良いって。こいつは胸の左右に心臓を二個も持ってんだ」
震え上がった咲霧の背を、平手でパンと軽く叩いた。少女が完全に怯えた表情で、ヤケクソ気味に破魔矢を射撃した。
魔法の破魔矢は、その追尾効果で確実に悪魔の胸部を直撃した。魔法耐性のある黒い筋肉がドパッと弾けて、胸に十字の傷跡を刻む。多重強化によって、ありえない威力となっている少女の魔弾は、レイドボスの魔法防御を軽く凌駕する。
「モギャァ …………!!!!」
気持ち悪い咆哮を上げる狂気の暴君が、両腕の斧を振り上げた瞬間に、突如に硬直した。
「ほら昏倒させとくから、サギリはどんどん攻撃しろよ」
前衛として二刀を構える少年が、早く撃てと顎先でうながした。そこから先は、まるで巨大な木偶に、延々と魔法をぶっ放すだけの訓練のようだった。
狂気の暴君の状態異常が切れ掛かる度に、少年が気功スキルの昏倒や、両手の気絶と麻痺の短剣で、その復活を阻止してしまう。
咲霧は渡された魔力ポーションを片手に、涙目で髪を乱しながらも、数十発の破魔矢を撃ち込んでいった。
「あっ… レベルがふたつも上がりました……」
脳内に流れるレベルアップの効果音が二回。気づけば巨大な筋肉悪魔が、黄色い硫黄泉の溜まりの中に、ズンと巨体を崩していった。レイドボスに一切の反撃を許さない完封だ。
少女は力尽きるように、その場にへにゃりと座り込む。
パーティーを組まずに、少年はあくまで状態異常の支援をするだけだ。そのためソロでレイドボスを削り切った事になり、大半の経験値を彼女が獲得したのだ。
これこそ大陸での、理想的なパワーレベリングだが、もちろん一般的にはこんな暴挙は不可能だろう。
「凄いです… ずっと成長止まってたのに、二日でレベルが二つも上がるなんて…」
少年は落ちていたドロップアイテムの袋を、咲霧に「ほい」と押し付ける。
「えぇ… あの、レイドボスのアイテムなんて… ちゃんと分配しま……」
「まったくいらん! それより先へ進むぞ。今日中にあと150キロは進みたい」
「えぇぇぇ… スパルタ過ぎますぅ!」
少女の心からの叫びが、熱気に霞む岩場に響き渡った。
◇
そうして5つの一枚岩の台地を、一日で渡り切った二人は、ようやくと巨大湖の対岸へと近づいていた。
縁となる山脈が緩やかに円を描いて周囲を巡り、こうして見れば超巨大なすり鉢状のカルデラ湖だと気付かされた。
「寒っ… 何だか風が冷たくなってきませんか?」
その山肌を吹き下ろす風は冷気を含み、頼りない吊橋を左右にゆっくり揺らしている。見上げれば夕紅に染まった空を、黒雲が早い速度で侵しつつあった。
「天気が荒れそうだ… 渡りきった先で野営をしよう」
咲霧も吊橋には慣れたようで、ふたりは最後の空中散歩を、最速で駆け抜けていった。
「シャワーまで使えるなんて… この小屋は凄いです」
バスルームから、濡れた身体で現れた少女は、薄紅色の濡髪をタオルで優しく乾かしている。少年はベッドに斜めに腰掛けると、背を向けるようにして、軽くエール流し込んでいた。
普段、全裸でもまったく気にしないメンバー達のおかげで、避難小屋内でのプライベートなどまったくない。悲しいことに彼女は、こういう状況に慣れているらしく、あまり気にする様子もなかった。
「ほら… サギリもエール飲むだろ?」
彼は後ろ手に冷えた瓶エールを差し出した。細いスリットからは、雷の閃光と雷鳴が忘れた頃に繰り返している。避難小屋の外側は凍えるような氷雨の本降りだ。
「高価な装備に美味しい食事… それに快適な寝床まで… ヒロトさんには感謝しかありません…」
「結構雑に扱ってるけどな… 本来なら道行きを優先して、同行なんて拒否るんだけどさ。君はカエデの仲間だから」
咲霧は悲しそうに眼を泳がすと、少年の隣にすとんと座る。
「カエデには、会えたんですね…? あの娘は元気でやってますか?」
どうやら楓に対して罪悪感があるらしく、受け取ったエールの瓶を落ち着き無くもてあそぶ。
「初めて死んでさ… 復活したとき酷く混乱してて、そこをカエデに助けられたんだ…… 何も知らないオレに、城塞都市での振る舞い方を教えてくれたのはカエデだよ」
あの日楓に渡された、部屋の鍵を少女に見せる。彼女たちが使っていたあの家は、今でも彼が維持しているのだ。どうにも手放す気にはなれなくて、一年分の家賃も支払い済みだ。
「あっ… もしかして一緒に住んでるのかな……?」
少女は、その見覚えのある大きな鍵に指を触れると、懐かしさと戸惑いで表情を歪ませた。
「そうか、クランを抜けたら連絡手段も無くなるもんな……」
そこで少年は少しだけ言い迷う。
ー 全部ヒロトくんのおかげです… 大好き ー
あの別れの時に、楓は耳元でそう囁いた… その優しい告白に、何も返せなかった自分が、残念で切ないのだ。
「カエデはさ… みんなが見惚れるような、美しい金色の消失だったよ」
咲霧は一瞬、何を言われたのか分からないようで、長い沈黙の後に、ぽろっと涙が頬を伝った。
「そう… そうですか…… 良かったねカエデ……」
小さく肩を震わせる少女から、大翔は黙って眼を背けた。この弱くて愚かで、楓を見捨てた少女を、心のどこかで許せないままだから。
外の嵐は激しさを増し、叩きつける雨音の中、二人は同じ娘を想って孤独を感じていた。
なし崩しに、脱落者サギリを押し付けられたヒロト。嫌々ながらも装備を与えパワーレベリングをしています。しかし、その扱いは結構雑で、彼女に対しては無遠慮に振る舞っていました。
そのヒロトらしからぬ行動は、足手まとい以上に、サギリが親友のカエデを棄てて、一人にした事への不信感なのかもしれません。
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