7-3話 脱落者
第七章:君に逢いたくて:
「そういやアイナは召喚術師だったな」
呼び出された半透明の鳥たちは、一度頭上で旋回をすると、巨木の合間を縫うようにして飛び去っていく。
「そうね、召喚術師は珍しい?」
白金の猫耳をぴんと立て、視界の同調を切り替えながら、広範囲を偵察する美女。
「いや… 懐かしいと思っただけだよ」
その愛らしい従魔を見れば、どうしたって月歌を連想してしまうから…。
彼女が道沿いに走り出すと、頭上を覆う枝葉の陰から、黄色地と白地の二匹のワーキャットが前後に付き従った。
やはり護衛のにゃんこだったか。こいつらもまた懐かしい…。
しばらくそのまま追走すると、アイナが怒りの表情で振り返る。
「見つけたわ… ねぇ、視覚を共有しましょう」
彼女が手に触れた瞬間、従魔の視界が空間知覚上に、レイヤー表示で重なった。そこには薄紅色の髪を乱して逃げる少女と、それを追い立てる三人の悪党面が映されていた。
「ハァハァハァ、嫌よ… こないでよ…」
深夜の樹海での逃走劇は、数分も掛からずに終わりを向かえていた。十字剣を背負った魔法剣士が、瞬間移動で前方に立ち塞がると、ついに荒くれ共に前後から囲まれてしまったのだ。
自分の身を腕で抱いて、よろけるように細道から後ずさる少女。
「お前、リュウゴさんとこのメンバーだろ? こんな時間にお散歩とは、随分と不用心だぁな、おい?」
長身にゴツい革装備の髭面戦士が、下品な笑顔で一歩ずつ近づいてくる。彼女は反射的に首元に手をやるが、そこにあるはずの自爆の首飾りは、とっくに取り上げられていて存在しない。
「お願い見逃して… わたしあそこには… 戻りたくないっ」
よく見れば初期装備のような、地味なワンピースの街着に、底の浅い革サンダルをつっかけているだけで、深夜のフィールドを行くような姿ではなかった。
「そういう奴が多くてさぁ、俺らも困ってんだよなぁ」
彼女が横へ逃れようとしても、猫背の小男がその先に腕を伸ばして、短剣をチラつかせて威嚇してくる。
「おっとと… 狩場で追い込んだうさぎちゃんを、見逃すはずないだろ? 砦を逃げ出すとこから、ずっと監視してたんだぜ。こうして都合よく人気のない森へ逃げこんでくれて感謝だわ」
「こないでよ……」
怯える少女の様子が楽しいのか、わざと無遠慮に近づいてくる髭男。
「一度なぁ、クライ レブナントの派閥に所属したら、逃げれるわけねぇんだよ。それに脱走者は、捕まえた奴が自由にして良いって決まりだぜ?」
「イヤっ」
男は少女の細腕を掴むと、そのまま下草の中へと押し倒した。薄紅色の長い髪が草の上に乱れると、彼女はキっと男を睨んで、破魔矢を放とうとする。
「っ…… !!」
その瞬間、魔法の集約が霧散すると、少女の細身が跳ね上がり、何度も痙攣して脱力してしまう。
「お前、ヤることしか考えてねぇだろ? こいつのレベルでも、近距離から魔法食らったら痛いじゃすまねぇぞ」
猫背の狩人が、少女のふくらはぎから、軽く短剣を引き抜いた。白い足首に向かって細く血が流れ落ちる。
この手の麻痺効果付きの魔法剣は、外道共の標準装備といっても言い。
「ばーか、巫女の初期魔法てのは、ゼロ距離じゃ当てれねぇんだよ。巫女ちゃんは何人も相手してっからなぁ…」
長身の魔法剣士は、髭面を下衆な笑みで歪めると、獲物の柔らかな太股を下から上へとぬるっと撫ぜた。背後でそれを眺めている大男が、腕組みをしてニヤニヤと笑う。
「……………」
少女は瞳を恐怖で見開き、必死に逃げようと藻掻いても、全身が硬直してどうにもならなかった。
イヤ… 誰か助けて… こういうのは、もう嫌…。
少女はポロポロと涙を零すと、興奮する男に伸し掛かられて、諦めたように視線を逸らした。
「かぁー! この瞬間がたまらねぇ! リュウゴさんのお下がりでも問題ねぇな」
伸びてきた腕が服の裾を荒く掴み、一気に胸元までたくし上げた。
「またこいつらかよ… 赤ステマジ害悪だな…」
何処からともなく、ため息混じりの声が響く。
潜伏状態で接近してみれば、いつだかの高台から投げ落とした、Red Statusの三人組なのだ。
一瞬の沈黙の後、少女に重なっていた男の身体が、数メートルも空中へと蹴り上げられていた。
「ぐぉぼっ」
そのまま頭上の枝に激突すると、身体を見事にくの字に折って、口から唾液を撒き散らした。更に超速の回し蹴りが追撃すると、男の胸装備は木屑のように粉砕され、斜めに半回転して大木の幹に激しくめり込んでしまう。
直後に抜身の十字剣が降ってきて、白目をむいた主の前に、墓標のように突き立った。
「なっ! 敵か? 気配がねぇぞ!」
猫背の狩人が周囲を探るが、一瞬見たはずの少年をロストして激しく動揺している。
「「 げぼぼぉっ!! 」」
と、強烈に全身を締め付けられ、二人同時に胃の内容物を吐き出していた。
魔力腕に潰されて、メキメキと骨格が悲鳴を上げ、関節が砕ける痛みに目を見開くと、そこは森の上空だった。己の状況が理解出来ないまま、瞬きのように瞬間移動をくり返していく。
「へっ………?」
大翔によって上空へと運ばれた、猫背の男と狂戦士の大男は、薄い層雲の中で支えもなく浮いていた。
「うっ、うわあああぁぁぁ…」「ぎゃああああぁぁぁ……」
雲の合間に投げ出された二人は、無駄に手足をばたつかせ、錐揉み状態で色々と投げ捨てながら、無様に森へと消えていった。
なんだかデジャヴな光景だな…。
直後にRed Status全員のネームが灰色へと暗転した。
「この高度だとやっぱ潰れるのか? まぁ奴らには、似合いのお笑いポジションだろ?」
いつかの再演にうんざりして、呆れたように鼻先で笑う。そうして滞空していた本人も自由落下を始めると、再び一瞬で少女の元へと復帰していた。
「もう! 装備剥ぎ取りたいから残してって言ったのに。姿も見せずに全員を殺ちゃって…」
アイナは気配迷彩外套のフードを脱ぎ下ろし、少女の横で膝をつく。背後では魔法剣士の人形が、光のエフェクトに崩れていた。
「いや、かなり手加減したぞ? 多分クリティカルが出ちゃったんだよ」
「まぁ良いわ… ねぇ、この娘の麻痺効果って解除出来るかしら?」
彼女は倒れたままの少女の背を、いたわるように撫ぜ始めた。大翔が少女に状態異常解除を投げると、翠玉色のエフェクトが麻痺状態を中和していく。
「貴方って潜伏も飛行も、状態異常解除まで使えるのね… 規格外過ぎて詮索する気も失せちゃうわ」
そこでアイナは、ようやくと身を起こした少女の背を、支えるように後ろに回る。
「た、助けてくれて… ありがとう… ございます」
泣き顔を隠すようにして、必死に言葉を繋ごうとする。
あれ…? この娘どっかで見たような気が……。
:鑑定:
クライ レブナント ー亡者騎士ベルべラの討伐者ー
『サギリ エトウ Lv14』
巫女LV5
薄紅色のロングヘアーの合間から、長く尖ったエルフ耳が弱々しく垂れている。彼は圧倒的な知力を使って、過去の記憶に高回転で照合していく…。
「サギリ… 君って、凶獣の森でカエデと一緒に死に戻りした…?」
「えっ………?」
咲霧と呼ばれた薄紅髪のエルフが、大翔の顔をまじまじと見詰めてくる。
「あ、あの時の… 豚獣人から助けてくれた人?」
「まぁ、そうなるかな…? なんだか君は会うたびにピンチだな」
軽い言い方で笑い掛けると、サギリはふるっと身を震わしてから、真っ赤になって頷いてしまった。多分、感謝とか羞恥とかの、色んな感情が入り混じってオーバーヒートしたのだろう。
「あ、あの時の事も含めて、本当にありがとう… うぅ… ぅぅ…」
堪えていたものが溢れ出すように、嗚咽はどんどんと激しくなると、アイナに抱きついて泣き出してしまった。
「何だか英雄してるわね。えっとサギリちゃん、彼に惚れたら駄目よ? ライバル多いんだから…」
ん? ライバルなんて居たっけか…?
「いやカエデから少しだけ聞いててさ。あの後すぐにクランを抜けたんだろ? てか何でまたクライ レブナントなんかに?」
「ぐす… すん… もう怖いのも痛いのも嫌で… クランも二人きりになっちゃって、絶望したんだと思います… そんな時に、戦争に行かなくても面倒みてくれるって勧誘されて…」
あぁ… そういや、そんな勧誘を何処かで見たな。
「でもクランに登録した途端、持ち物はみんな取り上げられて… この三番砦にずっと囲われてたの。上位メンバーの世話と、夜は…… 毎晩酷く扱われて… ぅぅ…」
奴らの性格からして、それは性的に酷い… という意味なのだろう。
再び泣き出した咲霧が落ち着くまで、ふたりは根気よく待たなくてはならなかった。
「本当に許せない……」
アイナがギリっと唇を噛む。
「ご、こめんなさい…… 今日は砦に居るクラン員が少なくて… だから、みんな捨てて逃げようって。でもハンタータグさえ取られているし… それに、どうせ貧民落ちだから街にも帰れないの… もう脱落者として『クシャネ』を目指すしかなくて……」
廃都『クシャネ』。陣営タグを捨てた、脱落者達のスラム街というあれだ。つまりこの最西の道を遥かに行けば、噂に高いその廃都に行く着くのだ。
そしてその廃都『クシャネ』を経由して、軍事的空白地域でもある、大陸の縁を大回りするのが、アイナの示したルートなのだ。そういう理由で、大翔は廃都『クシャネ』の情報を以前から知っていた。
どちらにしても、何の装備も持たないレベル14の彼女が、ひとりで目指せるような、楽な道行きではないという事だ。
「ね? 酷いでしょ? 奴等はクランを抜ける人間や、この道を通ってスラムを目指すハンターを、常に監視して襲っているのよ。暴行したり、力ずくでクランに入隊させたりしてる… 私はそれを内偵してるの」
彼女の怒りとその目的を、何となく察してしまった…。
「でもアイナは召喚術師だろ? その迷彩コートだけで、よく砦の監視を抜けれたな?」
気配迷彩外套は、近距離では割と役に立たない魔法具だ。
「流石にそこまでは明かせないわね。あれよ、とっておきの秘策って感じ?」
大げさに胸を張ると、ふふんと自慢気に鼻を鳴らした。
「それで… この娘をどうするか… よね?」
意味ありげに片目を閉じて、少年にウィンクを投げる。
えぇ… 何か嫌な予感がするんですが…。
懐かしいキャラが次々と… しかし赤ステのこいつら本当にクズです。
カエデの元相棒の少女サギリ。部屋を放置して何処に行ったのかと思っていたら、こんな事に巻き込まれていました。彼の旅路は、早くも前途多難ですね…。
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