7-7話 それぞれが望むもの
第七章:君に逢いたくて:
「衛兵システム… そんな保安機能があるなら、安心して住めそうだな」
イリィタナルから追放された、悪党共も多いなかで、どうりで不自然に平和なわけだ。レベル76に睨まれたら、そりゃ大人しくするしかないか。
「おっしゃるとおりですわ。どうぞ安心してサギリ様をお任せ下さい」
天使シオリコは、ソファの横までやってくると、穏やかな笑顔で咲霧へと手を差し伸べる。少女は安堵したのか、少し涙声になりながらも「よろしくお願いします」とその手を取った。
「天使様は、オレがただの付き添いだって分かってたのか?」
少年は不思議に思って質問をする。
咲霧がプロフィール設定を操作して、ディメテル連合陣営から脱退すると、彼女の名前が青から白枠へと変化した。
「ヒロト様ほどのお方が、この街に留まるとは思えませんもの… それとも、わたくしの側に残って下さいますの?」
からかうような言い方の淑女は、何故だか哀しげに眉を寄せて、少年の瞳を見詰めてくる。初対面なはずの眼差しは真剣で、海色に潤んで美しく、何処かで覗き込んだような気にさせられた…。
「確かに… 今はまだ陣営破棄は出来ないけれど、いつかこの街に住むのも、悪くはないと思っているよ?」
それは本心からの言葉だった。月歌とふたり互いの陣営を棄て去って、この街で暮らすのも悪くない。
「そうですか… そんな日が来たら素敵です… わ」
シオリコは、薄く浮かんだ涙を隠すように、淑やかな仕草で横顔を指で隠してしまう。
「それよりも… 陣営に所属したままのオレを、無事に帰してくれるんか?」
むしろ一番の懸念がそれだった。このまま少年を野放しにしたら、この街の情報を触れ回るとも限らないのだ。もし彼女に本気で敵意を向けられたら、逃げ出すことさえ困難だろう。
「そんな危険人物は、正門でお引取り頂いておりますわ。ヒロト様のお人柄を信頼してのお招きですもの」
「その信頼を得られるような事を、オレは貴女にしたのかな…?」
「ふふっ、長く生きていれば、人を見る目も養われるものですの。ヒロト様の来訪を、心からお待ちしておりますわ」
長生きって… いったい何歳なんだろう…?
天使シオリコは、その柔らかい物言いで上品に微笑むと、ゆっくりと淑女の礼を尽くした。
お懐かしゅうございます… お館様。ようやくとお逢いできましたのよ…?
ふたりを運んでいった搬器を見送ると、シオリコは両手で顔を覆って、哀しげに嗚咽を漏らし始めた……。
あと少し、少しだけで良いのです。わたくしたちの行く末を、見守らせて頂きたいの…。
クシャネの居住者
世界の超越者 天使の加護を受けた者
『シオリコ A セィフリッド LV255』
聖職者LV255 魔術師LV255
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:ユニークスキル:
空間湾曲 LV50 天界からの慈愛 LV48
:ミソロジースキル:
Aの紋章
咲霧は街の外まで、少年を見送りに着いてきた。融雪されているのは階段の最後までで、二人の目前には白銀の森が広がっている。
「ホントに、本当に… ありがとうございました。ヒロトくんが居なかったら、私まだあの砦に囚われて、ゆっくりと壊れていくだけでした…」
少女は腰を深く折って、何度も感謝を口にする。
「とりあえず、安全に狩れそうな魔物を探して、あと2レベルは上げたほうが良い。レベル20のスキルと今の装備があれば、下手な野郎には負けないからさ」
「はい…」
「オレの作った状態異常抵抗の護符は、絶対に手放すなよ? 一般的な行動不能スキルの、大半には抗えるはずだから」
「はいっ」
「あと渡した連結キューブ50発は、緊急用に隠しておけよ? あれはスタン状態でも使える最終手段だな」
「はいぃ」
「それと、やっぱり仲間は必要だと思う… あんな奴らに騙された後で怖いだろうけど…」
「はい……」
たった3日の連れだったが、結局は絆されて、情が移ってしまっている。
「あとは…」
「大丈夫ですっ」
そこで少女は、少し強めに言葉の先を遮ってしまう。気がつけば、伸ばした両手で彼の腕を握り、涙の雫をぽたぽたと、水たまりの上に落としていた。
「優しくしてもらう… 資格なんて欠片もありませんっ。でもそんな私を、貴方は気にかけてくれます… 大丈夫です。私、多分がんばれます」
握った両手も、消えそうな涙声も、切なげに震えている。
「それに… これ以上ヒロトくんに言葉を貰ったら、この手を離せなくなってしまうから…」
少女は自分に言い聞かせるように、何度も小さく頷いた。再び涙が振りまかれて、コートの裾を滑り落ちていく。
「探してるのは… 凶獣の森で助けてくれた、黒髪の女の子でしょ? 死に戻りした直後に、カエデと少し話しをしました…」
咲霧は更に腰を折ると、そのまま膝をぬかるみに浸してしまう。
「きっと二人が離れてしまったのは、私達のせいなのですよね…? 本当に私は最悪です… でも、あの時、助けてくれてありがと、カエデを見送ってくれてありがとう。私に希望を与えてくれて、本当にありがとうございますっ」
まるで自分と葛藤するように、とても無理をして握った両手を離していく。
大翔は優しい眼差しで苦笑をすると、薄紅色の頭にぽんぽんと優しく触れる。
「それはサギリのせいじゃない。きっとオレたちは、敵も味方もみんな等しく、この世界の被害者なんだ」
そうだ… 今なら本当にそう思えるよ……。
「ヒロトくぅん… うっうぇう……」
「こら、全然大丈夫にみえないって…」
号泣する少女の背を優しく撫ぜると、彼女が泣き止むまでの間、しばらく出発出来ないでいた。
◇
鉄の街から走り出して約半日、分岐から川沿いのルートを北上すると、目前に細く高い無数の柱が乱立する山々が見えて来た。一見すると スパイク ロック ピーク に似た景観だが、こちらは棘ではなく角張った石柱で、その合間を氷結する大滝が段階的に流れ落ちていた。
よく見れば柱と柱の狭い間は、複雑に階段と台地が組み合わさって、遥か頂上へと迷路のように続いているのだ。地図上では『ペンローズの石柱群山』と表示されている。
「さてと… 此処からが本番だぞ」
中間地点である廃都を過ぎて70kmあまり、此処は既にアルテミス銀翼同盟の支配領域だ。それでも現在まで、敵との接触は皆無だったが、この嫌らしい石柱の迷い森には、不審な空気が淀んでいる。
その気配を嫌ってか、一度石柱の天場へと飛び移って、その場の積雪に埋もれてしまった。更には積もった雪が崩れ落ちて、危うく一緒に落下するところだった。
「天場を渡っていくのは無理ぽいか… マジで雪は厄介だな…」
一本の石柱から、不自然に雪が振りまかれて、広範囲に自分の存在を露見してしまった。
仕方なくその場から距離を取ろうと、飛行限界ギリギリまで、一気に飛行魔法で登ってしまう。そこから柱の合間に降り立つと、無秩序に続く階段を慎重に登り始めた。
前方に空間知覚を展開して、立体構造をMAP上に構築しながら進んでいくが、複雑な遮蔽物と、降り続く雪の動的因子によって探知範囲がかなり狭い。
やはり地熱が高いのか、足元の雪は少ないのだが、半端に解けた雪が潰れて滑りやすかった。
ん……?
そこで彼の乗る台場から、数段上の石柱の影に、人の気配を感知して立ち止まる。少年の姿は潜伏によって見えないが、足元の雪面には足跡がはっきりと残ってしまっていた。
と、そこでカーンと甲高い魔力の波動が、アクティブ ソナーのように降ってきた。敏感すぎる大翔の魔力感知が、全身でその波動と発信源を感じ取る。
まだ対人戦に不慣れなころ、何度も指摘された索敵ソナーの悪手だった。桜咲の言う通り、これでは敵に居場所を教えているようなものだった。
やっぱ探知魔法は浸透系一択だな…。
敵の荒いスキル操作で、MAP上に二つの人影があぶり出される。残された足跡の大きさと、人物の輪郭表示から二人の男女が、潜伏する様が連想出来た。
しかし… この高度だと飛行は出来ないし、瞬間移動するにも視線が通らない…。
少年は仕方なく、神隠しに切り替えると、正攻法で階段迷路を登り出す。そうして移動しながら、敵を飛び越えられそうな、瞬間移動先を探すのだ。
複雑に折れていく階段を、なるべく敵から死角になるように進んでいくと、二度目の索敵ソナーが降ってきた。その距離はだいぶ近く、相手はこちらを発見出来ずに、階層を一つ降りたようだ。
それでも何かの気配を疑っているのは確かだろう。このゲームのような雪上の探知合戦は、結構な緊張感がある。
そうしてついに対面した立ち位置は最悪だった。柱から身を晒せば、敵との間合いに遮蔽するものは何も無い。こんな時に限って、足場は崖へと迫り出すように折れ曲がり、瞬間移動のラインを切っていた。
通常戦闘でなら、魔力弾で狙撃するか、魔力腕で崖下へと突き落としてしまえば良い。しかし今は、完全なる隠密行動での道行きだ。倒した敵が都市で復活して、警戒されるのが厄介なのだ。
ここは無接触で回避したいな… いちど下がるか…? でも残してきた足跡で、オレの存在はバレバレだよな。
珍しく迷いが生まれて、その場で固まってしまう…。
「ごほっ、ごほ……」
そこで近づいていた敵の姿が、潜伏の無視覚化から現れた。二人はすぐに、その場に崩れるようにしゃがみ込む。どちらもレベルは14だった。
「シュン頑張って! この山を越えれば廃都は近いはず… ゴメンね、もう回復ポーションも、食料も残って無くて…」
女子が懸命に男の肩を支えるが、足場が滑って立ち上がれない。どちらもコートを羽織ってはいるが、どうみても魔法付与された防寒用のものではなかった。
「ミスって悪い… ナズハ… もし俺が死んだら君だけでも廃都へ… 必ずもう一度後を追うから」
「バカ… 貴方がかばってくれなかったら、私はもう死んでたよ」
男はもう一度、激しく咳き込んだ。彼のコートは流れた血で赤黒く汚れていて、彼等の足元には点々と血が続いている。
「俺はもうもたないって… それより、やはり嫌な気配が間近にあるんだ。何かが此処に居るぽい… ごふっ」
よろけた彼を必死に支える女子は、そのままお互いに雪の中に身を崩す。
「もし、この先に敵がいるなら、ふたり一緒に死に戻りだね」
彼女は涙目で苦笑すると、男の頭を愛しそうにぎゅと抱えた。その瞬間、二人の周囲が淡いエフェクトで輝くと、みるみる体力ゲージが回復していく。
ー マントラヒール スーペリア ー
「え?」
彼は反射的に自分の胸に手を当てた。そこにあるはずの致命傷は、既に浅くて塞がりつつあった。
「頑張れ…… 廃都は割と良い場所だったぞ」
一瞬見えた少年の姿が、次の瞬間には消失していた。彼等の側にがさりと音を立てて革袋が出現する。目前にあった気配は一瞬で距離を離して、すぐに彼の感覚の中から消え去ってしまった。
「ねぇ… ポーションと食べ物… それに防寒効果の護符が入ってるの…」
唖然とする彼に、女子は震える手で袋を広げて見せる。
「俺たちは…… 敵に助けられたのか…?」
腰に二刀を装備した後ろ姿が、強く印象に残っていた。彼はそれ以上言葉に出来ずに、ただ降り続ける粉雪を涙目で見上げていた。
異世界リスタエルスでも、特別な存在の『Aの紋章』を持つ天使シオリコ。まるで全てを知っているように、瞳を濡らしながら望みを漏らしてしまいます。
そのヒロトを慕う言葉の心意が、明かされる事はあるのでしょうか…。
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