4-4話 悪魔の騎士と鳥羽の女豹
第四章:ヘイネス マーダートリック:
彼等が目にしたのは、突然流れてくる芒野津波と、連爆する灼熱の炎の光景だった。弓持ちのアルテミスのハンター達は、燃え上がる業火に紛れて、全力で敗走に転じていた。
「ヤバっ… あ、後は強襲部隊チームに期待して、俺たちは下がるぞ!」
後方を気にしながら、パーティーリーダーらしい、銀髪イケメンのハーフエルフが声を荒げた。彼等の魔導通話機は、巨大な魔力放射の影響を受けて、通話障害を起こしているのだ。
繊細な魔導具でもある通信機は、使用者の知力によって性能が激変する。現在、香音の圧倒的な魔力に侵食されて、通話は完全にダウンしていた。
「何で、あんな怪物に手出したんよ! あの気狂いじみた範囲魔法は、絶対イリィの災厄だろが!!」
それはこのパーティが、敵陣営最強の魔法使いに、手を出したという事なのだ。
「仕方ないだろ! 射程ギリの遠距離射撃だぞ? 相手の名前なんて見えないてぇの」
背を、本物の炎の壁に守られて、彼等は形振りかまわず走っていた。と、まるでガス欠のように、すっとその炎が威力を弱めた。
「もうっ! エミカとシゲは一瞬で焼け死ん…… ぁ」
少し後ろを行く、赤いショート髪の吊り目の美女が、振り返って言葉を詰まらせた。鎮火した並木道から、濛々と登る鈍重な黒煙の列が見える。その一本が何かに貫通され、ドーナツ状に風穴が開いたのだ。
その開口から眩い光が差し込むと、天界へ続くような荘厳な光の道となる…。
(ねぇ…… あれは?)
彼女は、無意識にインカムで呟いていた。黒煙を突き破った何かが、灰を棚引いて滑空してくる……。
ドンッ!!! と正面の道を斜めに割って、四本腕に得物を掴んだ、下級悪魔が振ってきた。突然と道を塞がれて、急停止する4人の男女。
「げっ、悪魔が振ってきたぞ!? こんな種は見たことないぞ!!」
チビの少年兵が叫ぶように言うと、全員が焦りながらも、素早く長弓を引き絞っている。
「アーマードって何だ? 悪魔の上位種か? それとも召喚獣の…!?」
再び、ズドォン!! と土煙が上がると、今度は背後に、紫に黒斑の甲羅のような甲冑男が、片膝立ちから起き上がるところだった。
「残念だな… お前らは此処までだぞ?」
黒翼を羽ばたかせて一瞬で加速する重騎士。その重装甲からは、想像もつかないような飛び出しに、硬直して誰も動けない。その加速を乗せて威力を倍加した盾の衝撃が、最後尾のチビを直撃した。
「…っ!!」
それは、まんま高速走行の10トンダンプに、跳ねられたような惨状となった。身体を弓なりに折り、腕を不自然な方向に広げたまま、下級悪魔の正面へと飛ばされていく。手放した長弓が、点々と転がると茂みに倒れて見えなくなった。
そうして待ち構えていた、3メートルはある下級悪魔が、三つ爪の脚で少年を受け止める… と、そのまま大きく脚を振り上げ、ドォオオン!! と大地へと踏みつけていた。
「ぐぼっ………」
悪魔の脚下で、半ば地にめり込ませ、両手両脚を逆さに跳ねた彼の身は、全身の骨を砕き、殆どの内蔵を破裂させて、ただの肉塊へと潰されていた……。
ギュラアアアアアアア!!!!
四本の腕を勝どきのように掲げると、既に息絶えた死体の背に、執拗に長槍を突き刺してなぶっている。完全に腰の引けたパーティの目前で、見上げるような、赤黒の重装甲の幸太郎が威圧していた。
前後から挟撃され、冷静さを失ったチームは、もはや連携を取ることは不可能だった。そこで、下級悪魔の背から生えた腕が、二本の長槍を同時に振り下ろす。
「ひっ」
必死に左右に飛んで、それを躱すと、更に襲いくる片手剣と戦斧の連撃に、手の長弓で無理に打ち合うしかない。彼等は悪魔に押されるように、崖側と、土手下へと分断されていた。
吊り目の美女と、人族の細マッチョの二人が、四本腕が複雑に繰り出してくる連続攻撃によって、岩場へと追い詰められていく…
その凶悪な悪魔の後頭部に、支援の必中射撃が突き刺さる。大きな巻角のある牛鬼の面が、射撃手のリーダーに鼻息も荒く振り返った。
(ひっ! か、河原の方へ逃げるんだ!!)
下級悪魔は、背の腕で弓矢を無造作に引き抜き、ゴミのように投げ捨てた。
銀髪のリーダーが、今度は幸太郎の顔を狙って、速射スキルで素早く三連射を放つ。が、それは彼に届く直前で、黒白銀鋼の鉤爪に、一矢ずつ順番に弾かれてしまった。
見上げれば、爪を装着する鳥羽の少女が、差し込む光の帯の中から、優美に舞い降りてくるところだった。
「うっ!! 嫌っ…」 「ぎゃぁぁ!!」
その僅かな間の後、離れていた弓兵の二人が、背中と脇腹をえぐり取られて、血飛沫を吹いて悲鳴を上げた。男は腹部の半分を失って内蔵を露出させ、吊り目の美女は、背中の大傷に顔を歪ませながら、気丈にも弓を手放さずに踏みとどまった。
「……… なっ、何だ今のは…? 一瞬で二人が…?」
その現状を、まったく理解できない銀髪リーダー。男のほうが意識を失って、後方にぶっ倒れた…。
それは背後へと滑空した彩葉が、二人を鉤爪で切りつけると、直後に頭上を空転しながら、矢の連射に対処しただけだ。ただ、その運動速度が異常すぎた。彼女の敏捷は、614から2235へと爆上げされ、既に通常のハンターが知覚できる数値ではない。
(サクラ&ヒロトの強化最高ね!! 攻撃速度上昇も気持ち良い!)
ダークエルフの女豹が、鉤爪の血を払いながら、脳筋な発言をダダ漏れにする。
(そっちは、もう片付くのだろうか?)
すぐに香音の、可愛らしい声が返ってくる。
(ほぼ制圧かな… まぁ、弓使いが距離詰められたら、普通に何も出来ないもの)
その合間に、遺体の二つが光に解けて、自領へと帰っていった…。
「その…… ふざけた、ドレス姿の降霊術師に… 集中してっ!」
瀕死の少女兵が、気力を絞って叫ぶと、リーダーもそれに反応して、同時に赤いミニドレス姿の彩葉に、鏃の先を向けていた。
一部の貫通効果と、特殊な爆発系の矢を除いて、重装甲の騎士職に、弓職の物理攻撃は通らない。彼等の狙いは基本的に、軽装の後衛職なのだ。ここに至って、一矢を報いる可能性があるのは、戦場に不似合いなドレス姿の彼女だけだった。
ただ彩葉がノースリープなのは、『虎腕爪気功撃 』や『サイクロプスの腕』などの、腕に纏わす大技の動きを、阻害しないためであり、実際に魔赤金鉱の絹糸で織られた、そのドレスが、傷つくとも思えなかった…。
(赤疣蜘蛛の毒矢を使う!! 一緒にたのむ!)
彼等は、弓を構えながら左右に走り出し、再び速射スキルで毒矢を機銃のように放ってくる。掠りさえすれば、痺れ効果ありの中毒症状に陥れられる。倒せないにせよ、少なくても解毒薬を飲む間の、空きぐらいは作れるだろう…。
だが彩葉は、靭やかな体術で、左右から飛来した6本全てを、完璧に掴み取って見せた。彼等の期待も、赤ピンクのドレスの少女に、簡単に打ち砕かれてしまった。
「あり得ない… 矢の射撃速度に、完全に追いついてるのかよ… 弓職が全員泣くぞ…」
思わず漏れる絶望の呟きに、女豹は、にこっと微笑んで、全ての矢を握り潰した。
「くそっ! 5日も掛けて、対人ポイント稼ぎに来たのに…」
「あんた、それは弱いもん虐めって言うんだぜ?」
言葉の終わらぬうちに、幸太郎の頭上に、ひとつ目玉の肉塊が召喚され、裂けた口から音の無い咆哮を、周囲へと吐き出した。
ー 悪魔憑きの咆哮 ー
それも彼のコンポスキルで、範囲撹乱効果と、強力な同士討ちの呪いを周囲に撒き散らす…。
「あぐ… 何が… 起きて…… あががぁ…」 「だ、駄目… 彼は味方…… なのよ…」
途端に、残党ふたりが頭を抱えて呻き声を発すると、互いに弓を向けて、苦し紛れに撃ち合いを始めてしまう… しかし、自我はそれに抵抗して、初心者のように、射撃は逸れて当たってはいない…。
(ちょっとコウタロウ! 何で余計な支援をするのよ!!)
ほぼ戦闘不能の敵を目にして、やる気の削がれた女豹が、へそを曲げて言った。
(いや、だって折角手に入れたコンポだぞ? 使わないとスキルレベルが上がらないだろ…? それとも敵をなぶらないと満足できないと?)
(いや、まぁ… 練習にも、ならない相手だから良いわよ…)
互いに対峙する、弓使い二人は、脂汗を流しながら、必死に呪いに抗おうとするが、その拘束力は強烈だった。
やがて彩葉は、吊り目の美女の目前に歩を進める。
「災厄のクラン… あんたらには…… もう遭いたく… ない… わ」
彼女のセリフを聞き終えた直後、近距離から爪型の気弾で、美女の肢体を三等分に切断する。彼女は最後まで得物を離さず、胸部から上をずり落として息絶えた。
「良い根性しているわね。何れまた殺りましょう」
そこで呪い効果の弱まったリーダーが、最後の抵抗とばかり、煙玉を地面へ投げつける。爆発するように、濃いスモークが濛々と広がると、彼は認識阻害の効果のある外套を、こっそり『倉庫』から引き出した…。
「おいおい… まったく無駄だぞ?」
幸太郎が、身軽に数メートル飛び上がると、蝙蝠の翼を大きく開いてズドンっと大地に落下する。その翼のひと振りで、爆圧のように大気が押され、スモークが円状に四散してしまう。
外套を半分羽織ったまま、絶望の表情を見せる銀髪リーダー。その哀れな姿を、彩葉の剛腕が上空へと殴り飛ばした。鳥羽が下方から追いつくと、更に追撃の爪が日光を何度も反射する…。
鳥羽の美少女に、じゃれつかれるように、打ち上げられた彼は、遥か上空で腕ごともがれて、落下の途中で光子に解けて消滅していく。同時に、鉤爪や大盾を汚していた返り血も、輝きと共に剥がれ、綺麗に蒸発してしまった。
二人の勝者は、何事も無かったかのように、火災の方向に振り返る。
「あっちの決着はついたのかしら?」
その表情は厳しく引き締まり、ドレス姿の美少女に、戦士の風格を与えていた。
「カノンのやつ、わざと剣による近接戦闘を指示してたからな…」
「ようするに荒療治って事よね。ゲーム脳から戦争へと、本気の覚悟させるには、血みどろの実戦を、間近で見せるしかないもの……」
彼女は鉤爪を外側に向けたまま、乱れた髪を手ぐしする。
「まぁな… ヒロトのやつ、優しいからな……」
「心配? ふふっ、コウタロウって兄貴属性だよね」
悪魔騎士が、本来の愛想の良い表情で、柔らかく笑う。
「ああ… よく言われる… そして、お前も大概に姉御肌だぞ?」
鎮火して、ほぼ墨色と化した並木道… その先の、もう一つの戦場を、二人は遠目に見つめていた。
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