4-5話 赤く濡れる刃
第四章:ヘイネス マーダートリック:
敵の強襲部隊は、幸太郎の置き土産である挑発の叫びによって、大翔らの存在を見失っていた…。
場は川を直下に見る、土手の傾斜面。見上げた先には不自然に形の良い、針葉樹の並木が見えている。
一気に地を蹴った彼は、ほぼ同時に踏み出した桜咲と、横並びに飛び出していた。
それは僅か数メートルの距離… 二人にとっては1秒も掛からずに到達できる間合いだ。だが、最初に敵を討ったのは、香音の神剣メルハーンだった。
左右後方に別れて展開した、ペアの黒魔道士。中距離攻撃や、影縫い、瞬間移動など、かなり嫌らしい能力を持つのは、月歌の闘いを見れば明らかだろう。
「索敵に集中しろっ! 挑発効果で標的を感知出来な… うわぁぁ!」
その面倒な魔法系暗殺者は、両足首を木の根に巻き取られ、そのまま凄い勢いで術者の目前へと捕縛されていく。
(では、最初のふたりを頂くよ…)
香音の静かな物言いには、鋭い殺意が含まれている。
小柄なエルフ少女は、身の丈の倍はある大剣を、軽々と上段から振り抜き、そして斬り上げる。その太刀筋は美しく、正統派の剣士のように無駄がない。いや、実際に彼女のファーストジョブは聖騎士だ。
植物に巻き付かれ、無理に立たされた姿勢の黒ローブ姿の二人。痩男の方は、肩から腰までを一刀にされ、もうひとりの厳つい男は、腹を真っ二つに両断されて、二つに別れ斜面を転げ落ちていく…。
神剣持ちの魔法剣士でもある香音にとって、黒魔道士の貧弱な防具など無いに等しいのだ。
「ぎゃぁ…」 「……ぐぼっ」
そこで始めて、斬られた事に気づいた彼等は、叫びを上げて出血を振りまくと、少女の白装備を斜めに赤く汚していった…。
それとほぼ同時に、敵の目前へと踏み込んでいる桜咲。
歌声と共に得物である『天使アルテミスの蒼月十字剣』の青い剣筋を、ひらり、ひらりと踊るように走らせていた。白金と青磁色の清楚で由緒ある祭服で、踊り子のように軽やかに身を捻れば、相変わらずの力みの無い、美しい剣舞の太刀筋だった。
「ごめんねっ」
歌の合間に、小さな謝罪を口にする。
ザンッ、ザンっと、続けて女ハンターの首が飛び、残った身体が逆方向に回転しながら倒れていった。
そして左翼では、大翔が最初の相手、浅黒いウッドエルフ男の脇下へと滑り込んでいた。圧倒的なステータスの差は、彼をまるでポーズを取ったまま立ち尽くす、マネキンのように見せている。
相手も敏捷値の高い同業の暗殺者だが、その数値の差は900を超えていて、彼にはただの、練習人形のようなものだった。
左手の黒鋼鏡の短剣で脇下を斬り裂き、ネルフィヌの剣が首筋の頸動脈を狙いに行くと、彼の意に反して、抵抗も無く首がスッパリと切断されてしまう。
ちょっ、な、何んだこの剣は…… 見た目の刃渡りとは、まるで違う……。
少年はそう感じながらも、もうひとりの小柄な少女兵へと、地を滑るように接近した。切り上げようと視線を移した瞬間、彼女の緑の瞳と眼が合ってしまう。左右に三編みを垂らした、可愛らしい赤髪の女の子だ…。
くそっ!!
その躊躇が狙いをずらして、彼女の両手首が得物と一緒に切り飛ばされる。すぐに身体を回転させた二本同時の太刀筋は、彼女の腰と下腹部を浅く切っただけになった。
ハァ、ハァ、心臓が痛え… 冷静になれっ。
そこから伸び上がるように、ネルフィヌを切り上げると、今度こそ、剣先は胸下から背中までを貫通して、それが致命傷となって彼女の気配が消え始めた…。
実際の時間にすれば、全ては1秒ほどの出来事だ。彼女は一瞬で、両手首、下腹部、そして胸を斬られ、「うっ…」と吐血して膝から崩れていった。素早い動きで返り血は浴びなかったが、両手の短剣は赤黒く血濡れている…。
「ハァハァハァ……」
コウタロウの言った通りか…。
人を斬った感触が、両の手に鮮明に残されていた。剣先が皮膚から肉、腱へと沈み、硬いはずの骨格さえ、小枝程度の抵抗で分断された。
彼は再び小さくこみあげた…。
凶獣の森で、数え切れない程に剣を振るい、人形の怪物を切り倒してきた… しかし実際に人間と対峙し、それを斬ったという事実は、何かの一線を確実に超えていた。怯える眼の動きや、絶望する表情や、そして漏らす苦悶の呻き… それこそが、まさに人斬りという事なのだ。
彼は両手の得物を痛いほど握りしめ、その手は僅かに震えていた…。
幸太郎の叫びから、まだ10秒も経ってはいない。しかしアンサンブル三人の足元には、切り捨てられ、血溜まりに汚れた遺体が、6体も転がっていた。それはまさに殺戮の現場… 鉄臭く、生温かい血の匂いが鼻につく…。
「ヒロト… 大丈夫かい?」
気づけば、自分の肩ほどしかない香音の細身に、後ろから支えられていた。
「あ、ああ…… 自分たちの流血には、慣れているつもりだったけどな… こりゃ、酷い…」
「そうだね…… でも、これが闘い… そして、この惨劇が千単位で起きるのが戦争なんだ… 君にもこれが地獄だとわかるだろ?」
この無残な状況は、背の香音が意図して狙ったものだろう… まさに血の洗礼というやつだ。
彼女が伸ばした腕を静かに下ろすと、背後の大火災は、ガス栓を撚るように急激に鎮火する。どうやら今まで、ずっと魔力を供給して炎を維持していたらしい。
どんだけの魔力量だよ……。
「カノン!!!」
そこで猫耳娘が声を荒げ、大翔の危険感知が背後の悪意に反応する。
一段下がった抉れた河原から、和装に近いショートパンツ姿の少女が、手の小太刀を一直線に突き出してくる。全身ずぶ濡れで、突然と湧いた彼女は、潜伏からの完璧なる奇襲攻撃を仕掛けていた。
細身の刀は確実に加速しながら、香音の背に迫ってくる…。
「痛っ……」
咄嗟の事で、スキルを使う余裕はなかった。その剣筋は大翔の掌を貫通した事で、斜めに逸らされていた。
「ちっ!」
小さく舌打ちをした少女は、更に逆手の脇差を振り上げるが、それは、ネルフィヌの斬撃に指ごと切断されてしまう。更には鎖骨の下まで浅く斬られると、胸の隙間から自爆の首飾りと、涙型のペンダントヘッドが、土の上に続けて落ちた。
「川の中に潜んでたんかよっ!」
互いに出血しながらも、息が掛かるほどの至近距離で、顔を突き合わせていた。黒髪のボブヘアーに、少し垂れ目がちの瞳が、気丈にも鋭く睨んでいる…。
カエデ……。
その少女ハンターは、消失したあの娘、楓によく似ていた… 思わず鑑定で確認してしまう。
:鑑定:
『ウィラ アサギリ』 忍者 LV25
暗襲LV8 潜伏LV9 奇襲LV9 心眼看破LV6 索敵LV5 毒塗りLV4
潜伏のレベルが高いな… それにしても良く似てる…。
見つめ合ったまま、一瞬、楓の控えめな喘ぎ声を想い出してしまう。
大翔は手に魔力腕を重ねて、貫通する日本刀を握り絞めたまま離さない… 掌の傷口から、痺れのような灼熱が、全身に広がるのを感じていた。
「ヒロト!! その刀を離すんだ! それは毒塗りしてある。ウィラは高レベルの忍者職だよ!」
それでも少年は刀を握ったまま、強引にそれを逆ひねりすると、忍者はついに得物を手離してしまった。
「……あんた、そんなレベルでも、仲間を守るのね…」
気づけば彼女の背中は、革装備ごと臓物まで一刀にされていた。背後の桜咲が「ごめんね」と小さく呟いた。斬られた彼女は、そのままうつ伏せに草原へと倒れ込む。
「もうっ… 簡単に… 防具破壊をしないで… よ。大赤字とか… ホントないわ」
彼女たちの防御力に対して、A.ドボルザークメンバーの攻撃力が高すぎるのだ。普通は革装備を一太刀とかは有り得ない…。
「ヒロトくん、刀を抜いて傷口をこっちに向けてっ」
それでようやくと、30センチ程手の甲から突き出ていた小太刀を、ゆっくりと逆の手で引き抜いていく… 丁度その間に、最初の6人の遺体が、激しく輝いて光子になって拡散していった。
「この距離で… ミスったのは… 始めて… ね」
忍者の少女は、楓似の垂れ目を、悔しそうに歪めて言った。土の上に落ちている、ペンダントヘッドへ残った右腕を必死に伸ばす…。
ふと、それは敵の少年の手にすくい取られると、伸ばされた彼女の掌に、静かに手渡されていた。少女は驚きの表情のあとに、不覚にも少し頬を赤らめてしまう。
「あんたって…… ふふっ… クソ野郎ばかりのディメテルにも… 紳士… は、居るんだね… でも、わたしはあんたらを、許さない… から…」
その頃には、少年の全身に回った毒素が、彼の意識を混濁させていた。少女がぎゅっと、手のペンダントを握りしめると、ぼやっと赤い光跡が五角形の魔法陣を浮かび上がらせる。
「駄目だ!!! ヒロト!! それは自爆のっ……」
純白のハレーション… 即死に至る衝撃波が二人を襲う…。
«うふふっ… 今度の主様は、中々のお人好しですのね…»
夜色の深い藍が、膝を付いた少年の周囲を濃く染め上げる… 爆炎は夜の球体に飲み込まれ、大翔と香音だけを残して周囲の物を粉砕した。
«嫌いではないですのよ… 主様»
後には赤土まで掘られた爆心と、その縁に無意識に座り込む、二人の無傷の姿が残されていた…。
(サクラ&ヒロトの強化最高ね!! 攻撃速度上昇も気持ち良い!)
彩葉の空気を読まないダダ漏れが、魔導通話機から流れてきた。
(そっちは、もう片付くのだろうか?)
蜜色の髪の美しいエルフが、放心した表情のまま、返信をする。
「今のって…? カノンの魔法ではないよね?」
「そうだよ… 僕はヒロトに助けられ、更にはネルフィヌにも守られたんだ… こんなに早く顕現化するなんて… 君らは…」
香音は、説明出来ない感情に囚われ、彼の背を大事そうに抱いている。
「ごめんねヒロトくん! 戦闘中は占い出来ないから見逃してたよ… 敵は2パーティではなくて、6、4、3の3パーティ編成だったのね。最後は暗殺者達も揺動に使うなんて… 爆死したウィラは有名な手練だよぉ」
猫耳娘は焦りを見せながら、彼の肩に手を当てると、治療を唱えて解毒を開始した…。
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