4-3話 イリィの災厄
第四章:ヘイネス マーダートリック:
(そしてヒロト… えっと… 厚かましいとは思うんだけど、その杖を僕に貸してはくれないかい?)
香音が好奇と期待に、ソワソワしながらお願いをしてくる。
(おぉ? カノンが使いたいのか?)
獣喰らいの杖は、細身の濃緑色の柄に、水晶の小枝のような先端を持つ、一見してシンプルで、迫力のない杖だ。大翔は従順に待てをするエルフ少女へ、苦笑しながらそれを手渡した。
(うんうん、とても良いモノだね!! 知っていると思うけど… この杖を落とすボスは、面倒な広域制圧タイプで、狩場も遠すぎて不人気の上に、ドロップ率も最低な希少品扱いになるんだよ。僕も現物を見るのは始めてだ)
そう呟きながら魔力を通すと、その氷面のような端部から、水晶の枝が大きく芽吹いて伸びていく。それは捻れて棘を纏った、毒々しい形状へと変化してしまった。
(その杖って、魔法使いが使うと、そんな邪悪な感じになるのね……)
先端の水晶は、魔力に呼応して純白に色づくと、それはあの獣喰らいの百合花の色味でゾッとした。
(これは素晴らしい… 僕のスキルとの親和性が完璧だよ。なんだか触れていいるだけで、気持ちよくなちゃった…… ふぅ、それじゃ少し、試し撃ちさせてもらおうかな?)
少女が恍惚とした表情で、何故か仲間の顔を見回した。
途端に大翔の危険感知が、進んではいけないと囁いた。彼は集中を深くすると、渾身の索敵ソナーを対岸へと撃ち放つ。すぐに毒虫の群れの中に、数点の淡い光点が感応を返してきた。
(ヒロトも気付いたのね? まぁ『アルテミス銀翼同盟』の潜入強襲部隊だと思いまーす。こんな遠くまでご苦労様だよね)
桜咲の索敵は聴覚にも頼るのか、猫耳を多方に世話しなく動かしていて可愛らしい… というか触ってみたい…。
そんな彼の邪念を知らぬまま、すでに彼女は強化のハミングを口ずさんでいる。つまり戦闘に備えろという事だ…。
(さて… サクラの見立てだと、敵の規模はどれぐらいだろうか?)
(うーん、2パーティってとこだねぇ、遠距離隊に、近接の暗殺系の二枚押しかな? ありがちな強襲特化のパーティ編成だよ。ヒロトも気付いたように、毒虫の群れに紛れて、弓使いの『遠見の使い』が、こっちを視認してるからー)
(という事は、弓での超遠距離攻撃が来るという事だね? でも必中スキルは威力が弱いし、遠距離射撃はまず当たらない… やはり牽制と撹乱という事だろう)
吟遊詩人に続くように、付与術士も高位強化を重ねていくと、気づけば強化支援効果が、350%平均を超えていていた。彼の攻撃力だけ見てもx372%が働いて2458にもなっている…。
考えたくないけど、これってカノンの魔法攻撃力とか8000近いんじゃね…? 確かにイリィの災厄だな…… というか災厄パーティ?
(さて、では敵の射程に入るまでの40秒で、行動を決めるとしよう。まずはいつも通りに、初撃はコウタロウの肉壁でよろしく…… イロハは……… )
香音は早口で、それぞれの指示を飛ばしていった。猫耳娘が、彼氏の甲冑を「ガンバっ!」とグーで叩いてみせる。
(………… という感じで、ヒロトは敵の暗殺者隊の潜伏を看破して、隠蔽を引き剥がすのに集中して欲しい… 初陣だし、そこまで出来れば問題ないよ)
(いや、俺も切り込むから……)
(ヒロトよ、敵は怪物じゃないんだぞ? お前は敵兵と闘って、殺す覚悟が出来たのか? 厳つい野郎ばかりじゃない… サクラやカノンのような、少女兵と殺り合えるのか?)
珍しく幸太郎が真剣に現実を問う。
(あと20秒よ…… ていうか、わたしを軽くスルーしないで、わたしも可愛い美少女兵!!)
彩葉が不満げに口を尖らせた。
(闘うしかないだろ…? それが出来なきゃ誰も探せないし、守れもしない!!)
(あと10秒! 覚悟は良いのね)
(実際の戦場は、血肉が飛び散る修羅場だ。相手は遥々と遠征して、お前を殺しに来てるんだ。考えるな、迷うな、狼狽えるなよ。殺るときは躊躇をするな!!)
最後に幸太郎の活が飛んできた。
集中しろ… 実際には誰も死なないんだ……。
目前に石橋と荒れ道との境界が迫ってくる。敵の姿は視認出来ず、並木道は七色に舞う蝶々に彩られ、幻想的で美しく続いていた。
(橋を渡り終えたら、停止してコウタロウの後ろへ。さぁ、アンサンブルの闘いを披露しよう!!)
対岸に走り込んで数メートル、幸太郎が足元を滑らせながら急停止をする。メンバーは隊列を一気に縮めると、全員が悪魔騎士の背後に密集した。
(矢の軌跡!! 6本くるよー)
晴天の蒼色の中、鏃が日を反射して、チカチカと小さく光る。途端に高速で落下するそれらは、カノンとサクラを狙った、必中の遠距離狙撃だ。
それは誘導されるように軌道修正しながら、最後は弾丸のように二人へと殺到する。その刹那、差し上げられる獄墨鋼の大盾。それは黒紫に瞬時に膨張すると、屋根程もある巨大で禍々しい、菱形へと完成をした。
ー 餓鬼喰いの盾 ー
中央に生える巨大な口は、鋭い牙を四角に並べた漆黒の穴だ。その餓鬼の大口が開く醜悪な盾は、対物理、対魔法攻撃を喰らって無効化する、幸太郎のコンポスキルなのだ。それは必中効果にさえ喰らいついて、6本の矢を断頭台のように噛み砕いてしまう。
攻撃行動で姿を晒した、敵の弓使いを大翔の索敵が発見した。数は6人、すぐにカノンとイロハに両手を伸ばして、位置情報を共有する。敵は引き絞った長弓から、素早く第二射を斉射した。
(毒虫と遠見の使いを排除するよ)
香音が瞳を輝かせて、獣喰らいの杖を突き出した。災厄と呼ばれる少女の、膨大な魔力が流れ込むと、先端部の純白の輝きが、破裂するように溢れ出す…。
(あっ、危険なやつだよこれ……)
四方に漏れる魔力の輝きに、彩葉が表情を強張らせた。白百合色のハレーションの中、揺らぐ少女の陰影は、何故か危うく、そしてひどく儚げだった…。
詠唱中の彼女に降り注いだ、第二射の矢が、初撃と同様に悪魔の盾に喰い散らかされた。
はぁ… 僕の深くにある魔力の源に繋がって…… サラサラと流れ出して気持ち良い……。
(さぁ、このままいくよ……!)
その途端、街道に沿うように、枯れた芒野が湧き上がり、激流となって流れ始めた。視界の端までを、広大に埋め尽くすそれは、獣喰らいの動く森と同種のものだ。そして綿毛のような種子を飛ばすと、視界を淡く滲ませる……。
「燃えてっ」
エルフの少女が、小さく口先でお願いをした。
バチっと綿毛が火花に変わり、一瞬世界はハレーションを起こして白一色となった。巨大な火の玉が目前で立ち上がり、大爆発を起こして大地がズズンっと縦揺れをする。連爆する火炎の破壊が、縦断爆撃のように、枯れ野の果まで爆炎と共に駆け抜けていく。
爆破の炎波が通り過ぎた荒れ道は、灼熱に容赦なく焼かれて、まさに地獄の有様となった。幹だけとなった並木が、大量の火の粉を空に吹き、七色の蝶々は、燃える木葉のように、黒煙に巻かれて灰になる… 世界は高熱で陽炎の中に歪み、ゆらゆらと不確かに揺れている…。
こ、これが… たった一人の魔法だっていうんかよ……。
その大魔法に、大翔は絶句したまま立ち尽くしていた。
熱と爆圧は、百匹以上の毒虫と遠見の使いを、纏めて炭化し塵にすると、覗き見していた術者が、リンクの反発を食って「ひっ」と身を跳ねさせた。
「わわっ!! 熱っいよぉ! カノンやりすぎだよー!!」
桜咲がドン引きして、彼の背に身を隠した。熱風が吹き付けてくると、それを幸太郎が盾で防ぐ。
天まで焼き尽くすような大火災が、視界の全てを朱色に染めていた…。
スキル名『爆炎の芒野原』広範囲を一瞬で焼き尽くす、香音の強力な広域殲滅魔法の一種だった。まさに彼女が災厄と呼ばれる、由縁にもなっていた。
そのあまりの威力と範囲に、炎の先端では、敵兵二名が火達磨で絶叫をあげている。それは弓術の超遠距離攻撃と、ほぼ同等の射程があったという事だ。
生きたまま生焼きにされる男女が、全身から炎を上げ、頭髪を燃やしながら空を掻きむしると、やがて肺まで焼かれて火炎の中に崩れ落ちた。ピロンと無情にも、レベルが上がる音が響いた…。
うっ…… 今の気配は… 恐怖と絶望か…?
少年は吐き気を覚えて、それを必死に飲み込もうとした。大火災に阻まれて、焼死する彼等は見えてはいない… しかし、大翔の繊細な気配探知は、対象の感情までも、感じ取ってしまうらしい…。
最初に戦場を退場したのは、弓使いよりも射程の短い狩人の二名だった。弓使いと盗賊の中間的な存在の彼等は、索敵と接近戦、更には弓による後方火力とオールマイティな存在だ。だが個々のスキルは本職に劣り、その射程の僅かな短さが、彼等の運命を別けたのだ。
敵パーティーは、狩人の持つ潜伏能力を失って、その身を無防備に晒すしかなくなった。
そうして辛くも、火炎の災厄から逃れた弓使い達が、針葉樹の影を縫うように敗走を始めていた。その圧倒的な火力差に、瞬時に戦場を放棄したのだ。
ただ、その時点で、揺動と撹乱という彼等の仕事の、最低限は完遂していた。
(素早くて懸命な判断だね… でも、揺動からの側面強襲とか、闘いが雑で幼稚だよ?)
香音が借り物の杖を、丁寧に『倉庫』にしまうと、背の剣をゆっくりと引き抜いた。この世界に一振りしか存在しない、白銀色に赤い古代文字の刻まれた、伝説級の大剣である。それは『神剣メルハーン』と呼ばれていた。
少女が得物を、地に平行に構えたのと同時に、大翔の索敵スキルが、強襲部隊の潜伏を看破した。
(別隊発見!! 右後方の土手下12メートル! 突っ込んでくるぞ!!)
一列で急接近する暗殺者と黒魔道士の混成部隊が、輪郭のみのシルエットに見えていた。
魔導通話機で注意を飛ばしながら、魔力の腕で荒くそれらを薙ぎ払う。葦原から突然と湧いたように、数人の人影が転がり出た。威力よりも素早さ優先で、敵の隠蔽を解除したのだ。
「こっちだ!! らああああああああっ!!」
重騎士の挑発スキル『挑発の叫び』が響き渡る。横殴りされ、出鼻を挫かれた強襲部隊が、一斉に幸太郎に注目をしてしまう。
挑発スキル『挑発の叫び』は、重装甲の騎士職だけが持つ特殊な技であり、それは、自分に攻撃を引き付けて、仲間の盾となるための主軸スキルだ。
強制的に己に意識を集中させ、他の認識を著しく低減する、いわゆる魅了と隠蔽を同時に与える、状態異常に分類されていた。そしてその効果は、重ね掛けで重複していく…。
つまり、この瞬間、敵部隊には巨漢の悪魔騎士しか見えていないのだ。
(それじゃ、後処理は任せたぞ!)
幸太郎は、獄墨鋼装備に悪魔の翼を実体化すると、一気に燃え盛る黒煙の中へと飛び去ってしまう。気づけは彩葉もそれに並んで滑空していた。
まさに呆気に取られて、思考停止する敵パーティー。挑発を受けた対象が、空に飛び去るという、理解し難いイレギュラーに混乱しているのだろう。
(敵は6人、背後の黒魔道士2は僕が倒そう!!)
(俺は左翼の2名を!!)
(えー、わたしは残りモノ!?)
それは幸太郎が作り上げた、一瞬にして、最大の勝機なのだ。
落ち着け…… 無心のままに動けば良い…。
大翔は、ネルフィヌと黒鋼鏡の、二刀の短剣を掲げると、一気に荒れ道を蹴っていた……。
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