4-2話 世界を隔てる境界線
第四章:ヘイネス マーダートリック:
大翔達の行く手を遮るように、酒癖の悪い荒くれ共が集まってくる。それは大人数による、たちの悪い嫌がらせだった。
これは嫌がらせに屈して移動を留まるか、有力クランの集まる場での抗争か、を迫る、脅迫にも近いゲームなのだ。悪魔騎士の異名を持つ幸太郎を正面にして、互いに対峙したまま、徐々に距離を詰めていく…。
(クライ レブナントの腰巾着のくせに生意気だよねぇ。C級レアボスの大規模戦闘で集まったもんだから、強く出ちゃってもう…)
猫耳娘が小さくハミングをしながらインカムを飛ばしてくる。愛らしい表情のまま、結構なご立腹らしい。
すでに彼女は3種の強化を重ねていて、少年も視線をそらしたまま、上位魔力身体強化と魔力身体強化までは撒き終えていた。身体がウォームアップしたように熱を持ち、足先が小さくリズムを刻んでいた。既に戦闘準備は万全である。
そこで地味に嫌な気配を感じて、大翔がその方向に振り返った。たむろする数十人の、完全武装のハンター達は、男女入り乱れての混成チームだ。その一番外側に、此方を睨みつける、片目に大傷のある男と視線が合う。
こいつは、少しは骨がありそうだな?
(なぁ、あの壁沿いで煙草吸ってる、顔に傷のある銀髪は有名人なのか? 黒茶の外套姿の大男かな… 俺めちゃ睨まれてるんだけど?)
瞬間、仲間の視線が一斉に真横をチラ見した。とたんに幸太郎が、鼻先でふんっと笑ってみせる。
(あれはなぁ、鬼畜クラン『クライ レブナント』のクランマスター、刈野 龍悟だな。まぁ陣営内でも特に要注意なゴミ野郎だ。ヒロトも気つけろよ? あれは根っからの犯罪者だからな)
銀髪をオールバックする男には、多少なりとも危険感知が反応している。奴は悪魔のような残忍な表情で、煙草の紫煙を吐き出して、にぃっと笑った。
あんた、どんだけ悪役顔なんだよ……。
龍悟の背後から近づいた、長身細マッチョの長弓持ちが、此方を見ながらこそこそと耳打ちをしていた。
(それじゃみんな、面倒事が増える前に、スマートに立ち去ろうと思うんだ。ヒロトの魔力腕は、彼等の隊列を優しく分断できるだろうか?)
(ああ、余裕だろう?)
(うんうん、良い返事だね。それじゃ城門へのスペースが開いたら、各自で壁外へと全力離脱をしよう! それじゃヒロト、Let's Showtime !!)
無駄に流暢な英語を合図に、大翔の魔力腕気功撃が、三列に重なった男共の隙間に差し入れられた。
(さぁ、みなさんそっと左右に移動してもらいましょう… 優しい心配りで… よいしょっと)
まるで見えない壁に押されたように、野郎共の人垣が、左右に割れて城門までがフリーになっていく。
「な、何だよこれは!?」
「おい! 押すなって!!」
「てめぇが押してるんじゃねぇか!」
脚がもつれた幾人かが、将棋倒しのように転倒をすると、あちこちで罵声が放たれた。その間を逃さずに、背に悪魔の翼を実体化した幸太郎が、桜咲を片腕に抱いて超低空飛行で加速をした。ゴッと土埃が盛大に舞い上がると、勝治達の頭上に降り掛かる。
その爆撃機のような気流の直後を、鳥獣人の羽で滑空するダークエルフが、雪崩れた人波の中央でコークスクリューを披露しながら追随していく。
「それじゃ諸君、これで失礼するよ」
聖騎士のスキル『アドバンスダッシュ』で、城門前に一瞬で辿り着いていた香音。彼女は完璧な淑女の挨拶を周囲に見せ付ける。そして横並びする大翔に片手を預けると、エスコートされるように、優雅に背景へと溶け消えてしまった。
彼のコンポスキル『神隠し』は、大勢に視認される只中でさえ、その存在を完全に消し去って見せた。その強力な潜伏スキルを、看破できるプレイヤーなど、この砦には存在しなかった…。
遠目から様子を眺めていた、顔傷の龍悟が、面白く無さそうに視線を外して、指先の煙草を足元へと投げ捨てた。
◇
そこは苔むした煉瓦積みの小さな水場だった。プレーリドックに似た哺乳類らしい小動物が、その煉瓦上で世話しなく首を動かしている。まぁ、でかくて太ったリスとも言うが…。
(この子可愛いね!癒やされるー)
猫耳娘が身を屈めると、それに習うように彩葉もしゃがんで顔を寄せあった。二人の視線を気にも止めずに、彼は水場に波紋を残して、小さく水を飲んで見せる。潜伏スキルで気配を消した彼女たちを、大リスは認識できないのだ。
そこで広葉樹の背景から、現実へと実体化するように、大翔と香音が隠蔽を解除した。魔導通話機で打ち合わせした通りに、西方に10キロ程離れたこの泉で、全員が合流を果たしたのだ。
「いい感じに突破できたわね。でも、本当にカツジの奴には頭にくるわ。今度合ったら絞め落としてやろうかしら」
「それは止めたほうが良いと思うよ? 彼にとっては、イロハに羽交い締めされるだけで、ご褒美になると思うんだよ… 構って欲しくて絡むんだから」
此処までの距離を、大翔と手繋ぎしたまま走って来たのだが、互いに息のひとつも上がっていない。それだけ二人の気力が多いのだ。
「まぁ、奴らは戦砦エイダルから北に上って、北部エイダル湿原に向かうはずだから、もう出くわす事も無いと思うよ」
それを聞いていた幸太郎が、巨大なタワーシールドを背に担ぎ直す。
「なぁ桜咲、今のは近々未来予測的には、どう見えていた?」
少女は細い尻尾をゆらりと流すと、彼氏の傍らに身を寄せる。安心安全の定位位置らしい。
「んー 最悪はあの場の全員で大乱闘… 最良は全員でヒロトに抱きついての、高位潜伏で隠れんぼかなぁ? でも、どの選択でもたいして変わらないから黙ってましたぁ」
「全員バトルでも問題ないのね…?」
大翔が呆れたように声にする。
「うんうん、問題なーい。わたしたちは最強!!」
「出だしから邪魔が入ったけれど、目的地に向かって出発しよう。夕暮れまでには『スパイク ロック ピーク』を超えたいからね。コウタロウ引き続き先導を頼むよ。ヒロトは正面、サクラは後方の索敵と警戒を頼もうかな。街道沿いでも魔物が出るから気を抜かないようにね」
そうして、幸太郎を先頭にして、左右に大翔と彩葉、後ろに香音と最後尾が桜咲という隊列で移動を開始した。移動といっても、それは結構な速度での走破になるらしく、草の無い踏み固まっただけの荒れ道を、マラソン選手並みのスピードで、ずんずんと進んでいく。
「凄い絶壁だな。これってずっと続いているのか?」
定期的に索敵領域のソナーを放ちながら、左手に続く大絶壁を見上げて言った。それは南部の多湿な気候によって、壁面の殆どを樹木とシダ植物で覆われた、緑色の断崖だ。複雑な形状で延々と続く様は、まるで世界の果てのような絶景だった。
「陣営の各都市国家を守るように、この大絶壁は大陸を横断しているんだよ」
聡明で可憐なエルフ少女が、小さな歩幅でちょこちょこと走る姿が、可愛らしい。
「大陸には、この大絶壁、中央部を複雑に走るハイズ連峰、そして敵陣営を守る鉛色の大渓谷の三大境界線で分断されていて、それは軍事的にも最重要視されているよ」
「なんか、それ戦略ゲームの、最初のMAPにありそうだな…」
彼の1.5キロに迫る気配探知の領域には、驚異になりそうな反応は無い。珍しく広がった青空の下、光に満ちた明るい丘陵を、彼等は軽い足取りで駆け抜けていく。
「まぁ、景観的には、ずっとこんな感じで飽きるかもだけど、崖沿いを進めば目的地だから、迷うことだけは無いと思うよ?」
香音がそう言って苦笑をした。しかし樹海以外を知らない少年にとって、十分過ぎる程に、楽しめる行程となった。
波のように高低を繰り返す丘陵には、時には鮮やかな紫色に、時には緑と純白の花々に埋められて美しく、道端には色とりどりの無数の色彩が、虹色の小道のように連なっていく。
またその先では、視界一杯の壁面を、巨大な大滝が飛沫をあげて、それはやがて大河となって、右の地平近くの湖水群まで連なっていた。その大平原こそエイダル湿原と呼ばれる、大陸最大の湿原エリアになるそうだ。葦と水草の絨毯が視界の届く果まで緑玉の色に埋め尽くしていた。
「やば… 俺、めちゃくちゃ感動してるんだけど… これを飽きるとかないだろ?」
左手に水飛沫の白煙を上げる、ミニナイアガラ的な大滝を眺め、右手には煌めく湖水と、大湿原の地平線を望んでいる。やがてそれらを繋ぐ大河川と、そこを渡る石柱に支えられてアーチ橋に行き着いた。と、その時……。
(正面に索敵反応!! 何だこれ… 薄くて広くて… 獣喰らいみたいな反応だな)
(わたしも感知したよー これは、いつものだねぇ)
桜咲が肯定するように続けてくる。一行はフルマラソンのトップグループのように、速すぎるランニングで渡河を始めた。近くで見れば石橋は四車線はありそうな幅広の堅固な造りで、二つのアーチが連なった眼鏡橋に似た構造だ。
(ちょっとヒロト、今、獣喰らいって言ったわよね? 君はあれに出会った事があるの?)
ダークエルフの美少女が、少年に一歩近寄ると並走を続けている。
(出会ったというか… 凶獣の森で俺たちを殺したのが、獣喰らいだからな… まぁ最後は倒したから相打ちかな?)
『倉庫』から引っ張り出した怨みの獣喰らいの杖 を、左右にフリフリして見せびらかした。
(( えっ !!!!? ))
全員が同時に息を飲むのが聞こえてくる。
(えっ? 何んだよ、その反応は……?)
(ヒロト… 君は本当に規格外だね。そのレベルで獣喰らいを倒したっていうんだね? まぁ、その超低確率でしかドロップしない、幻の杖を持っているのだから、疑いようもないのだけど… やはりクインテットは常識が通じないね)
(ヒロトと始めて出会った時… 獣喰らいと闘った直後だったのね… それで、彼女と死に別れて……?)
あの怪物と二人きりで闘う事が、どれだけ無謀で恐ろしい事なのか、彩葉も十分に理解をしていた。
彼女が走りながら、静かに少年の肩に手を添える。
「出会った時、すでにヒロトは戦士だったんだね…… 良く頑張りました!」
彼女は精悍な瞳を、慈しむように柔らかく緩めて微笑んだ。
(ねぇー なんか話し盛り上がってるけれど。対岸が危険そうだよ?)
桜咲の指摘に、全員が正面を向いた。橋の終わりから続いている、針葉樹の若草色の並木道が美しい。そして、それを彩るように、色鮮やかな蝶々の群れが、幻想的に舞っているのだ。
(まるで天界の庭みたいな光景だけど、反応あの辺り一体から返ってきてるな)
(ああ、あれはね… 毒虫だから)
香音が当たり前のように、そう呟く。
(え?)
(あの蝶々みたいなのは、小さな魔物の群れなんだよ… そしてヒロト、その杖を僕に貸してはくれないか?)
何故か少女は、ソワソワした様子で、小首を傾げてお願いをした…。
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