3-8話 Clan A.ドボルザーク
第三章:クラン A.ドボルザーク:
「おいおい… 本当に砦で良いのか?」
ハンターギルドの受付に教えられたのは、街の下層にある聖堂廃墟の隣の鉄門。そして、それを目前にした大翔は、正直なところ、結構たじろいていた…。
雨に濡れた鋼鉄の跳ね上げ式の扉、苔生した石積みの壁は高く、この門に続く石畳の道も、聖堂以外は壁面に挟まれて逃げ場がない…。
「明らかに小さな砦だよな? 此処って…」
そのエリアは、不自然に城壁が内側に張り出して、街の一角を囲っている。実際に壁の上には、四角い櫓のような高台が、雨に煙って見えていた。
「聖堂廃墟の隣というか… むしろ、この教会だか聖堂だかが、この砦の一部なんだろ? これだけの敷地を構えるクランって、どれだけ大規模なんだ?」
ギルド受付の筋肉野郎からの情報だと、陣営内でも特に力のあるクランの、ひとつらしい…。
彼は、要塞のような門構えの脇に見える、通用口的な扉のほうに近づいていく。それには蝶番に吊るされた、立派なリングの叩き金があり、大翔は意を決してカンカンと鉄扉をノックする。
そのまま直立不動で、2分程固まっていると、叩き金の上にある横長の覗き窓が、ガキンっと横にスライドした。
短めの茶髪に、色黒の精悍な顔がそこから覗いていた。彼の青緑の瞳が、ギロっと大翔に注目する。
「合言葉を! 我がクラン名の意味を答えよ」
その巨漢のヒューマンは、簡潔にそれだけを口にした。
「あー えっと、ドヴォルザークは、東欧の作曲家で… まぁ誰でも知ってるところだと、やっぱり『新世界より』の 『家路』かな?」
その瞬間、ガチャン!と扉が解錠されると、2メートル近い巨漢の男が、ひよ子のワンポイント入のエプロン姿で現れる。
「え? 何故にひよこエプロン…?」
男は腰が引けた大翔の肩を組むと「わははは!」と軽快に笑い声をあげた。
「ようこそ 『クラン A.ドボルザーク』へ! 今の件いっぺんやって見たかったんだ! なんかスパイとかマフィア映画ぽいだろ?」
「え、あ? スパイ映画って… じゃやっぱり、君らには記憶が…?」
「そういう事だな。あの募集の張り紙を見たんだろ? カノンに、良い感じで踊らされたなぁ。ははははっ!」
そう言って、グローブのようなゴッツイ手で、バンバンと背中を叩いてくる。
「そ、それ結構痛いから… その巨漢なあんたはクラン員なのか?」
「そうだぜ! 俺は高畑 幸太郎。前世では、20歳の料理人見習いだったらしい。まぁ、取り敢えずみんなに紹介するから入ってくれ」
そう言って幸太郎は、大翔の肩を抱いたまま、扉の奥へと引き込んだ。
門の内側は、校庭ほどもありそうな広い敷地になっていて、街の外に向かって二棟の見張り台があり、奥から3階建ての宿舎棟、倉庫らしい巨大な傾斜屋根の平屋、そして街側には、背の高い攻城戦用の櫓を構えた、半円筒形の砦城になっていた。
どの壁も、雑草と蔓草と苔に埋もれて、パット見、整備は行き届いてないようだ。大翔を先導する幸太郎が、砦城の正面にある、やはり武骨な鋼鉄の扉の前で立ち止まった。
「これ高度な魔法錠なんだわ。ヒロトを登録するから、魔法陣が浮かんだら手をかざしてくれ」
そう言って鉄扉の中央に手を置くと、ディメテルの紋章が浮かび上がり、そこに触れろと大男が促した。少年が掌でそれに触れると、ピコンとチープな電子音が鳴り響く。それで登録が完了したらしい。
「大丈夫だな… これで主要な施設への解錠は終わった、あと秘密部屋もあるんだが、それは追々にだな」
「すごい敷地なんだな… 中庭でサッカー出来そうだ」
「だろ? ここは元は、正規軍のイリィタナル駐留砦のひとつなんだ… 『フォートB』なんて呼ばれてるかな。まぁ今じゃ規模も人数も減って、こうやってハンターギルド経由で、払い下げられたって訳だ」
「まじか… これだけの施設だと、このクランは相当な人数いるだろ?」
砦城は、中央部を吹き抜けの螺旋階段が貫いていて、その広い鉄製の階段を昇り、2階にある立派な木細工の扉に向かっていく。
「まぁな! ヒロトを入れて5人になったぞ! はははははっ」
「んっ? え? 50人?」
「いや、5人だって!」
「は、はい? 陣営有数のトップクランって聞いたんだけど?」
「その通りだが? うちは少数精鋭… つうか、怪物揃いだからな」
幸太郎が彫刻のような、見事な胸板を自慢気に張る。
「おーい、期待の新人を釣れて来たぞ!」
彼はその飴色の扉を大きく開け放った。
「おい… 今、言い方が可怪しかったよな? 俺は何に釣られたんだ?」
扉の向こう側は、元は食堂だったのだろうか? 奥にカウンターと厨房があり、美味しそうな甘い匂いが漂っている。対面には大きな暖炉が目立ち、この都市らしい、アーチ型の窓が曲面の壁に連なっていた。
床には毛足の長い、豪華な濃紺の絨毯が敷かれていて、西洋家具に見える凝った装飾のある家具が、綺麗に並べられている。そのカウンターでお茶をしているらしい女子二人が、自然な仕草で手を小さく振ってくれた。
入口側の大きな黒板に、何やら複雑な術式を書いていた蜜色の髪の少女が、手を止めて此方へと向き直る。
「うん、やっと来てくれたね。僕がこのクランのマスターである向井奈 香音だよ。どうぞよろしく」
部屋着らしいノースリーブの白地に、淡い藤色のストライプのあるワンピースが似合う、可愛らしい少女が手を差し出してくる。
僕っ娘なのか… それにしても、小柄で可愛い過ぎるクランマスターだな…。
そう… これが出逢い… これが、この少し厄介な少女の第一印象になった。そして大翔は、その少し澄ました愛らしい立ち姿を、ずっと忘れないのだろう…。
ー 僕は… 君たちと居る時間が、とても愛しいんだ… ー
美しい朝日の渚で、逆光を背にした香音の表情はよく見えない… ただ解き放たれるように、装備を脱ぎ落としていく少女が、神々しくて、そして切なかった。
大翔と月歌は、波間に並んで足を濡らし、蜜色の髪の少女を、ただ黙って見詰めている。
ー ありがとう、ヒロト、君を愛してる… さようならツキカ、逢えて嬉しかった。 ー
その声は穏やかで、愛しいそうに… だが、少しだけ震えている……。
「はじめまして、島名 大翔です。あっ、と… 募集掲示板を見て来ました! よろしくお願いします」
互いにぐっと握りしめた掌は、折れてしまうほどに、か弱くて華奢だ。肩を隠すゆるふわヘアーは金色に光を反して、長く目立つ耳は少しタレ気味で、南国を思わせる美しい蒼い海色の瞳が、真っ直ぐに 大翔を見上げていた。
香音は、童顔な丸顔に大きな瞳が愛らしい、エルフの姿をした少女だった。
「お久しぶりね、新人くん! あ、カノンが可憐だからって騙されては駄目よ? その娘『イリィの厄災』と呼ばれている、敵、味方双方から恐れられてる手練れよ?」
赤茶の使い込まれたカウンターから、紅茶のカップを差し上げるのは、あの復活してすぐ、気遣って背をさすってくれた、麻色の髪のダークエルフなのだ。
「あ、君はあの時の… その、あんな見苦しい所を見せてしまって…」
香音の手を握ったまま、赤面して瞳を泳がせる 大翔。
「可愛かったから、むしろご褒美あげたいぐらい。ふふっ、すっかりベテラン装備になって、逞しくなったね」
「なんだいイロハ、僕を怪物みたいに言わないで欲しいな… こう見えて、僕は繊細なんだよ? ヒロト、君を見つけたのはイロハだよね。そして彼女も大概に… 怪物レベルだよ」
蜜色の髪のエルフが、少年の手を引いてカウンターへと座らせる。いつの間にか厨房に入っていた幸太郎が、珈琲と切り分けたパイらしい小皿を差し出して、にかっと笑った。
「わたしは陣内 彩葉。ご覧の通りのダークエルフに見えるけど、君と同じ元日本人よ。向こうでは19歳までの記憶があるの。改めてよろしくね」
横に手を伸ばしてきて、彼女ともぎゅっと握手を交わした。
「わたしは、小野寺 桜咲だよー。歌好きの元16歳JKでーす。よろしくねー」
彩葉の影から、ひょこっと顔を覗かせた猫耳娘が、ひらひらと手を振ってくる。その癖っ毛ウェブの愛らしい姿は、間違いなくあの日ステージで歌っていた人気者だ。
「あ、あの、『Noisy Labyrinth』で歌っていた、サクラ… さん?」
彼女はパッと明るい笑顔を浮かべると、えへへと照れて彩葉の背に隠れてしまった。店ではあんなに堂々と振る舞っていたのに、普段は結構な照れ屋のようだ。
「そうか、ヒロトくん、あの時、店に居たんだものね… 歌うのは好きなんだ、こんな世界でも元気でるから」
「あの時は… その、カエデのために歌ってくれてありがとう… 俺も、あの歌に救われたよ…」
そう感謝する大翔の声が、寂しそうにトーンを落とす。
「そっか、なら嬉しいな。あの歌、卒業式で合唱したんだよー 良い歌だよね」
「あぁ… 俺も中学の卒業式で歌ったよ」
互いに顔を見合わせて、はははっと笑い合う。
「そう、そしてね、このでっかい幸太郎は、わたしの彼氏だよー」
そう言って照れた桜咲の頭を、よしよしと幸太郎の手が撫ぜていた。そうみると、彼氏というか… 歳の離れた兄妹のようだ。
「さて、自己紹介も終わったようだし… ヒロト、もう気付いていると思うけど、僕らは君をピンポイトでスカウトしたんだ。アイナに頼んで、ちょっと小細工したのは、遊び心というやつかな?」
香音は座る事はせずに、大翔の横でカウンターを背に、可愛く一口だけ水を含んだ。
「イロハが転移石で復活した君を見つけた時に、すぐに僕たちの仲間だと気付いたんだ。なんといっても、君は初心者なのにレベルが17もあったからね… 普通のキャラクターではまず不可能な成長スピードだよ」
蜜色に輝くゆるふわヘアーを、さらりと肩へと流す香音。微かに乙女の甘い匂いがふわりと漂った。
「実は少し君をストーキングしていたんだ… あ、もちろんプライベートな部分は… その、ちゃんと目を逸していたから!」
「ちょ… それ、普通に覗いてないか !?」
大翔が赤面して抗議すると、みんなが、ははっと苦笑を浮かべる。
「いやいや… 見てない見てない… ゴホっ… それでまぁ、赤ステを軽くあしらう戦闘能力に、カエデを優しく導いた人の良さ… そういうのを含めて、是非うちに入って欲しくなったのさ」
「それは何ていうか、素直に有り難いけど… 助けてもらったのは俺のほうなんだ。カエデは恩人で、それだけの話しだよ…… それでも… 覗きは犯罪だからな?」
「あはは、君は本当に良いね… 僕も君が気に入ったよ。どうか仲良くして欲しい」
香音が友情の証風に、可愛い拳を突き出してきたので、彼もコツンと拳をぶつけてみる。少女は愛らしい二重を緩めると、ふふっと嬉しそうに笑顔になった。
「まぁ、そんな君には、僕の… いや此処に居るアンサンブル全員の事を、少し話そうと思うんだ… 良いだろうか?」
香音が全員の顔を見回すと、それぞれが覚悟するように頷いた。
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