〜後日談7〜 ラハッド
地の妖精が暮らす国ウェレス。
丘の上にそびえる城……妖精の巣城。
度重なる竜からの襲撃に耐えてきた白塗りの城壁や、壊されるたびに修繕し、美しく仕上げた窓ガラスは、よく晴れた日であればキラキラと輝きを放つ。
相変わらず、この城は妖精圏を守護する妖精騎士団の面々が集う重要拠点になっている。
魔海竜が倒されてから十五年の月日が経過した現在でも……小柄なれど長命であり、武具や道具を創り出すのが得意なウェレスの民は頼りとされていた。
城内の廊下に男の声が響く。
「そう、俺です。元気です。やっとキニフェへ帰還できそうで……そちらは何も無いですか?」
青翼の騎士は、首から下げた水晶のペンダントに言葉を送り続ける。最近、流通し始めた貴重品。遠くにいる者と話すことが出来るよう、魔法を宿らせた石を加工した代物だ。
「本当に?もし危ない目にあったり男にチョッカイ出されたら、元の姿に戻って良い……許可します。あっでも無理はしないで!」
妻とのやりとりを終え、ペンダントをしまい、青の眼を大きな窓へ向ける。一望できる夏空は、朝からどんよりと曇っていた。
「(ネリーを連れてくる時は、よく晴れている場合が多い、のだが……やはり彼女は晴れ女なのかもしれない)」
「一人で話してる不審者がいると思ったら……ちょうど良かった」
それまで誰もいなかった回廊に、濃い葡萄酒色の髪の、まだ従士見習いにあがったばかりであろう少年が現れる。
……青翼の騎士……ギルウェが赤子の頃からよく知る少年だ。
「おやラハッド。またモードレナ王女をお捜しで?」
「……まぁ【お勉強の時間】になれば、勝手に出てくると思う。……なぁ、それより。教えてくれよ。
“聖竜の姫様と、うまくいってる秘訣”」
ギルウェにとっては予想通りの質問だった。
「だーから何度も言うように、ウチはネリーが特別なのです」
少年の剣幕に押され溜息を吐きつつも、どこか誇らしげに言葉を返す。
「妻は会った頃から、普通の竜と一味、違いましたので」
ギルウェとネリーはこの八年間、相変わらず仲良くやってきた。
ネリーは少なくとも一年に一度はウェレスへ出向き、結界を強化する仕事をこなし、ギルウェはそれを護衛、補佐している。
最も聖竜姫本人は『もっと仕事を増やせる!』と言い張るのだが、ギルウェとしては妻に無理をさせたくない。
特に、今は……。
「……なので。俺の話を聞いても、貴方がエレーネと“うまくいく”参考には、ならないかと。
事情が違うのでは?」
ラハッドは、これもエレヴェニーグ譲りの濃い葡萄酒色の瞳と、ランツェの子供時代にそっくりの顔に、明らかに不服の色を浮かべる。
「……エレーネに言ってんのに。
あんな男やめて俺にしとけって」
かつて聖竜エレーネを従え、そして慕われていた……彼の父親のことを言っていると見て、間違い無いだろう。ギルウェには推理するまでも無い。
「……ラハッドは、八才になるんでしたっけ?大人びた子だ……」
困ったことに……成長したラハッドは、エレーネが大好きなのだった。
いつぞや彼の母エレヴェニーグが予言した通りになってしまったのだ。
「(絶対、同世代からモテるでしょうに、選りに選ってエレーネ以外の女子に興味が無いとは。惜しいなぁ!)」
ギルウェは額を抑えた。
この生意気な少年に、彼が望むような助言を与えたところで『まぁたあの騎士の影響、受けたの?やめなさいよね!』とエレーネに文句を言われるだけで上手くいかないだろうに……。
そもそもラハッドが妖精の巣城へ来た日の、皆の騒ぎっぷりと言ったら、ネリーがアヴァロンからやって来た時の比では無かった。
彼は、地の妖精の母を持つ割には、子供にしては背が高い。おそらく父に似たのだろう。素性を隠そうにも、見目に両親の面影があるので、親は言わずと知れてしまう。
隠しておくことも出来なかった。
どうにかこうにか『追放された後エレヴェニーグは彼女と共に付いて来てくれて何かと世話を焼いてくれたランツェと仲良くなったらしい』という筋書きになっている。
アルトスはさっさとアンナと再婚しているのだし、元妃に別の相手が出来たとしても最早、誰も文句を言う筋合いは無い。
当然、お喋り好きな地の妖精達だ。噂が噂を、憶測が憶測を呼んだ。『あんなことを言っているが、本当はもっと前からそういう仲だったに違いない』『ほら見ろ、やはり噂通りあの二人はできていた』『駆け落ちだった』などなど。
この状況で、もしエレヴェニーグがラハッドを出産したのが追放された直後であったなら『彼は王の子かもしれない』等と噂されたろうが、離婚が成立し二年近く経ってからの子であるから、幸いそういう噂は立たなかった。
噂する者もアンナ・モードレナ母娘の不興を買いたくは無いだろうし、あまりに無礼なことを言う輩は、森から少年と一緒に付いてきた聖竜に睨まれ震え上がった。
彼女は“必要とあらば城に突っ込むこともある、手段を選ばぬ聖竜”であると皆、思い出していた。
そんなエレーネをラハッドは見事にやり過ぎぬよう諌めるし、ランツェにしか懐かなかった、あの危うい半竜女が、彼の息子にだけは、竜の姿に戻った時も快く騎乗を許す。
このためラハッドは実力ある“危険な聖竜を乗りこなす子供”として城の人々から一目置かれているわけである。
「ララべには聞きましたか?秘訣」
何せギルウェとネリーは、そもそも当初お互いの目的のため結婚し、協力し合わねばならぬ関係だったし、今でもお互いを気に入っている。
そんなネリーと同じ聖竜の半竜女ではあっても……。
「(ラハッドとエレーネでは……俺とネリーの時と、状況が全く違う)」
エレーネは結婚こそしていないが、ラハッドが生まれた頃から世話をやき、いざという時の母代わりのつもりでいる。彼のことは息子としか思っていまい。
エレーネはエレヴェニーグと仲が良いようだが、いまだにランツェのことが好きであろうし……だから妻一筋のランツェからは避けられまくっている。
育ての親が好きすぎる、という点では自分より、ララべが適切では無いかと感じるギルウェだった。
「あいつに聞くと、アンナさま自慢で終わるから、嫌だ」
「俺もネリー自慢が激しいでしょう」
「いや、おじさんのほうがだいぶマシ。
まだ会話になる」
おじさん呼ばわりされガッカリするギルウェに、ラハッドは続けた。
「……エレーネの奴。最近また様子がおかしいんだ」
『……なんだ……半竜女でも……聖竜でも、身籠るんじゃない……子供……意外と……あたしも……』
「……とか言ってたし。産む気なのかな」
エレーネは、今はラハッドと共に城住まいだし、ランツェはエレヴェニーグと共に変わらずウェレスと居竜区エリッシアの領境で、竜を見守りながら仲睦まじく暮らしている。隙は無いはずだったが……もし、かつての想い人に夜這いなぞかけるつもりなのだとしたら。
「……不穏極まり無い……!
……しかし……それって、つまり……
俺とネリーのせい、ですか……!?」
ラハッドはキッパリと言った。
「うん……おじさんとこに子供が生まれてから、だな……エレーネが変なのは。
『半竜女が妖精の子を産むなんて聞いたことない』って」
数か月前。ネリーはギルウェの子を出産していた。
白い柱の陰から、小柄な影が二人の言い合いを聞いていた……。
「あ〜ら。こぉんなところにいたのねぇ、ラハッド」
二つ結わきの髪を黒のリボンで飾った、上等なドレスの少女。
「モードレナ様」
モードレナはアルトスとアンナの娘だ。ラハッドより一つ歳下。七つになる。
父に良く似た煉瓦色の髪。
母の幼少時代を思わせる、いたずらっぽいアイビーグリーンの瞳。
笑顔で黄緑のスカートを翻し、赤の絨毯を駆けてくる様子は、愛らしい妖精そのもの。
決して、口を開かなければ。
「なぁに?なぁに?
二人で謀反のご相談??
アタクシも仲間にいれて!」
「モードレナ様、違います」
結界も安定して邪竜もほぼ発生しなくなった現在では、年の近いラハッドは、ほとんどモードレナの護衛兼世話係兼遊び相手である。
モードレナは、つれない態度のラハッドに対して甘えたような声で尋ねた。
「ねーえラハッド!
アナタのお父様は一体いつになったら不遇を強いた王に対して謀反を起こしてくれるの?その時はアタクシのことも仲間にいれてくれるわよねぇ?」
モードレナは現在、反抗期真っ盛りなのである。
「物騒なこと言わないでください、姫様。不遇、じゃなくてお目溢し?だから。ウチの家族は皆、陛下に感謝してますし。
大体もし、そんなことになるっていうんなら……その前に俺が父を殺します」
「いやいやラハッド、お前も滅多なこと言うんじゃありませんよ?」
ここ近年の城内ではもう珍しくもない見慣れたやり取りとはいえ、内容が内容だったのでギルウェは思わず口を挟んでいた。
「そうよ!ギルウェお兄様の言うとおり、物騒なのはどっちよぉ!?」
「ギルウェおじさんは黙ってて。ウチの家族の問題なんで」
ほとぼりが冷めたら管理人の二人を、城へ呼び戻そうという密やかな動きも無いわけでは無いのに、その前に利用したり亡き者にする計画はやめて欲しい。
「まだ小さいのに恐ろしい子達です……!」
あとおじさん呼びも……切実に……若さって怖い。確かにギルウェは三十代も半ばになっていたが、見た目はまだまだ若々しい……イケると自分では判断しているというのに。
「(モードレナは【おじさん】と呼ばないから良い子だ)」
『そなたの母の弟子なのだから、兄弟も同然』と王が言ってくれているおかげだろう。
「ねーえ、ギルウェお兄様も。もしアタクシがお父様に謀反したら、味方してくださるわよね?」
「……。
……キニフェに帰り、妻と相談して決めます」
「そこワシの味方してくれ!?」
先程までモードレナが潜んでいた柱の陰から、モードレナの父……アルトスが叫んだ。
「謀反しないと即答してくれ!!」
「元より団長に紹介していただいた結婚ですからね、聖竜の意見を蔑ろにするようであれば団長も心を痛めるはず、と思ったのです!!」
ギルウェは銀の空色の髪を掻きながら、モードレナに振り返る。
「で、今回は何をされたんです?楽しみにしていたパイを、先に団長に食べられてしまったのですか」
「なッ、そんなことで!?
陛下が、そんなことなさるはずが無い」
ラハッドが顔色を変える。地の妖精の王と妖精騎士団の団長を兼任しているアルトスだから、陛下呼びでも間違いでは無い。
ちなみにラハッドは団長から、実の孫か何かのように可愛がられ、いたく懐いている。
「いいえ……母様と間違えてアタクシのお尻を触ったのよぉ」
モードレナの不穏な言葉に反応し、ラハッドが再び否定した。
「!? 陛下が、そんなことなさるはず無い!!」
「……!? もし本当だとしたら、それは謀反起こされても仕方ありませんよ!?!?」
「してない!そんなことしてないぞ、ワシ!!!!」
「モードレナ様、嘘つかないで!」
「髪の色が金と赤茶で違うのに!間違えないでしょうが!わかるでしょうが!」
泣き顔の団長をラハッドは庇い、ギルウェは問い詰める。
「フフフッ!
ウソよぉ。でも、きっと時間の問題だわぁ」
その様を見て愉快そうに高笑いするウェレス王女は、母アンナにそっくりであった。そして、あっさりネタばらしした。
「ホントはねぇ、鍛治工房にいれてくれなかったのよぉ。どうして入っちゃダメなのぉ?」
「単純に危ないからじゃ!かわいいそなたの顔に傷でもついたらどうするのじゃ、お嫁に行けんぞ」
「行かないしぃ、行くとしても傷とか気にしない人にするぅ!
あっそろそろお母様とお稽古の時間だわぁ」
きゃっきゃと笑いながら嵐のような幼女は駆けて行った。ラハッドが仏頂面で、その後を追う。
残されたギルウェは、
「……団長。子育て、頑張ってくださいね」
「何を他人事のように……!
リヴィウス君も、そのうち連れて来なさい」
勿論そうさせていただきます、と返しながら。
「……そうだ、グリンに『明日帰る』という挨拶をしに行くんでした」
ギルウェは、鷲獅子厩舎へ向かうのだった。




