〜後日談8〜 リヴィウス
微妙に前話から続いてます。
朝の一族の居城、不死鳥の館。港にも程近い頑丈な石造りの、王宮内部の一室。
ワインレッド髪の半竜女は、紫水晶の眼を光らせて乳母車を覗き込む。
「なーんか不思議な感じだなぁ」
眼差しの先には、友人である半竜女が無事に出産した男の子。
彼……リヴィウスは、顔立ちと日の出色の髪こそ母親似であったが、他は父親に似たらしく、空色の眼に青い羽毛の翼を持っていた。
「わたしも。まさか産めるとは、思っていなかったから」
部屋に戻ってきたネリーは、パタンと扉を閉めながら、子供と共に待たせていたディルの呟きに答える。
「話、もう終わったの?」
「ええ。お待たせしました」
ネリーの胸元には、遠くにいる者とも話せる魔石ペンダントが揺れていた。いまだに取り扱いに慣れないらしい。希少な代物だから、使用していると『何だってネリーさん、一人で喋ってるんだ?』と言いたげな表情を浮かべた知り合いが通り過ぎて行くことも、よくあるそうだ。
「まめに連絡をくださるのは良いことなのです……が。そんなに信用が無いものでしょうか……わたしは」
金の眼に、不服の色が浮かぶ。
「心配なんだろうね。キニフェは安全でも、まだまだ物騒な地域もあるし。……ルーデが攫われそうになったことがあっただろ?」
「はい……あの時は、ルーデさんが無事で本当に良かった……。あれは、『双頭竜の角』を狙った事件、なのでしょう?」
「そう。万能薬に出来る、なんてデマが流されててさ。すぐに解決したんだけどね。
犯人の動機が判明したらトリストが『はぁっ!?角が欲しいだけ?狙った理由それだけ??ルーデは角以外にも魅力的なところだらけなんだぞ!!』とかブチ切れちゃってさ……ルーデは『助けに来てくれたトリスト、カッコ良かったわ!』とか言っちゃって、案外ケロッとしてたな」
ネリーにとって、その光景は容易に想像できた。
「だからギルウェが連絡を絶やさないのは、貴重な聖竜であるネリーが狙われてないか、無事でいるか心配なのさ」
「それも、あるでしょうけど……あと、よく『どんな男も寂しそうな美女には弱いものだから』『ネリーに寂しい想いは、させない!』などと……」
何にせよ八年が経っても、トリストとルーデ同様、ギルウェとネリーの仲も良好なようだとディルは再確認する。
「フロレッタ様も城の皆様も楽しい方々だし、ディルだって遊びに来てくれるし、こないだはアンナ様も。……リヴィーの世話もあるし、寂しい思いはしていないのだけれど……」
それでも。例えネリーの目の前に姿が無くとも、ギルウェの声を聞けば、相変わらず嬉しくなって、ほわほわと光の魔力で満ちてくるから不思議だ。
改めて感謝しながら、にこにこ笑う我が子の顔を覗き込む。
「この子ね、髪と眼の色と、翼が!ギルウェ様似なの!」
「もう、その話は何度も聞いたよ」
呆れながら笑うディル。そこへ扉がそっと開き、フロレッタも話に加わった。
「でもでも!顔立ちは義姉上に似ているような……!きっと性格も母親似ですわ!良い子になるはず」
「フロレッタ様」
溌剌とした白いドレスの朝の妖精。銀の髪を首元で、いくつも結び、尾長鶏の尾羽のように流している。彼女も甥っ子の様子が気になるらしく、しょっちゅう見に来るのだ。
「私の時は大変だったらしい、ですからねぇ……」
「ええ。ギルウェ様から聞きました……」
『俺や弟達の子供時代は、翼が小さく、なかなか飛べなかったから良いものの……』彼はそう前置きして話してくれた。
「私は、こんなに大人しい子では無くて。赤子の頃から羽が大きかったから、飛んで移動してしまうそうで……乳母や侍女達が手を焼いたそうですわ」
「でも、元気があるのは極めて良いことですわ!」
「そうだね。……魔力量、多そうだもんね。女王陛下は……」
とても乳母一人で世話をするのは無理だから、女官達も常に手伝いに付き、侍女達も駆り出され、最終的に泣く泣く産みの親でもあり多忙な女王ロジータに伺いを立て、身体に迷子紐が括り付けたそうだ。『未来の女王を紐で縛らなければならないなんて!』と嘆きながら。
「でも、そのまま迷子になったり行方不明になられるよりかは、ずっと良いだろ…?」
「その通り。どのみちリヴィーに、紐は必要無さそうですわね」
リヴィウスにとって父の同僚であるディルと、叔母にあたるフロレッタの二人が、気まぐれに出現する小さな青い翼を突いてあやすと、嬉しそうにキャッキャと笑った。
ディルもフロレッタも、ネリーとギルウェ繋がりですっかり仲が良くなった。
昔は武勇を恐れられた朝の妖精であるキニフェの民とて、いったん警戒がとけてしまえばこの通り。気取らないし、お茶を飲みながらのお喋りも大好きだ。
「乳母をお任せしている方は、『フロレッタ様は手がかかるけれど良い子だった』と言っておりましたよ?」
「この間ウェレスへ来ている間、リヴィーの面倒を任せてたんだっけ」
「ええ。フロレッタ様がお生まれになった時にも面倒を見られた方で。頼りにしてるの」
今年もウェレスへ、ネリー達が結界を創りに行っている間、まだ小さいリヴィウスはキニフェで乳母とお留守番だった。
「ふふ。手がかかるけれど良い子、だなんて。
先代とくらべて、でしょう」
「……先代様の時は、大変だったようですね……また、その、違った意味で……」
「あぁ……時代が今みたいじゃなかったんだから、仕方ない」
ネリー達も聞き及んでいた。
若くして朝の魔剣を受け継いだ先代女王ロジータだったが、王座を狙った兄弟間で争いが続いた。
ある者はロジータと元々不仲であったから。またある者は、そこまで仲が悪く無かったにせよ反ロジータ派の取り巻きに唆されて……。
結果、女王はこれを全て返り討ちにした。兄弟が絶えるまで、力を示すことをやめなかった。
そして王座が盤石なものとなった後。彼女にもしものことがあれば、朝の魔剣が一族内のどこの誰に流れるかわからない……もし受け継ぐ者がいなければ、下手すれば消滅するかもしれない、と側近達は案じるようになった。
そのためロジータは『私が男だったなら、何が何でもアンナと結婚したのに!』と文句を言いながらも、子孫を残さなければならなかった。
「私は母上と違って物分かりの良い兄弟に恵まれましたし、兄上達も弟も、みーんな結婚して子供もおりますし。
私が結婚しなくても、何とかなりますわね!」
遥か大昔から各一族の血に宿り受け継がれ、必要な時に魔力によって体外へ形成される唯一の魔剣。今のところノールリース家の朝の魔剣は安泰だろう。
「そうだねぇ、ボクも仕事忙しいし。この先もしばらくは独り身が気楽で良いや」
「地の妖精の、カディアス様もまだお一人でしょう?
まわりから後継者問題の話を言われない?とか、愚痴を言いあいたいものですわ」
「あいつはなかなか捕まらないかもねぇ。
地の妖精は翼も無いし、こっちのほうには……あ、でも旅好きだから、もしかしたら」
「アルトス陛下の、甥っ子にあたる方……でしたっけ?」
「義理のね。あいつはアンナ様の家系だから」
その一族内で一番魔力を持つ者、魔剣士であるというだけで、国の長を任じられる場合が多い。だが、地の妖精は【聖剣を量産できるか否か】が問われる。炉から一番見事な聖剣を引き抜き、立派に鍛え上げた者が王だ。
その習わしを良いことにウェレスの重要職に就かず、下っ端の騎士に混ざって妖精圏各地の巡回をしながら自由気ままに過ごす地の魔剣士には、ネリーも数える程しか会ったことが無い。
ウェレスの平和はネリーが定期的に結界を直すことにより安定していた。流行病も無く、人々は陽気で明るく、王への不満も無い。
一時はどうなることかと案じられたが、成長したモードレナも……彼女の城内での言動はまた別として……民衆の前では、利発で歳の割には完璧な妖精の王女であり、両親やその周囲からも非常に可愛がられている。
キニフェの結界も相変わらずフロレッタの力によりアヴァロン並みの浄化作用がある。そのためなのだろうか……ネリーは八年もの間、健康そのものだ。
病を疑うような事態も、あるにはあったのだが……。
***
思い返せば、まず最初に、ネリーの妊娠発覚までが大変だった。
ネリーは自身の体調が何やら優れない、言いづらい場所からの出血もあるし病気かもしれない、とウェレスに出向き、わざわざアヴァロンからやって来た医術に心得のある聖竜に診てもらった。
「……これ、キニフェの医術士は、何て言ってるんだい。先にそっちに診せたんじゃろう」
久しぶりに人型の姿になり妖精圏へ来たという、ネリーと顔馴染みの半竜女が問う。
「あちらで、いつも健康診断してくださる方は、『これは特に異常の無い月経としか思えない』と……『でも竜は専門じゃないから』と言われて……念のため」
不安げなネリーに、彼女より長い時を生きている半竜女は言った。
「私も同じ診断をするよ。子供を産む準備ができたということじゃ」
「?」
そんなことを言われてもネリーには当初ピンとこなかった。
「まぁ、そういう反応にもなろう……普通の竜は卵で出産する。月のモノなど来ぬからねぇ」
付き添いに来ていた、エレーネとディルが本人よりも驚愕する。
「え、ええええええええええ!?!?」
「そんなことって、あるんだ!」
「時々ね、こういうことがあるそうじゃ。
ここ数年、ほとんどの時間を、人の姿で生活してきたんじゃろう?ネリー」
「は、はい……!」
「あたしは!?
あたしもディルも、半竜女姿でいる時間が多いのに!?!?なんで!!!」
「それだけでは『月経』が来ることは無い……。エレーネ、お前はもっとストライクゾーンの広い相手を捕まえねばダメじゃ」
「すとらいくぞーん?」
「失われた古の言葉じゃよ。そこが広けりゃネリーのとこみたいに、出会った日に即結婚とかいう事態でも何とかなるのじゃ」
「嫌よ!顔も知らない相手と結婚だなんて。あたしは選り好みするわ!」
と、エレーネが再び悲鳴をあげた。
「(……ギルウェ様が愛してくださるから……!
無意識のうちに、産みたくなってしまったということ!?)」
次々と産まれる甥っ子や姪っ子達を見て、リオネッテ達が羨ましくなった瞬間はある。でも、自分は異種族であり妖精と子を成すことは無理だと思っていた。
平静を装いつつも、ネリーは恥ずかしいやら浮かれるやら情緒不安定になった。
ギルウェも、病でなかったことに安心するやら、ネリーの体質の変化に驚くやら喜ぶやら。
間も無くして今度は月経が来なくなった。懐妊したのである。
まず、どこでどのように出産するか……悩みに悩んだ結果。妊婦を、やっと住み慣れてきた地から、ばたばた動かさないほうが良いだろうとキニフェでの出産に決まった。
故郷アヴァロンは治癒魔法にも長けた聖竜が住んでいるが、キニフェとて大戦を経て医療が発達しており頼れる医術士も多い。
妖精と半竜女との間の子だ。前代未聞なことでもあり、何が起きても対処できるよう厳重に警戒したし、ギルウェ達はネリーの身体をソワソワと労わる日々が続いた。
もしものことがあれば、故郷に居るネリーの兄や仲間達が『タダじゃおかない!』と荒れ狂うことだろう。
ちなみにネリーの兄竜は、今でも居竜区エリッシア内の湖の島アヴァロンで監視を受けている。
島内の神殿の地下に繋がれているとは言っても身内の聖竜達によってだから、然程きつい監視では無い。あの島に雄竜は彼しか居ないから、好奇心旺盛な若い雌竜達が興味津々だそうだ。
数年程、彼の召喚契約を魔術で逆探知しモルゲーナの居場所を割り出そうと随分アンナ達が頑張ったが、断念された。契約は一方的に解除されていたらしい。
***
準備した甲斐もあったものか、結果だけを見れば、母子の健康については、まるで問題なく出産は終わった。出産中に苦しみのあまりネリーが元の姿に戻ってしまうこともなかった。指輪が御守りになったのだろうか。
「エレーネも、やっぱり子ども産みたいのかしら」
「同じ竜との間につくるならまだしも……異種族とつくるんなら、やっぱり月のアレが来なきゃダメなんだろ。本人もよくわかってるはずさ」
「とてもラハッドくんに好かれていると聞いたけれど」
「あー……あれはどうなるんだろう。エレーネは彼のことを息子としか思っていないからね。血は繋がってなくても、小さい頃から面倒をみてたから」
話は尽きないが、ディルは帰還の準備を始めた。もともとパトロールのついでだ。
結界が安定し、民の気持ちも落ち着き、妖精騎士団の騎士達は、以前よりも遠くへ巡回できるようになっていた。通常の羽持ち妖精にはキツイ行軍も彼女の竜翼なら時間もかからない。
ネリーの豊かな体型とは真逆の、小柄で無駄な肉の無いスレンダーな体型に鋭く尖鋭的な赤の竜翼。これ以上ないほど翔ぶのに適した身体……本人も気に入っている。同じ竜仲間の中でもディルの飛行速度は群を抜いていた。
***
それから二日後。夕刻に帰還したギルウェを、ネリーは微笑んで出迎える。
「お帰りなさい」
「ただ今戻りました。リヴィーは……」
「元気で、良い子にしていましたよ。今、寝かしつけてもらったところ」
夫婦は待望の子の顔を覗き込む。すやすやと眠る赤子は、きっと両親似の綺麗な子になるだろうと周囲の期待を寄せられていたが、見た目など関係なく、父母にとっては育つのが楽しみな子だ。
「寝つきが良い子だ」
ギルウェは、ネリーにお土産の箱を手渡す。包みを開けると、中身は熊のヌイグルミだった。
「例の、ウェレスで流行っているクマの『陛下』です」
「これが噂の!
あちらの城下町の住人で持っていない方は居ないという……陛下!」
もともと、アンナがデザインしてモードレナの誕生日のために仕立て屋達に作らせたものらしい。本物の熊よりもデフォルメされた容貌に、髭の形と冠を被った王の衣装は、不思議とウェレスの王アルトスを連想させた。
『陛下』と呼ばれる熊の評判は良く、国民と観光客向けにヌイグルミが量産されて売られている……と、ネリーは聞いていた。
「剣や武具と違って、いくら買い占められても他国の戦力増強に繋がりませんからね……売れれば売れるほど職人たちは儲かるわけで、喜んでますよ」
「ええ。これはいくつあってもよいものです」
と、ネリーはノーム職人の国ウェレスにおける新たな名産品を手に入れて満面の笑みを浮かべた。
彼女の喜び様を見てギルウェも満更でもない。
「(リヴィー用に買ったんだが、まぁ良いか)」
ヌイグルミを抱きしめながらネリーは聞いた。
「モードレナ様は相変わらずお元気でした?わたしもこの間お会いしたばかりだけど」
「……ちょっと、元気すぎますね……。
反抗期も始まっているようで……何かと団長を虐めるんですよ。謀反を起こすと。俺に協力しろと」
「なんて答えたの?」
「貴女と相談して決めます、と」
「もう決まっているくせに。貴方が陛下の味方をしないなんて無理でしょう」
「うう。……一体、どこであんな言葉を覚えるんだろうか……」
可愛いリヴィウスも、いつか『謀反!』だの『親父が不始末しでかす前に殺す』とか言うようになるんだろうか!?いいやネリーが腹を痛めて産んだ子が、そんなこと言うはずが無い……!そう自分に言い聞かせるギルウェをネリーは慰めた。
「……ま、まぁ子供はそれくらい元気があるほうが良いのでは?」
「そう、ですねぇ。そういうことにしておきましょう」
ギルウェは溜息を吐きながら、妻の髪を撫でる。その久しぶりの感触に、ネリーは温かい光が溢れていくような幸福を覚えた。




