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青羽騎士と聖竜姫(後日談)  作者: アケヅキ ヨゾラ
本編終了から1年後のお話
6/8

〜後日談6〜 雪かき日和

 キニフェの秋頃は雪が降っても積もることなく、すぐに溶けてしまう。しかし冬に差しかかれば積雪の量は一気に増え、男も女も少しでも時間を作り、雪かき作業に明け暮れる。通常業務など後回しだ。

 今年は例年より雪の降り出すのが急で、昨日も大雪に見舞われた。

 今朝はよく晴れているが、陽が差す時間は短い。再び闇に閉ざされる前に……まだ明るい午前中のうちに、不死鳥の館の勤め人総出で雪かきをすることとなった。

 さっそく魔法の得意な女達は、雪を操る魔法で、玄関周りの積もった雪をどかし、交通路を確保する。


「ネリー、もっとコートを着込んでください。

 外の気温は寒いから」


 室内は暖かいので特に問題を感じたことの無いネリー。だが、この季節の外出はこうもいかない。肌を出さず、みっちり着込むのは苦手だが、ギルウェに言われるがまま、彼と揃いの黒いコートを着込む。『黒は光を吸収しますから!少しでも陽光を集めて温まるために!』と、彼は力説していた。


「よく積もったな!」


 駆り出された男達は、しんどい作業であるはずなのに、やる気に溢れていた。それもそのはず……。


「よっしゃああ!一番雪かきの成果を挙げて、フロレッタ様に霜焼けを治してもらうのは俺だぜ!」


「いいや!女王陛下を射止めるのは俺だ!!」


 フロレッタの兄、ギルウェインが結婚したからだろう。じきに女王フロレッタも、特定の誰かを選び、結婚するに違いない……と、前向きに考える朝の一族の男達は、若者から年配の者まで張り切っていた。

 朝の一族で一番強い魔力を持ち、民衆に対しても気さくに接する若い現女王は、キニフェの民から慕われている。その身を案じるあまり、民である妖精達が女王を領外へ出したがらない程に。先代が戦死しているのも原因だろう。


「相変わらず皆様、フロレッタ様が大好きなのですね」


 ネリーが彼女の愛されぶりに感心すると、癖のある銀髪の上に耳まで隠れる毛皮帽子を被ったフロレッタは苦笑した。


「確かに、すぐ来ていただければ霜焼けくらい治せますけれど……だからといって、あまり無理はしないで欲しいものですわ」


 ネリーが知る当の本人は、同性と話したり仕事をする方が楽しいようで、まだまだ結婚については考えられない様子であった。


『たくさん男兄弟がいて、知らなくてよい情報まで知って育ったせいなのかしら……男の方に対して夢が持てないとでも言うのでしょうか。いまいちピンとこなくて』


 そんな義妹の打ち明け話を思い返しながら、先日の冬至祭を思い出す。皆で大掛かりな焚き火を燃やし、夜通し歌い騒ぐ中で行われた、朝の魔剣士でもあるフロレッタの魔剣解放の儀式は美しく、寒い中でも充分見るに値する素晴らしさだった。

 空を暗い闇が包みこむ中、皆の前で、清らかな純白ドレス姿のフロレッタは朝の魔剣を顕現させた。先祖の魂と今後の朝の妖精達の幸運を祈願するためだ。彼女が眼を瞑り両手を掲げ魔力を集めれば、彼女の手元には光と共に、真白い刃に太陽の装飾が施された魔剣が現れる……。

 成る程、あの凛々しい女王に似合う相手を見つけるのは、ひと苦労だ……と、フロレッタに近しい者等は頭を抱えている。


「(わたしも、今年は出来ることを頑張りましょう)」


 意気込みを新たに、ネリーは館の塔の上に降り積もった雪を見ていた。


「今年は! わたしも屋根を手伝います!」


 ネリーの言葉と目線の先に気づいたギルウェは驚く。


「高いところは去年と同様に、衛兵が飛びながらやりますよ?」


 去年のネリーは、玄関まわりと街道に続くまでの雪かきを女官達とお喋りしながら、こなしていた。今年も同じコースと思いきや。


「……もし皆さんが、わたしが竜の姿に戻っても驚かないようなら……そちらのほうが効率が良いかと思ったのだけれど。やはりダメよね」


 ネリーの話し声が聞こえていたらしく『いいじゃねえか、ちょっとネリーさんに、やってみてもらおう!』という歓声が高まった。


「(お前達、仕事サボりたいだけだろう……!)」


 皆、遠慮が無さすぎる、とギルウェは溜息をつく。


「(ネリーが来たばかりの頃は皆、こうでは無かったのだが!もっと、おとなしかったのだが……ネリーの打ち解け術の底力……!)」


 たびたびネリーがキニフェの民達と楽しそうに談笑する姿を見るたび嫉妬なのだろうか……認めたくないモヤモヤとした感情が沸き起こるギルウェ。自分と同じ朝の妖精の皆と、外の島からやって来た妻が仲良くなるのは大変喜ぶべきことのはずだが、色々と不安になる。


「(せっかく着込ませたのに、それこそ霜焼けでも出来てしまったらどうする気だ……!)」


 ネリーの身体に無理をさせないために、結界が発達し、治療の魔法と経験に長けた妖精が比較的多いキニフェへ連れてきているというのに、これでは本末転倒……!という気もするが、ネリーは有能なのだから出来そうな仕事が与えられないというのも苦痛だろうし……難しい!と悩みながらギルウェは問うた。


「……ネリー。服を破かず変幻できる?」


「……念のため、脱いでから元に戻るわ……!」


 ネリーは背から竜翼を出現させる際、だいぶ衣服を破かず出せるようになった。以前よりかは上達していた。

 ただ、やはり数回に一度はミスして破くこともあるのだし、今回は久しぶりに元の姿に戻るのだ。念には念をいれることにする。

 もしもの時は、この時期に貴重な防寒コートが、使い物にならなくなる。


「せっかくギルウェ様とお揃いなのに、ダメにしてしまったら悲しいもの」


 寝室で衣服を脱ぎ、ギルウェと共にバルコニーへ出てきたガウン姿のネリーは、久しぶりに変幻を解いて、元の竜の身体へ戻る。

 人の形をした裸体は一瞬で光に包まれ、赤や黄や白に光る鱗と、羽毛の翼を持つ竜の姿へと変形する。


「(こんな寒い中、久々に元の姿に戻るなんて負担にならないか?)」


 ガウンを預かりながら、ギルウェは心配した。

 確かにネリーは聖竜だ。その辺の妖精より頑丈だろうが、本人もその自覚がある分、頑張りすぎてしまうきらいがある。

 しかし、たまには元の姿に戻り、伸び伸びと動きまわりたいはずだ。

 事実、バルコニーを壊さぬように、すぐに飛び立ったネリーは、きゃっきゃと楽しげに笑い声をあげる。

 現れた美しい竜を見、外に居た妖精達も感嘆の声を漏らす。彼女の煌めく鱗を瞳に映し『まるで日の出みたいだ!』『なんだか縁起が良いねぇ』と、拝み出す者達までいる始末。この地域から出たことがない女子供の中には、聖竜など見るのが初めてという者もいるから無理もない。


「皆様、落雪が危ないから下がってくださいね。それではギルウェ様、お乗りになって」


 目の前で黄金の眼をウキウキと輝かせながら羽ばたく聖竜に、ギルウェはキッパリと告げる。


「土足で貴女に乗るなどいけません。俺も飛ぶ」


 彼の背には、既に青い猛禽の翼があった。地表の雪が弱い日光を反射する中、魔力で形成された翼はキラキラ光っている。


「(青の翼、綺麗……何度見ても見惚れてしまう。って、そうじゃなくて!大戦中はギルウェ様も竜に騎乗して戦ったことがあるそうだから、わたしにも乗ってみて欲しかったのに!)」


 ネリーは少し不服そうに『では、どこをどうすべきか指示を』と頼み、塔の屋根へ慎重に飛ぶ。


「(久しぶりに、この姿に戻れた)」


 久々に羽ばたく喜びが勝り、幸いご機嫌はすぐに戻った。寒さも然程、気にならない。


「では、あの辺りを」


 ギルウェの指示通りに、ネリーが尻尾でチョイと屋根の雪に触れる。


「(優しく、優しく!)」


 大量の雪で天井が抜けることの無いよう雪下ろしをするのに、過剰な力を与えて屋根を破壊しては意味が無い。

 最も、特製の石の屋根は頑丈だから、滅多に雪で破損する事態は無いのだったが。

 触れた雪はズザザザザーッと音を立て見事に落下していった。


「……面白いわ!」


「こりゃあイチイチ俺達が飛び回ってやるより効率が良いやぁ」

「何言ってんだ、俺達も手伝うぞ!」

「大勢でやったほうが、速く済むしな」


 ネリーが尻尾で落とし切れなかった細かな残雪や反対側をギルウェと衛兵達に落としてもらう。その結果、あっという間に作業は終わった。

 下ろし終えた雪も邪魔にならぬよう脇道に退けた男達は、ひと休みした後で、街道の雪かきなど不死鳥の館以外の方面へ手伝いに向かうらしい。



 その時、空に不思議な極光(オーロラ)の帯が揺らめくのを、民達は見た。


「おぉ、見ろ。女神様がお出かけだぁ」

「よく晴れてるもんなぁ」


 冬の晴れた日に現れる光は、朝の一族の信仰する女神の、晴れ着の(ひるがえ)りであると伝えられる。


「まるで虹色の布が、ひらめくようで……」


 ネリーは、ギルウェの家の名字の由来になったというこの光が大好きであった。


「女神は衣装持ちなので。緑、黄緑、青緑、とっておきの日は赤いのだとかキラキラ光る色んな柄のドレスをたくさん持っているそうです」


 竜姿のネリーに、すっかり馴れた衛兵達は、そう説明するギルウェに便乗して喋り始めた。


「女神さんが手を伸ばして気に入った子を連れてっちまうって迷信があっての、わし等が子供の頃はあんまりアレを見ちゃいけねぇって親から怒られたもんさ」


「むしろ連れてってもらいてぇくらいだったのに、結局叶わなかった……戦場でも、おいらのことはお気に召さなかったようでな」


「戦場?」


「戦死した勇敢な戦士は、死後、女神の親衛隊にいれてもらえる……という伝説がありまして。名誉なことだと、弟達も憧れてましたねぇ」


 ギルウェの説明に対し、ネリーは申し訳なさげに、おずおずと述べた。


「でも……皆様には悪いけれど……。

 親衛隊にならなくて良いから。

 死なないで、平穏に長生きして欲しい、です」


「! 貴女がそう言うのなら、そのように努力しましょう」


 ギルウェの中で、すでにネリーは朝の女神の化身なのだから。妻の言うことには素直に従おうと誓い、微笑みながら聖竜の広い額を撫で、口づける。


「(竜の姿でも充分、美人だ。……竜に対してこんなことを思ったのは初めてだな。ネリーだと、わかっているから、だろうか)」


「なっ、ななな何を……!? 」


 やり返そうにも竜の姿では上手く口づけ返せない。



 その後、ネリーは半竜女(ドラゴンメイド)姿へ失敗することなく変幻できた。


「冷えたでしょう?尻尾も……あぁ、こんなに冷たい!」


 ギルウェはネリーを抱え、バルコニーから室内へ連れ込む。


「お疲れ様でした」


「……ギ、ギルウェ様こそ、お疲れ様です」


 ネリーは先程の、鱗ごしに触れられた感触が忘れられずドキドキしていた。


「とにかく!今日は、もうゆっくりするように」


「はいっ!……キニフェの冬は、アヴァロンに比べると本当に寒いですものね。

 でも故郷は、いつも霧に包まれていましたから……こちらの方が、星も極光も綺麗で素敵」


 フロレッタ達の手を煩わせないため……霜焼け対策なのだろう、館内には沸かしたての湯が並々入った桶と手足を拭くための布が準備されていた。早速ネリーは、ギルウェの手により、温かな布で尻尾を温められる。


「! ひゃッ! ギルウェ様、自分で出来ます!できますからぁ……!」


 もう人型に戻ってしまったため、どうしたってギルウェの腕のほうが力強い。ネリーは逃げようともがくのを諦めた。思っていたよりも冷えていた身体が、温かさに溶けていくようで気持ちがいい。


「(……不思議。この姿に変幻しているのも、今は落ち着く)」


 半竜女(ドラゴンメイド)の姿を保っていればギルウェと愛し合える。この一年で、すっかり身体に覚え込まされてしまっている。


「今日は随分と働かせてしまった……力を回復する儀式をやっておきませんと」


 ギルウェはネリーを抱擁する。ネリーは自分の身体がぽかぽかと温かくなるのを感じた。陽の力が弱くなる季節だというのに、まるで木漏れ日の中で、日向ぼっこをしているようだ。光の魔力が発生し、満ち足りてゆく。


「(変わらず愛を注いでくれるものだから……)」


 伝わる熱や心地良さ……愛情は光の魔力そのものだ。契約履行のため最初は側にいるだけで、少し触れるだけで満足できた。それが今ではこの体たらく。

 ……もっともっと愛し合わねば、満足できない。


「今度、聖竜サイズの防寒着も作りましょう」


 それを着たら、安心して乗ってくれる?と、ネリーは笑顔を綻ばすのだった。

『1年後』の話については、これで最後の予定。

おそらく次回、年代が飛びます。

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