〜後日談5〜 秋の始まり
微妙に前話から続いてますが、単品でも読めます。
「(寂しい……独りで寝るのが、こんなに寂しく感じるなんて)」
不死鳥の館内にある寝室で、ネリーは布団に包まり、まだ帰らないギルウェを想っていた。
今までとて、ほんの二、三日程度ギルウェが仕事の関係で外出してしまうことは幾度かあったのだが……寝床にも食べるものにも困らず幸福な生活を送れているはずなのに。彼と時折こうして離れ離れになると不安の嵐が胸中を乱す。
「(もう五日を過ぎてしまったし……船は大丈夫なの?波が荒れていて、出航できないのでは)」
妖精であり羽を持つ彼らは空を飛んで移動することも出来るが、海上を行く場合は、よほど近距離の島へ行くのでも無い限り当然、船を使う。安全で穏やかな船旅を満喫して欲しい……とネリーは祈る。古くから独自の海上交易ルートを開拓していたキニフェ民の操舵術は素晴らしく上手いと聞くから、大丈夫だ……と、いつもより広く感じる寝台の上で自分に言い聞かせる。
「(わたし……こんなにも心が弱かった、なんて)」
彼から頼りとされる妻でありたい。
留守も守れぬようでは困る……そう自分を叱咤し、朝から城内の仕事を手伝うネリーだったが、ふとした拍子に彼のことを考えてしまうのだ。
隠していたつもりが、義妹フロレッタには、すっかり見抜かれていたらしい。
ここ最近のネリーは、城の女官達と冬仕度を進めていた。この一年で編み物を教わり、何とか簡単なものなら編めるようになっていたから、冬用の衣類の支度を手伝っていたのだ。
休憩を迎える前に顔を見せたフロレッタに、言われてしまった。
「うふふ、義姉上ったらソワソワと落ち着かないご様子……。港まではスグ近くですし、迎えに行って来てくださる?」
「港?迎え……と言いますと」
「物見が、船影を捉えたのですわ。義姉上がお待ちになっている船です」
「!」
ネリーは作業を中断し、他にも交易船に家族や恋人が乗っているという侍女や女官達に付き添ってもらい港へ向かうこととした。
「飛んでいきましょう。そのほうが速いですから」
「わかりました」
「あぁっ!ネリー様!まだ飛ばないで」
「しっかり風の魔法をかけて防御してからでないと。
スカートが捲れてしまいますわ」
魔術に長けた女官のおかげで、しっかり準備を済ませた女達は背に青色の翼を羽ばたかせ、飛んで行く。
城の衛兵も外から入城してくる者には厳しいが、出て行く顔見知りの女達には甘い。
ネリーも白く輝く羽毛の竜翼を出現させる。久しぶりに羽に触れる空気の冷たさが、今は心地良い。
これからギルウェに会えるのだ……自分でも驚くほどネリーの心は弾んだ。
フロレッタやネリー達の住居、病院、役場も兼ねる不死鳥の館は港を見下ろせる位置に建設されている。空を飛べば、あっという間に船で賑わう港まで辿り着いた。
ウェレスからキニフェへ、順調に波に揺られ旅をして来た交易船が、まさに接岸するところであった。
ノームの職人達と協力し、船の動力部品を改良した結果、以前よりも簡単に風の魔法で動くようになったという大型の木造船。昔は手漕ぎ水夫を何十人も乗せなければならなかったが、今は航海魔術の訓練を受けた乗組員が数人で動かしているそうだ。
港に来るたび飽きもせず、こういった船に見惚れてしまうネリー……甲板に目をやれば、佇むギルウェが見えた。
思わずネリーは波止場に着地せずそのまま飛び続けていた。まわりの朝の妖精達が、あらあらと驚きながら見守る。
「ギルウェ様っ!」
「ネリー!?」
ギルウェも驚きつつ、危なげなく船に飛び乗って来た妻を受け止める。
空は晴れているが、すっかり海風が涼しくなった……などと考えながら下船の準備をしていたら、まさかそこへネリーが飛び込んでくるとは。
周囲の船員達も驚いたが、聖竜の姫だとわかると、お相手の騎士を冷やかした。
『危険でしょう!海賊と間違われて攻撃でもされたらどうするつもりなのか』と、注意するのも忘れ、ギルウェは胸に嬉しい驚きを抱えていた。
「(珍しい……!ネリーがこんな、自分から!積極的に、抱きついてくるなんて)」
ひとまずネリーの足を木造の地につけさせる。
「お帰りなさい」
ネリーは数日ぶりに会うギルウェに飛びつきながら自分でも驚いていた。皆の前で、大胆なことをしたものである。
「ただいま戻りました。背中……服が破けてませんね?」
「この間ディルに翼を出すコツを教わりましたもの」
去年、兄竜の攻撃が掠めた竜翼も、あれから問題なく治り、傷も残っていない。
「(俺の妻は優秀だなぁ。そして、島の外へ出張するのも……よいものだな!)」
数日離れていただけで随分と人肌が恋しくなった様子のネリーを抱きしめるギルウェ。
船は無事に港に接岸し、乗っていた民や荷物は待ち構えていた者らに出迎えられる。
二人揃って船を降りた後、お互い会えなかった間の話がしたくてたまらないネリーとギルウェは、きらめく海を横目に微笑みあう。やはり愛しいひとに会えれば自然と浮かれてしまう。
「妖精の巣城はどうでした?
皆様……グリンもお元気?」
「もちろん」
グリンはギルウェの弟達からも愛されている鷲獅子だから、彼らが仕事の時に乗るため妖精の巣城に留まっている。
前回ネリーが顔を見せた時も、昨年背に乗せた彼女を覚えてくれていたらしく、ピィピィと元気に鳴いていた。
「あと、モードレナ王女も元気いっぱいで。団長が目にいれても痛くない程の可愛がりようだ」
『ワシわかったぞ!国を滅ぼせるくらい可愛い子が産まれるという予言だったんじゃ、アレは!』などと王が言うものだから『そんなバカな。ただ娘様が可愛いのは認める!』と、周囲は安堵するやら呆れるやら。
『女の子じゃから持たせるとしたら……あまり大きい剣ではなく、御守りの短剣かのぅ』と早速アルトスは鍛治工房で作業を始め、アンナは彼女を、すっかり自身の闇魔法や屍術を受け継ぐ弟子にするつもりでいる……。
「産まれたばかりなのに気が早いことだ。
ネリーは俺が居なかった間、変わったことは?」
「弟様がたがいらっしゃいました。 お土産に、りんごタルトを持ってきてくださって……」
ホルス達からは様々な話を聞けた。自分達の近況に加え、これまで管理人のところへ物資を運びに行っていたギルウェに代わり、ホルス・トリスト・ディルらが通っているということ。
『もっとはやくこうしても良かったんだけど、兄さん責任感じてたし』
『自分が行きたいのかな?と思ってまして……』
『いや、確かに今まで任せ過ぎましたね』
などと苦笑しながら言っていた。
「……え?
あいつら俺に黙って、里帰り……?
姿を見かけないとは思ってたが、俺があんなに忙しかった時に……?
ネリーに会ったとか……聞いてませんよ…」
「ギルウェ様、ヤキモチはおやめください。
弟様がたは、わたしのことよりもギルウェ様を好きに決まっているじゃないですか」
『付き合いの長い弟達を去年やって来たばかりのネリーが奪った!』と思われるなんて心外だとでも言いたげにネリーは真剣な面持ちで言い放った。
「そういうヤキモチじゃ、無い……!」
頭を抱えるギルウェ。自分が居ない間に弟達は彼女と会っていたなどと。大人気なく嫉妬してしまう。
もちろんネリーに信用が無いわけではない。
「(彼女は快く応対しただろう。俺のために)」
だが、例えギルウェのためであったとしても、その微笑みを他の者に向けて欲しくない……という感情を鎮めるのに苦労をした。
言い合いながら二人が館へ戻ると、城内のフロレッタ達は休憩の時間だった。ギラムの商隊から仕入れたという茶葉の良い香りが広がる中、ギルウェはお土産の林檎タルトを広げる。
「土産が被っているのなら、別のものにするんだったなぁ」
洋服関係は充分あるので必要ない……師匠に任せておけば良い。その他で実用的なもの、と判断した結果だったのだがギルウェは落ち込んだ。
「これ以上無いほどの正解です!
りんごタルトは、いくつあっても良いものです!」
絶賛してくれるネリーを可愛いと思いつつ、ギルウェはフロレッタにウェレスでの仕事の報告をした。
その後、不在中に溜まっていた仕事を片付け……夕食の後、ようやくネリーと二人きりになれた。
「そうそう。トリストとイズルーデにも会いましたよ。ネリーによろしく、と」
「お元気にされてた?」
「えぇ、いつも通り」
夫婦二人に与えられた館内の部屋。寝室と続き部屋になっている居間で、長椅子に座る。
「トリストが浮気をしたりしてイズルーデを怒らせると、食べられてしまうそうだよ」
「まぁ。とても浮気なんてしないと思うけれど」
「うん……無理、だなぁ……あの様子じゃ」
もしネリーであれば、なんと言うのだろう。俺が浮気しそうだったら……ギルウェは、ふとそう考える。
ルーデと同じ様子を見せるのか?
そんなことを言ったら『聖竜は妖精を食べたりなどしません!』と怒りそうだ。
そういえば、最初の頃は『独り占めは種の損失』などと人間より長生きで達観している竜らしいことを言っていた。
「……貴女は以前、浮気されても平気だというようなことを言っていたが……」
「っ、平気なわけ、ないじゃないですか……!」
ネリーは、それこそ心外だとでも言いたげにムッとした。
「わたし、ギルウェ様がいらっしゃらないの……本当に寂しかったんですからね」
「!」
たった数日だったのに。 ネリーとしては、彼には妖精圏へ来てからずっとお世話になっている。あまりにも依存するのは良くない。でも……離れていると不安になる。
心なしか金の瞳を潤ませるネリーを見て『自分も同じ気持ちだ。俺も寂しかった』とギルウェが伝える前に、妻は頬を染めながら言い出した。
「……そうですね。
わたしも……食べてしまおうかしら」
「!?」
目の前の橙の髪が揺れる。突然ネリーによりギルウェは唇を重ねられ、啄ばまれた。
やられた……時々こういう不意打ちをされる。温かで柔らかな感触。
「……こういう『食べられる』なら、いつでもどうぞ」
いたずらっぽく微笑むネリーの腰を捕まえ、そのまま反撃に転じることにする。
冷えた外気を通さぬよう頑丈な造りの窓。その向こうには、この地域の秋の始まりを告げる初雪がちらちらと降り始めていた。




