〜後日談4〜 夏の終わり
青羽の妖精、朝の一族の国キニフェの夏が終わる。
妖精圏北部の、日の沈まない期間が終わり、夜には暗くなる生活が戻ってくるため、民達は急ぎ冬籠りの食糧と薪の確保に奔走する。
秋が終わり冬が始まる頃には、夏とは逆の、日の昇らない期間が始まるからだ。
「……それで、アンナ師匠に相談したら『合同で結婚式をあげちゃえば良いじゃなぁい』と」
「それは良いお考えですね」
不死鳥の館の、白い壁の応接間で、ネリーはお茶を飲みながらホルスと談笑していた。
「元々、結婚するつもりではあったのですよ。でも、上の兄達を差し置いてするのはどうしたものかと……悩んでおりまして」
「ならば、わたしの結婚が役に立ったのですね?」
「えぇ。リオネッテも言ってましたけど、義姉上が来てくれて良かったです」
ホルス達ギルウェの三人の弟は、久しぶりにキニフェへ里帰りをしていた。
秋がくれば雪は降り始めるし、冬になれば陽も差さない。訪問するなら移動しやすい今のうちに、ということであろう。
ちなみにホルスの上の兄二人は、フロレッタや顔見知りの衛兵達に挨拶しに行ってしまったようだ。
「しかし、まさか兄さんがウェレスへ行っていたとは…」
「はい。ギルウェ様は結界や、王都の様子を視察しに先日から出立しておりますの」
頭をかいて困り顔のホルスに、ネリーは答える。
「五日程……長くなってしまうと一週間程。そのくらいの日程で帰ると、おっしゃっていましたが」
「それじゃあ本当に綺麗に入れ違えだ。まぁ兄さんには、ちょくちょく会っているから別に良いんですけれどね。そうです、義姉上にご相談したいことが」
「なんでしょう」
「リオネッテのお土産には何か、おすすめなものはありませんか? 」
ネリーは、前回ギルウェと共にウェレスへ行った際、リオネッテ・リネッテ達とも話をすることができた。元々、姉妹達の実家の付近は魔海竜勢力や盗賊の被害が多く、妖精騎士団に助力を願う事態となった時にホルスに助けられたのが知り合うキッカケであったらしい。
無事、ホルスとヘリオスと姉妹達との仲は良好のようで『必ず、ネリー様のあとに続いてみせますわ……!』『お姉ちゃんが増える!よっしゃ!』と、拳を握りしめて張り切っていた。
「こちらで最近流行っているものなどあれば、と思ったのです」
「あぁ、それでしたら……」
ネリーは最近キニフェの女官達が話していた、評判の毛皮の帽子や上着を勧めるのだった。
***
その頃ギルウェは、ウェレスに居た。
「(うぅ。ネリーが居ない寝台は久々で、そして寂しい……)」
結界修復のためネリーを伴ってやって来る場合はともかく、ギルウェ一人の時は、妖精の巣城の区域にある、妖精騎士団員用の宿泊棟を使用している。 ただ、そこは、どうしたって男所帯の大人数部屋…… 一応、ディルやエレーネが使用する女部屋も別棟にあるにはあるが。とてもネリーを連れて一緒に泊まるわけにはいかないから、夫婦で泊まりに来る際は来客用の部屋を借りる。
今回も見たところネリーの生成した結界は問題も無いようで、結界付近の地域は大きな目立った事件も無い。 騎士達は結界から外れた辺鄙な場所の見回りや、沿岸付近に現れる海賊の討伐を強化していた。
『やはり海賊被害はキニフェよりウェレスのほうが多いのですか……』
キニフェは、ウェレスより寒い地域であり、冬は雪を含む嵐で荒れ、陽射しも食糧も乏しい。しかも
『キニフェ在住の農民や漁師は、ほとんどが元兵士。相当な数で囲みでもしない限り、海賊など返り討ちに出来る。危険なわりに奪えるモノは少ない海と言って良いじゃろうの』
今後も妖精圏の中で海賊が現れ商船や沿岸の町村を襲わせないために、巡回を強化しなければならない……アルトスと、そう話し合ったばかりだ。
「(……そもそも昔は朝の一族の海賊が、よくウェレスを襲ってたんですよ……船で近くまで行ってあとは翼で飛んで攻める者らが居たようで……)」
魔海竜との大戦が起こらず、あの界隈が妖精騎士団として一致団結することも無ければ今頃、キニフェの海賊どもはウェレスの国土の一部を切り取り自領土としていたかもしれない。
「(今回も捕らえたら案外、朝の一族の民かもしれない……賊に身を落とさせない方策も考えないと)」
ギルウェは案じる。このままウェレスとは良好な関係を続けていきたいものであった。国同士の仲が良いからこそ、ネリーはキニフェにて療養という名目で住まわせることが可能なのだ。
***
王への報告会の際には、顔見知りの同僚も多数、出席していた。
「おや、ギルウェ。ネリーちゃんにフロレッタ様はお元気かい?」
トリストは珍しくイズルーデを連れていなかった。
「ええ、もちろん。 何か気の利いたお土産を買って帰らなければ叱られてしまう」
「朝の領地ってホント良いよね。何がいいって君じゃなくてフロレッタ様が国のトップをやってるとこ!」
「(なんだか無茶苦茶なことを。その妹が頼りにしてるのは結局のところ長子の俺ですが!)」
が、忙しいスケジュールの合間を縫って自分の代わりに居竜区の管理人の元へ物資調達を手伝ってくれている同僚に文句は言えない。
「……それにしても珍しい。今日はいつものお連れさんが居ないのですね」
ちなみにトリストの居室はルーデが離れたがらないので特別扱いだ。木の一族から亡命状態でもあるため彼女と同室の部屋を与えられていたはずである。
「そうなんだ、だからすぐに帰らないと淋しくて泣かせてしまう」
ちなみにトリストは管理人の元へ行ったら、ルーデが影響を受けて、自分も子供を欲しがりかねない……!と心配していたらしい。
「(アンフィスバエナも授かりづらいんでしょうか……まず一緒に管理人の元へ行かなければ良いのでは……? いや、トリストとルーデが別行動するのは無理か……)」
「いやー、しかし君が半竜女のコと結婚するなんてね。ちょっと昔だったら考えられなかったよねぇ……」
トリストは、在りし日を思い返していた。
***
その昔、ギルウェ、ランツェ、ララべは顔をあわせると……。
「あの、小柄な身体に似合わぬ妖艶な魅力!
アンナ様が一番に決まってんだろー!」
熱っぽくララべが推せば、ランツェが一体お前は何を言っているのかわからないという冷たい表情で言い放った。
「いや、エレヴェニーグ様以外あり得ない……あの少女のような可憐さ、儚げな美しさ……エレヴェニーグ様が一番だ」
「ハァッ!?何を!おいギルウェイン、オメーもアンナ様派だよな!?
師匠だもんな!?母親も同然なんだろう!?」
「ギルウェは騎士になると同時にエレヴェニーグ様にお仕えしている!主君が一番に決まっている」
「ハァ〜〜!?なんだよソレ母ちゃんの味方しろよ」
あまりの面倒くささにギルウェは
「……同僚に嘘をつきたくないので正直に言いますが、俺はどこの派閥にも属したくありません……!」
ドン引きですよ……しかも両方、地の一族ノームの女性!我々のようなノームよりも長身妖精が、ノーム娘の隣を親密に歩いてどう見えるかわかっているのか。幼女誘拐犯だ。ギルウェは内心そう叫ぶ。
「(俺がそう見えないように、身長伸び始めた頃からどれだけ気を使って彼女達の横を歩いていると!?)」
しかしララべは隠す気が無いのか下心丸出しに見えたし、ランツェは隠そうとしても隠しきれず出てしまう様子なのであった。
「テメエ、ノーム娘の良さがわかんねえのか!?」
「師はもう娘という年齢では無いはずなのですが!
だいたい一番を決めば、おのずと二番も決まってしまう……二番になってしまった女性に失礼ではないですか。女性は皆、貴い」
皆、朝の女神様の化身!なんか良いこと言いましたね自分。キレイにうまくまとめました自分!と思っていたギルウェだったが、返された反応は、ただただ冷たい。
「オメーそういうこと言ってっと女にモテると思ってるだろ……」
「悲しいよギルウェ……君は同志だと思っていたのに」
「なっなんですか、その眼は!悲しいのは俺ですよ!傷つきましたよ、その一言で……!」
そこへトリストが通りかかり
「ウチのイズルーデが一番ステキだよ!」
***
「そんなやりとり、したよねぇ……」
「あ、そんなややこしい話……しましたね」
いつの間にかララべも話に加わっていた。
「まさかランツェの野郎、駆け落ちしちまうたぁな」
「……駆け落ちではありません、追放処分です」
「表向きはな」
「しかし、君は結局のところ半竜娘派だったんだね!
僕と仲間だったんじゃないか、少し見直したよ!」
ギルウェは愕然とした。
「(え、トリストと仲間になってしまう、のか???)」
「まぁアンナ様も半竜人派だしな。
弟子のオメーも師匠に似たんだな」
「……ちょっと今の、聞き捨てなりませんよ……? 師は団長と再婚したのですからノーム派のはずです」
「いや……違うさ。アンナ様は半竜人派だ。
あとオメーが昔、話してた内容……女性は皆恋愛対象?だっけか?
今度、奥さんに会ったら伝えとくからな……」
「(ちょっと待てぇぇぇえこの間の師匠出産騒ぎの時の腹いせか!?というか、そんなことを言った覚えは無い)」
ギルウェは一瞬固まり、乾いた笑みを浮かべつつ平静を装う。
「は、はは……言えばいいじゃないですか?
ネリーは普通の女性では無いのですよ。そのくらいで動揺することは、無いんですから……!」
自分で言っておきながらギルウェは少し悲しくなってきた。ネリー不足が深刻だ。帰ったらどうしてくれよう。
「トリスト、トリスト〜!ここに居たのね!」
そこへ金糸雀の髪を揺らしルーデが駆け寄って来た。
「浮気してたら……食べちゃうとこだったわよ!」
「そんなこと言って君は、頭と尾、どちらがどういう風に僕を食べるかでまた揉めるんだろう?」
「ウフフ、流石あたしのことをよくわかっているわ」
イチャつき始める同僚と半竜娘を見て、ギルウェは思わず考えてしまう。
「(これが……ネリーなら)」
まず往来で抱きつかない、そういう印象をギルウェは彼女に対し持っている。
こちらが促せば触れてくるが、人前で必要以上にくっついたりはしてこない……はずだ。歳相応の落ち着きと気品なのだろうか。
すぐ薄着になろうとするところは品が無いが!そういうのは自分の前でだけにして欲しい。
「……貴方がたは毎度毎度飽きもせず……」
「愛情表現は重要だよ。ちゃんとネリーちゃんにしてる?君は真面目そうだから」
「ちゃんと伝えなければ伝わらないわよ!」
「スキンシップは取らないと、ねぇ? 僕とルーデなんてラブラブだよ?」
「あぁんトリスト〜」
目の前で比較的似た境遇……パートナーが竜という同僚の惚気を見せつけられてしまったギルウェ。
「(し、心配いらない!ネリーには、ちゃんと伝えている。今はともかくキニフェで一緒にいる間は毎晩一緒だし、無理はしないで何でも言って欲しい、と伝えているし……ただ……)」
離れていると、やはり不安になるものだ。
「(言葉や態度が足りていなかったら、どうすれば……!)」
そんなことを考えながら、妖精の巣城での仕事を終えたギルウェは、冬支度の物資を運ぶためウェレスからキニフェへ向かう交易船に乗船し、帰路につくのだった。
ギルウェとトリストは『あなたとわたしは友達じゃないけど、あなたの友達=ランツェとわたしは友達』という感じの同僚。




