館の意味
この洋館はロの字になっている。建物の回廊に囲まれた中央の空間はぽっかりと空いていて、執事はぼくをそこへと連れて行った。
「ここがどういう場所か、理解できるか」
扉を開けるなり、執事が言った。
高い建物に囲まれた空間。その中央では噴水が水を噴き上げていて、ベンチの置かれた広場からは四方に道が伸びている。残されたスペースには青々とした芝生が植えられ、ちょっとした公園のような雰囲気がある場所。
「中庭だよね」
「つまらない答えだ」
執事が中央に向かって歩き出す。ぼくもその後についていく。
「おれが聞いているのはそんなことじゃない。ここの意味についてだ」
「中庭の意味? 休憩する場所とか?」
「貴様と休憩してどうする」
噴水の手前で執事は立ち止まった。
「どうやら本当に知らないようだな」
「中庭の意味なんてそれくらいだと思うけど」
ぼくはちょっと腹を立てて言い返した。ほかにどんな意味があるというのだろうか。そんな態度を気にした風もなく、執事は洋館を見上げた。
「なら聞き方を変えよう。人が滅多に来ないような森の中になぜこんな巨大な建物が建てられているか、貴様にはわかるか」
「それは……」
どうしてだろうと、改めて疑問に思う。確かにこんな場所に建物を建てるなんて、それなりに意味がないとおかしい。ぼくはいろいろな可能性を頭に思い浮かべた。
「たとえば、偏屈なお金持ちが人付き合いを嫌ったとか」
「昨日、ここで暮らしているのはおれひとりだと言ったはずだ」
「遺産を管理してる人?」
「やけにそこにこだわるな。まさか貴様、遺産目当てでこの仕事を選んだというのか」
「それは違うけど」
そもそもこんな大きな建物があるなんて、実際にやってくるまでは知らなかった。住み込みで働けて学生もいいという条件に引かれたからで、もらえるお金自体にもそれほど興味がなかった。
「じゃあどういうことなの。説明してくれるからわざわざつれてきたんでしょ」
「いいだろう。座れ」
執事がベンチを指差した。ぼくは黙って腰を下ろした。目線の高さが変わると洋館がもっと大きく見えて、自然と目が上に行く。四角く開けた空はどんどん濃い色へと変わっていた。
「貴様は魔物に出会ったことがあるか?」
執事は座らずに立ったまま言った。ぼくは目線を執事に戻した。
「マモノ? 悪魔みたいな魔物ってこと?」
「そうだ」
「ないよ。あるわけないじゃない」
そういえば昨日も同じようなことを言われた。そのときは何かの冗談だと割り切って聞き流していたけれど、どうやら執事は本気でそういうこと、つまり本やテレビで語られるような架空の話を信じているらしい。もう結構な大人なのに。
「ねえ、それ、本気で言ってるの」
「聞き返すくらいなら帰れ。引き止めるつもりはない」
「……」
そう言われるとどうしようもない。ぼくは黙って続きを待った。
「猟奇的という言葉くらいは知っているだろう」
「それは、もちろん」
「そういった事件が多すぎるとは、思わないか」
「猟奇的な事件が?」
「かならずしも猟奇的とは限らないがな。まあ、マスコミで報じられるような派手な殺人や傷害ということだ」
「どうだろう」
確かにそういう事件はよく耳にするけれど、それが多いのか少ないのかは判断できない。陰惨な事件があってもまたか、という感じで、特別な印象は受けないから、多いといえば多いのかもしれないけど。
「それがどうかしたの?」
「なぜそんなことが起こるか、わかるか」
「事件にはそれぞれ事情があると思うけど」
「その事情が共通しているとしたらどうだ」
執事の言いたいことがよくわからない。魔物の次は猟奇事件。いったいどういうことなのだろう。
「もちろんすべてではない。そういう場合もあるということだ」
「えっと、大きな事件があるのと、この建物が建っていることに関係性があるということ?」
「さっきからその話をしている」
「できればもっとわかりやすく説明してほしいんだけど」
「そのために遠回りをしている」
「ご、ごめん」
「謝ってばかりだな、貴様は」
執事の表情やしゃべり方にあまり変化がないことに、ぼくはそのときふと気づいた。言葉遣いは厳しいけれど、全体的に淡々としていて、そこから感情を読み取ることはなかなか難しい。
「まあいいだろう。頭の回転の鈍い貴様のためにもっとわかりやすく言ってやる。つまりだな、社会的に影響のあるような事件を起こすやつの多くは魔物に操られている場合があるということだ」
「え? え?」
ぼくはきょとんとした。執事がベンチの手すりに手を置き、腰を曲げて顔を近づけた。
「誰かを殺したい、何かを壊したい、そういう願望は誰の胸のうちにも存在する。貴様もそうだろう。自分では抑えきれないような感情の高まりを、これまで感じたことがあるだろう」
ある、とぼくは内心うなずいた。
「そういう衝動を、大多数の人間は抑える力を持っている。自分の立場や将来、周囲への影響を考慮すればおいそれと下手な真似はできない。必死に、または自然に自分を落ち着かせようと人は努力するものだ。だが事件は起こる。殺される人間は後を絶たない。それはなぜだ。そうだ。魔物が人を操っているからだ」
「?」
「もちろん、それがすべてではない。感情を爆発させて凶行に走る犯罪者もいれば、魔物に心を奪われて事件を起こしてしまう人間もいるということだ。魔物を根絶したからといって事件そのものがなくなるわけじゃない。だが、本来殺されずともよかった人間が命を落としているという状況は確かに存在する。加害者にとってもこれは理不尽な話だ。そうは思わないか」
ぼくは冷静に頭を働かせた。執事が何を言ってるのか、落ち着いて考えよう。まず大前提として執事は魔物が存在していることを認めている。そういうものが人を犯罪に突き動かすのだという。そんな馬鹿な、と一笑することはできない。そんなことをすれば追い出されることは確実だ。とりあえず会話を進めるしかないと結論付けた。
「魔物って、どういう形をしてるの」
「基本的には形というものは存在しない。さっきの発言は貴様を試しただけだ」
執事は身体を離した。
「魔物は人にとりついてこそ意味を成す。悪魔のような恐ろしい姿をしていては、こっそりと近寄ることはできないだろう。やつらは影のようにしのびより、人の精神を喰らってのっとる習性がある。だから通称カゲクイとも呼ばれている」
「カゲクイ……」
「俗に魔物と呼ばれるのは、カゲクイによってとりつかれたいわゆる感染者とも呼ばれる人間のことだ。現代では極端な変化をもたらさないが、昔は成れの果てとも呼ばれるほどひどく変容したと伝えられている」
執事の話し方はとても落ち着いているから、妄想を口にしているようには見えなかった。最初はどうバイトの内容という本筋に戻すべきか考えていたぼくも、自然に興味がわいてきた。
「それで、この建物はその魔物とはどういう関係があるの?」
「それを説明するには軽く過去の話をしなければならない。その昔、この国が争いでひどく荒れていたことは知っているか」
そう言って執事はぼくの隣に腰を下ろした。
「戦国時代とか?」
「人と人の争いではない。人と魔物との戦いだ」
「魔物との……」
「そうだ。神話として語られるような過去から、この国は常に魔物に脅かされていた。現在で魔物といえばカゲクイにのっとられた人間をさすが、昔は様々な種族が存在していたと伝えられている。鬼や異形とも呼ばれる膂力に勝るそういった人外の獣との戦いが、この国の歴史といっても過言ではない」
「教科書には載ってないけど」
「学生に教える必要を感じていないということは、それだけ危機感が薄れているということだ。生ぬるい土地で育った連中にはこの重要性を理解できず、表の歴史からは排除すべきだと公言するやつもいる。平和ボケの象徴だな。政治家や官僚、および教育関連の組織は人工の集中する大都市を基本に考える傾向も強い。それに合わせた結果、一連の事実は知る必要のないものと分類されたのだろう。蛇穴は地方の郊外にあるのが一般的だからな」
「ジャケツって何?」
「簡単にいえばカゲクイの発生源だ。蛇の穴と書く。カゲヌシの欠片という言い方もできるな」
「カゲヌシ?」
「カゲクイの本体みたいなものだ。魔物の親玉ともいえる」
「それで、その欠片ってどういうこと?」
「……」
執事が半眼でぼくを横目に見ていた。
「な、何?」
「貴様は少しくらい自力で考えようとは思わないのか」
「だって何も知らないし」
執事が鼻を鳴らして正面を向いた。
「欠片になったのは、カゲヌシを人間が封印したからだ」
「封印?」
「ああ。異能者と呼ばれる異能の力を持った人間が結集して、魔物と、それらの頂点に立つカゲヌシに戦いを挑んだわけだ。その戦いは人間側の勝利に終わり、ひとまずこの国は安定の方向へと向かった」
「まだ戦いは続いてるってこと?」
「少しは考えているようだな」
執事がかすかすかに唇の端を上げた。
「そうだ。カゲヌシとの戦いは完全な勝利とはいえなかった。魔物は一掃したものの、カゲヌシを消滅させることはできなかった。異能者に追い詰められたやつは、息を引き取る寸前に身体を分裂させて列島の各地へと飛ばしたからだ。その分身は各地に根を下ろし、微力ながらも生き延びることに成功した。その分身が飛ばされたところを蛇穴と呼んでいるわけだ」
「どうして蛇なの?」
「カゲヌシは巨大な蛇の姿をしていたというし、カゲクイ自身も細長い身体をしているからそう呼ばれるようになったんだろう」
「本体の欠片みたいなものなら、そんなに強くないんじゃないの?」
「やつらには地に潜るという特性がある。だからこそ穴という表現が使われるわけだが、そのために地上に姿を見せるということはまずない。直接戦うわけにもいかないということだ」
「じゃあ、その、さっき言ったみたいに蛇穴を封印すれば」
「しているだろう。ここに」
そう言って執事が指差したのは地面だった。話の展開からそれなりに予想していたぼくは、それでも驚いて聞き返した。
「ここって、ここ?」
「そうだ。この地下にカゲヌシの欠片は眠っている」
「え、でもどうしてそんなところに建物が建っているの?」
危険だと思った。この真下に凶暴な怪物みたいなのが眠っていると思うと、さっきまではまったく信じていなかったはずなのに妙に寒気がした。
「建物自体に意味があるからだ」
「この建物に?」
ああ、とうなずいて執事は続けた。
「建築式封印結界という意味がな」
「建築式?」
その言葉自体は、一応のところは理解できた。建築式封印結界。字面はぱっと頭に浮かんだ。
「さて、ここで最初の問いに戻るわけだ」
執事がベンチから立ち上がった。空は完全に暗くなり、気温がどんどん下がっていることに気づかされた。
「なぜこんな森の奥深くに洋館が建っているのか。その意味が貴様にも少しは理解できたはずだ。そうだ。この建物はカゲヌシの欠片を封印するために存在をしている」
「封印」
「各地に散ったカゲヌシの欠片は、異能者がその居所を探り当てるまでにすでにそれなりの力を得ていた。ひとり立ちするまでではなかったが、ふたたび欠片同士が集まればその力は決して侮れない。本体が復活するようなことがあれば、現代で言えば戦争さながらの大惨事になる。なんとかしなければならない。しかしカゲヌシの欠片はなかなか地中から姿を現さない。さらにその分身であるカゲクイをこっそりと放ち、異能者たちの監視下でも徐々に力を蓄えている。このままでは国の存亡にも関わり、異能者たちは対策を急がなければならなかった。あれこれとあらゆる方法を試し、何度も失敗し、そうした苦慮の結果導き出されたのがこの建築式封印結界という仕組みだった」
「でも、建物に変なものは見当たらなかったけれど」
結界という言葉から想像できるのは、たとえば魔方陣とか護符とかそんなもので、ぼくの知っている限りではこの洋館の中にそういうものは見当たらなかった。中庭自体も特別なものには見えなくて、改めて下に目をやっても変な文字とかは見当たらない。
「言っただろう。建物自体に意味があると。貴様は相変わらず勘違いが好きなようだな」
「じゃあ」
とぼくはぐるりと周囲を見回した。
「この建物すべてが結界ということ?」
「さっきからそう言っている」
「でも、どうして? どうして建物が結界になるの?」
「カゲヌシの欠片というのは邪念を吸い取って成長する。カゲクイを町に放ち、暗い思考を持つ人間に乗っ取ることによって社会を混乱させ、邪気を増大させるという習性を持っている。そう考えると集落の近くに蛇穴があると考えがちだが、実際は逆だ。この建物の立地を見てもわかるように、カゲヌシの欠片というものは人ごみを嫌う」
「どうして?」
「明るいところが苦手だからだ。カゲヌシの根本は繰り返すように邪気だ。人の暗い感情で成り立っている。様々な人が行きかい、感情が交差するような場所にはそぐわない。そこでたとえ多くの邪気を吸い取ることができても、ダメージのほうが確実に大きくなるからだ。暗い感情というのは陽気さや賑わいに弱く、だからこそ意味があるものだろう。あくまで自分は日陰者だという自覚が多かれ少なかれあればこそ、その存在を主張できる。カゲヌシの欠片についても同じことが言える。騒がしい町に同化してしまっては、カゲヌシ本来の性質が失われてしまうことをやつらは知っているのだ」
「だから森の中にいる」
ぼくは自然と言葉を補っていた。執事はああと小さくうなずいた。
「これでわかっただろう。なぜこんな場所に洋館が建っているのか」
「場所の意味はわかったけれど、建物である必然性はまだ理解できないよ」
「いま流行の考えることを知らない若者というやつか。まあ、考える経路を提示できない大人の言い分に耳を貸すのも不愉快ではあるが」
そんなことを執事はぶつぶつつぶやきながら噴水に近づいた。
「それでは貴様は建物とはなんだと思う?」
「え?」
ぼくはすぐに答えられなかった。その問いはあまりにも簡素というか単純だった。とっさに思い浮かんだのは、
「人が暮らすところ、かな」
「そうだ。そして人が暮らすところには何がある。生活であり、感情の交流だ。この建物は擬似的にそういう流れを作り出すために建てられたものだ。カゲヌシの欠片を閉じ込め、なおかつカゲクイの発生を抑える。つまり、そういうことだ」
執事の言いたいことはなんとなくわかった。明るい感情に弱いカゲクイ、もしくはカゲヌシの欠片。その動きを活発化させないための建物。それがこの洋館。理屈としては、とりあえず理解できる。
「じゃあ本当にただの建物なの?」
「見えないところにはそれなりに工夫が施されている。柱などに弱い術式を書き込み、空気の流れを若干は変えてある。ことさら込み入らず、あくまで人の生活を越えないものがな」
「生活しているのは君、だけなんだよね」
君、という呼び方がはたして適切なのか、ぼくは迷いながら言った。あなたやお前というのはなんとなく違うし、さすがに貴様と呼ぶわけにもいかない。執事はそんな呼び方を気にしたふうもなく答えた。
「だからお主人を募集している」
「えーと。お主人って何?」
「龍館の主だ」
「龍館?」
「ここの通称だ。最近ではすっかり定着したが」
「どうして龍なの?」
「蛇に似た生き物で、それよりも強く、力がありそうな生き物ということでそう呼ばれるようになった」
それはすんなりと理解できた。龍が蛇を抑えているなら、それなりに安心感というのも出てくるかもしれない。
「それで、その主が龍館にいることに、どんな意味があるの?」
「お主人とは建物を建物らしくさせるための重要な要素だ。そこの建物で主らしく振舞うことで、封印機能を活性化させる役割を持っている」
「じゃあ、君がお主人になればいいんじゃないの?」
「おれは異能者だ。そういう特別な力を持つ人間はお主人になることはできない。それでは建物ではなく、封印という部分が強調されてしまうからな。お主人はあくまで一般人と限られている」
なるほど、とぼくは思った。「居住」という仕事の意味がようやく理解できた。ここでは生活することが、働くことと同じ意味を持つということのようだ。
「昔から洋館というスタイルだったの?」
「こういう形になったのは百年以上も前のことだな。明治以降の文明開化の流れに沿ったという部分もあるが、なによりカゲクイの活動がもっとも抑えられる構造だったというのが大きい。この執事というスタイルは、大きな建物にひとりでいても説得力がある、というわけだ」
「ということはみんな男の人なんだ」
「女もいる。そういうやつらはメイドして働いている」
「ふーん」メイド?
「それよりも貴様ばかりが質問するのはおもしろくない。今度はこっちから聞くぞ」
そう言って執事はぼくの正面に立った。
「う、うん。なんでも、聞いて」
ぼくは居住まいを正した。
「貴様はなぜここを選んだ。仕事の内容もろくに知らなかったのだろう」
「それは、条件がよかったから」
「条件、か。どうも貴様の話を聞いていると真剣さが感じられない。いいか、繰り返すがお主人というのは生半可な気持ちでできるものではない。お主人になるということは家族を捨て、危険と隣りあわせで生きていくということだ。貴様にはそれだけの覚悟があるのか」
「あ、あるよ」
「震えた声でよく言う。後で家族が恋しくなっても戻ることはできないぞ」
「それは、ないと思う」
「貴様が養子だからか」
「っ」
さりげなく口にされたその言葉は、ぼくの胸に予想外の揺さぶりをもたらした。誰かにその事実を指摘されてもなんとも思わないと確信していたのに、ぼくはいま激しく動揺していた。
「し、知ってるんだ」
「当然だ。お主人になろうとする人間の素行調査は必ず行われる。昨日電話したとき、相手を説得するのにどれだけ苦労したと思ってるんだ」
「……なんて言ってたの」
「知りたいなら直接聞いて来い」
どうせたいしたことじゃない。ぼくをうとましく思っていた一之瀬家なら、家を出たことをむしろ喜んでいるはずだ。
「いいよ。だいたい想像できるから」
「……」
「あ、そうだ、高校はやめなきゃならないの?」
「勘違いするな。誰も貴様をお主人と認めるとは言っていない。勝手に追い返すと周囲がうるさいからな、とりあえずテストをするだけだ」
「それは昨日も聞いたけど……具体的にテストってどういうことをするの?」
「貴様はただここで過ごせばいい。適性があるかどうかはおれが判断する」
「過ごすって、普通の生活ということ?」
「そうだ。日常生活を営むことが貴様の仕事だ」
ぼくは正直、ぴんとこなかった。丁寧に説明はしてくれたけれど、その内容を一瞬で飲み込めるような知識はぼくにはなかった。昔、国を荒らしていた魔物がいて、いまはこの館の下に眠っていて、それを封じるための仕事がお主人という立場で、ぼくはこれからその役割を演じることが義務付けられる。こう改めて考えても、どこか別の世界の物事のように感じられてならなかった。
「さて、話はこれくらいでいいだろう」
執事はそう言って扉に向かった。
ぼくはその背中に声をかけた。
「あ、待ってよ」
執事は無言で振り向いた。
「君の名前、まだ聞いてないんだけど」
「名前だと」
「うん。それがないと呼びづらいから」
「名前なんてどうでもいい」
そう吐き捨てるように言うと、執事は中庭を後にした。自分の名前もまだ伝えていなかったことに、ぼくはそのとき気づい




