執事の日常
執事は龍館の内部を歩いていた。それが彼の日課であり、日常だった。さりげなく足音を立てて廊下を歩き、各部屋を巡る。ある部屋では窓を開けて外を眺め、ある部屋では本を読んで時間をつぶす。そうして空気の流れをつくることにより、この館を機能させているのだった。
ことさらに仕事という意識はしない。義務感ももたない。それが重要だった。彼はあくまでこの館で暮らすひとりの人物として生活しているだけだった。警戒は忘れなくても、敵意を前面に出すことはない。
毎日同じことの繰り返しだった。時折戦闘が起こることをのぞけば、いたって平穏な毎日だった。そしてそれは町全体にもいえることだった。彼はこのままずっと続くだろうと考えていた。ひとりで龍館を、町を守る。それでなにも問題はなかったはずだ。
執事の心にかすかなゆれが生じたのはある部屋を訪れたときだった。三階にあるお主人の部屋だった。何年も無人がつづいた部屋がいまはうまっている。
――なかなかいい部屋よね。
一之瀬悠太がお主人になりたいと龍館を訪れたのは昨日のことだった。高校生の男子だった。そのあどけなさを残した顔を見た瞬間、執事は結論を決めた。お主人にはふさわしくないと。
執事同様に、お主人にも心の強さが求められる。一之瀬悠太には明らかにそれがかけていた。長く観察する必要はなかった。執事はその人間の本質を見破る能力には自信があった。会話をしたあとはさらに確信を強めた。
あまりにしつこいのでとりあえずは見習いとして滞在することは許可した。そうでもいわなければ収拾がつきそうになかったからだ。採用を前提としたものではなかった。どうせ長くは続かない。この龍館には無言のプレッシャーが溢れており、精神的に未熟な十代の学生が耐えられるはずがない。すぐにまた空き部屋になるだろう。
――ねえ。
彼は室内を一通り歩き、部屋を出た。
――なにも怯える必要はないのよ。
足首にまとわりつく黒いものはすぐに消えた。




