第5章
亡き草摩氏に思を馳せて感傷に浸っていた大山堂は現実に引き戻されて少し気分を害したように憮然とした表情で答えた。
「そこまではわかりませんな。わたくしと滝村派のみなさんはあくまで仕事上のお付き合いですから。
身内のいざこざなんかは誰だって隠すでしょうし。
それに揺摩さんと斗摩さんに関しては何度かお仕事をさせてもらっただけですからね。滝村派の内部事情なんかはわたくしごときには分かりませんよ。ただ…」
「ただ、何でしょう?」
「ええ。錬磨氏がまったく絵を描かなくなったのは、草摩先生が亡くなる前に開かれた個展の企画を知った頃からなんです。
その個展で草摩先生は揺摩さんと斗摩さんの二人の作品を展覧会の目玉企画としたんです。
実質の後継者の発表会のようなものですね。今後の滝村の未来を担うのはこの二人なのだと誰もが確信したことでしょう。
確かに技量で錬磨氏はあの二人に遠く及ばないでしょうが、思うところは多々あったことでしょうね。
草摩先生が亡くなってからは、誰の遠慮もなく師匠の絵を売り払っていましたが、あの行動も長年の鬱憤を晴らすような気持ちもあったのかもしないと、わたくし思うんですよ。
まあ、それでも、絵を売ったお金で派手に遊んだり、他人の画風をけなしたりする姿勢には擁護のしようはありませんがね。」
大山堂はやれやれと肩をすくめて首を振る。
但馬は座ったソファから少し身を乗りだして尋ねた。
「その『他人の画風をけなした』ことでトラブルがあったというようなことはありませんでしたか?」
その言葉に大山堂はほんの少しためらった後、「少々お待ちを」と言いおいて席を外した。
戻ってきたときにはその手に一冊の雑誌を持っていた。カラフルな抽象画が描かれた表紙にゴシック体で大きく「月刊 芸術の扉」と書かれている。
どうぞ、とその雑誌を但馬に手渡す。
受け取った但馬が、「これは?」と訊ねつつ適当にページを繰るその手元を朝山も覗き込んだ。
「あまり一般に知られていないかもしれませんが、芸術系の雑誌というものは国内でもいくつか出版されておりまして、その種類もターゲットにしている読者層も様々です。
例えば、国内海外の美術史や、過去の巨匠の作品や特集を多く掲載する、美術史を教養として学びたいという方に向けた堅い内容のもの。
現代の現存する画家や展覧会の情報、時には絵画の技術講座を掲載するような、絵を描くことや美術館巡りを趣味とする人たちをターゲットにしたもの。
各芸術界のトレンドや若手芸術家の紹介、現代アートやサブカルチャーを多く扱ったもの。画家の最新の作品や展示情報、芸術家のインタビュー記事を載せる、よりコレクター向けのもの。などなど…」
そこで言葉を切ると、但馬の手にした雑誌を目で示した。
「今、お渡ししたものは、我々のようなギャラリーを構える画商や、画商のお客様であるコレクター――昔は好事家、なんて言っておりましたが――他には画家の皆さん向けのいわゆる業界紙のようなものです。」
大山堂の説明を聞きながら雑誌を流し読んでいた但馬が、あるページで手を止めた。朝山も気づいて声を上げる。
「但馬さん、これ。」
「ああ。」
そのページはある若手画家の特集記事が掲載されており、画家本人のインタビュー記事と滝村錬磨のその画家に対するコメントが綴られていた。
以前の事情聴取で斗摩が話していた雑誌のコメンテーターとしての仕事なのだろうが、なるほど。斗摩の語っていた通り、かなりの酷毒舌ぶりだった。
『――彼が〇〇展で得た評価は少々過大評価だったように思われる。
若手の画家を必要以上に持ち上げると、今後の成長のためにならないと、私などは何度も申し上げているのだが、芸術界は「褒め依存」の風潮が蔓延してしまっているようだ。
現在活躍している画家の多くはこの褒めて伸ばす風潮の被害を被って成長してしまったため、失敗を恐れるあまり新たな挑戦ができずにいる。
柳の下で二匹目、三匹目のどじょうを探してみたところで、自身の成長にはつながらないのだ、といことをいい加減理解してもらいたいものである。』
『――この度、審査員賞を受賞された〇〇氏の作品についても、デビュー当時からなんら成長が見られなかった点で、私は非常に残念である。』
『――以上の点から彼の作品の緑系統の色で統一した色使いが評価されたようであるが、私に言わせれば、まったく面白みがないと言わざるを得ない。
以前の作品からも、どうやら彼は緑色が好きなようであるが、それなら、画家などやめて故郷の田舎に帰って緑に囲まれて暮らせばよろしい。』
『――ここで背景を暖色にすれば、中心の緑がもっと映えるであろうが、そうなると彼の構図のバランスの悪さも目立ってしまう事だろう。
うまく同系色を使って、バランス感覚の悪さを隠したものである。その巧妙さでは審査員賞に値する。』
『――しかし、絵画における構図のバランス感覚は本人の感性によるところが大きい。こればかりは教えられて上達するものではないと思っている。
そうなると、彼の画家としての技量もこれが限界かと思うと残念でならない。』
この調子で錬磨の酷評コメントは二ページに渡って掲載されている。
自身は既に絵を描くことを諦めて久しいというのにこの論調では、あげつらわれた本人はさぞかし腹が立ったことだろう。
呆れた顔を見せる二人の刑事に、「これで錬磨氏が画壇から嫌われている理由が分かっていただけましたかな。」と肩すくめてみせる大山堂に二人はそろって頷いた。
しかも、これはあくまで一例で、万事この調子でありとあらゆる画家たちをやり玉に挙げていたというのだ。
これでは名誉を大いに傷つけられたと殺意を抱く者がいてもおかしくはない。
但馬はため息をついた。
動機のありすぎる人物というのも、困ったものだ。
「お聞きしたところ、若手画家に対しては特に厳しく批評していたようですね。では、ご自身の弟弟子である揺摩氏・斗摩氏に対しても厳しい評価をされておられたのでしょうね。」
しかし、その問いに大山堂は虚を突かれたように一瞬きょとんとした。そして首をひねり、宙を見上げて「そういえば…」と呟いた。
「そういえば、錬磨氏が草摩先生を始め、滝村の人間を批評した記事は見たことがありませんねえ。」
それを聞いた但馬は剣呑に目をすがめ、ゆっくりとした口調で「確かですか?」ときいた。
「錬磨氏が原稿を寄せているその『月刊 芸術の扉』、わたくしも商売柄、毎月欠かさず購入して目を通しているんですが、彼が揺摩さんや斗摩さんについて触れている記事を読んだ覚えはありませんねえ。
さすがにお身内は批判できなかったのか、それとも…」
「それとも?」
「彼自身も弟自弟子たちに思うところは多々あれど、その才能自体は批判するところなどない「本物」だと、認めていたのかもしれませんねえ。」
と、大山堂は苦い顔で小さく付け足した。
以上が事件の次の日、錬磨の足取りを追うために但馬と朝山が大山堂にて行った聴の様子だった。
この聴取の内容や鑑識からの現場の見分、死体の解剖所見、諸々を踏まえて今朝上がった報告書が朝山が但馬に読んで聞かせたものだった。
この分だと早々に「事故」の判断が下されるだろう。
納得できない顔で考え込む但馬に、朝山が声を掛ける。
「大山堂さんの証言から揺摩氏・斗摩氏のアリバイは成立してしまいましたね。」
「ああ。」
「『月刊 芸術の扉』などの雑誌記事で錬磨氏に批判された画家の多くは例の忘年会に参加していたそうですから、結局、殺人の動機をもっていそうな人物には全員アリバイがあることになってしまいましたね。」
「ああ。」
自分のデスクの椅子に深く腰掛け、腕を組んで宙を睨んだまま、但馬は朝山の言葉に適当に相槌を打つ。
「…やっぱりただの事故ってことですかね。」
その問いには答えずに、さらに考え込む。
朝山も、但馬が話し出すのを黙って待った。
しばしの沈黙。
やがて、但馬がふと朝山に目を向けて言う。
「滝村草摩の弟子は錬磨・揺摩・斗摩の他にもう一人いたな。」
「はい。簡単な事情聴取はすでに所轄で終えています。えー…滝村鶴摩という女性画家で、五年前に滝村派に入門しているようです。」
滝村の弟子で会っていないのはその人物のみだ。揺摩と斗摩のことをよく知っているであろう彼女に会って話を聞けば、彼らに抱えた正体不明の違和感も解消されるかもしれない。
そうすれば、今回の事件にも納得がいくだろう。但馬は朝山に、滝村鶴摩の自宅にこれから会いに行く旨を連絡させ、自分のデスクから腰を上げた。




