第4章
山荘で揺摩・斗摩の二人から事情聴取を一通り終えた但馬と朝山は、山荘の裏手の死体発見現場に向かった。
遺体は既に鑑識によって運び出された後だったので、所轄の刑事から発見当時の状態を聞きながらの現場確認となった。
錬磨が足を滑らせたと思われる場所は傾斜が急で、所々岩がむき出しに突き出した部分もあり、打ち所が悪ければ確かに命を落とす可能性もあるだろう。しかも、深夜で足元が悪かった上、錬磨当人はアルコールを摂取していたとなれば事故であるとの見解にも頷ける。
現場の確認はあっさりと終わった。但馬はここでは特に何かを気にする様子も見せなかった。
その後、但馬と朝山の二人は錬磨が亡くなる直前に会ったと思われる商談相手、大山堂の主人に会いに行くことになった。
大山堂は都内にギャラリー(画廊)を構える画商で、滝村派の人間をはじめとして、多くの芸術家と取引があるそうだ。
但馬も朝山もギャラリーというものに初めて足を運んだが、多くの美術品が陳列されている様はなかなかに圧巻だった。
二階建ての建物の正面は全面ガラス張りで、外からでも屋内に並ぶ大小の絵画が目を引く造りになっていた。
正面の左手の一角が出入り口になっており、そこから中に入ると目の前に木製の重厚なカウンター、右手の奥には広いホールのような部屋があり、そこにも多くの美術品が陳列されていた。そのほとんどが絵画であったが、中には書画骨董の類も見受けられた。
カウンターの奥から出てきた大山堂の店主は中肉中背、五十代の白髪交じりで高級スーツを身にまとった男だった。
既に訪問の旨は告げていたので、こちらを見てすぐに警察関係者と分かったのだろう。いやに腰の低い態度で応対された。
「県警の但馬と朝山です。」
手帳を示して見せると、「ええ、ええ、承知しております。」と笑顔で何度も頭を下げた。
揉み手でもしそうな勢いである。愛想のよい笑顔で応対しているが、笑顔の奥の目には油断なくこちらを伺うような光が見て取れた。
「早速ですが、昨夜の事件のことでいくつかお話を聞かせていただきたいのですが。」
「はいはい、もちろんです。」
朝山の問いかけに何度も頷きながら答える。
「ではまず、錬磨さんが亡くなったことはどなたからお聞きになられましたか?」
「はい、錬磨さんと進めている草摩先生の絵画の売却の件で、お客様との契約が成立しましたので報告しようとしたのですが、連絡がつかず…仕方なく斗摩さんに相談しようと電話したところ、その、お亡くなりになったと…。」
「それは、驚きになられたことでしょうね。」
「ええはい、それはもう。」
愛想よく合いの手をいれる大山堂の主人に、朝山は鋭く尋ねる。
「錬磨氏の亡くなるまでの足取りを追う中で、あなたと都内のホテルで商談する予定であったことが判明しています。その時の様子をお聞きしたい。」
そう聞かれた瞬間、大山堂の主人から笑顔が消え、こちらを警戒する表情になった。
「もしや、わたくし、疑われておりますかな?錬磨氏は事故で亡くなったと聞かされておりますが、そうではないと?」
ここで変に警戒されると、証言が聞き出し難くなる。朝山は隣に立つ但馬と視線を交わす。但馬が横合いから質問に返した。
「錬磨氏の死亡原因については現在捜査中ですから詳細はお話しできませんが、これはあくまで錬磨氏の足取りを追う目的の聴取です。
大山堂さんを疑うものではありませんのでご安心してご協力ください。」
事故とも事件とも明言しない、当たり障りのない答え方だったが、協力を請われれば大山堂も納得せざるを得ない。
警戒の気配は残したまま、しばし黙り込んだ。当日の商談時の様子を思い出そうとしているのだろうか、顎に手をかけて考え込む。そうして二人の刑事を伺うように見やってから答えた。
「いやぁ、よくよく思い出してみるんですが、不自然な様子など思い当たりませんなあ。」
大山堂の返答にかぶせるように朝山は質問を重ねた。
「商談は予定通り三日の午後四時に行われたことに間違いありませんか。」
「ええ、場所も予定通り、都内のホテルのカフェでおこないました。」
これで揺摩・斗摩のアリバイが成立した。今度は但馬が質問を投げる。
「そもそも今回の商談というのは、どんなものだったのですか?」
「はい?」
不審そうな大山堂に但馬は笑顔で言う。
「いえね、仕事柄いろんな職業の方とお話させて頂くんですがね、どうも芸術方面には疎くて。絵画だとか、画商さんだとか言われてもぴんと来ないんですよねえ。」
「はあ。まあ、画商なんてものは珍しい職種ではあるでしょうな。」
「ええ。ですから、いくつか質問にお答え頂けると今回の件についても状況を把握しやすくなるんで。我々としても有難いんですよ。」
「そういうことでしたら…。わたくしにお答えできる範囲でよろしければご協力いたしましょう。」
「こりゃ助かります。では、まず、今回の商談について簡単に説明いただけますかな。」
但馬のその言葉に大山堂はふう、息をついた。そして、長い話になると思ったのか、「そういえば立ったままで失礼しました。」と、受付カウンター右手奥のギャリースペースに設置されているソファセットに二人を案内した。
ギャラリーに飾られた様々な芸術作品を見渡せる位置に据えられたそのソファに、但馬と朝山が腰掛けたのを見届けると、大山堂はその向かいのソファに腰掛けて話し出した。
「死者を悪く言うのは気が引けますが、いずれ分かる事ですから…いや、既に揺摩さんや斗摩さんから聞いておられるか…滝村錬磨という人物は敵の多い人でした。」
大山堂は向かいに座る但馬と朝山ではなく、ギャラリーの絵画を眺めながら話し続ける。
「今回の商談もねえ、これまでにも絵画をご購入いただいているお客様から『滝村草摩の作品を買いたい』とのご依頼がありましてね。わたくしの方から錬磨さんに連絡させていただきました。
このように、絵画を求めるお客様と画家の方々との仲介をするのも画商の仕事ございますので。
ただ、ここ最近の錬磨さんはお金のために草摩先生の作品を派手に売り払っておいででしたので、我々画商たちの間でもあの人の行いには、あまりに節操がないと眉を顰める人も多くおりましてね。
わたくしもしばらく距離を置こうかと考えていたところだったんですが、お得意様からのご要望を頂いたからには…。
こちらも商売ですからねえ、お仕事のお話をさせてもらうことにしたんですよ。」
滔々と話し続ける大山堂に朝山は手をかざして待ったをかける。
「つまり今回の商談というのも、草摩氏の作品の売買のためのものであったという事ですね。草摩氏の作品を買いたいお客がいることをあなたが錬磨氏に告げ、錬磨氏が要望に沿った草摩氏の作品を選び、あなたがそれを客に売却する。
…そして絵画の代金は錬磨氏のもとへ入り、あなたは仲介料を頂く。」
「まあ、そういうことですな。」
「しかしこの商談は、錬磨氏が草摩氏の作品を自由に売却できる権利があることが前提のように思うのですが…草摩氏が亡くなってからは彼の作品は錬磨氏が管理していたという事ですか?」
大山堂は朝山の疑問に何度も頷きながら答えた。
「そう思われるのも当然ですが、実は草摩先生は亡くなるずっと前から錬磨氏にご自身の作品の管理をまかせておいでだったんです。」
「と、言いますと…?」
「草摩先生はそれはそれは絵画に対して真摯な方で、自分の作品に対して妥協を許さず創作活動に取り組む芸術家でした。
一方で、芸術家も生きていくためには自分の作品を売りこまねばなりません。依頼されて絵を描くこともあるでしょう。
しかし、草摩先生は決して愛想の良い方ではありませんでした。
そこで、見かねた錬磨さんが草摩先生の代わりに絵画の売却の商談に臨まれたり、作品を依頼する方と師匠の間を取り持ったりするようになったんです。
ですから錬磨氏が草摩先生の弟子になって間もない頃から、草摩先生の作品の売買に関しては錬磨氏が引き受けていたんです。わたくしはその頃から商売上のお付き合いをさせていただいております。
……こう言っては何ですが、錬磨氏は画家としての才能は芽が出ませんでした。しかし、商売の才能はあったようで、草摩氏も重宝されていたと思います。
…ただねえ。錬磨氏にしてみれば、思うところはあったでしょうねえ。」
「思うところ、ですか…?」
「はい。そのうち、揺摩と斗摩という二人の弟弟子が入門してくるわけですよ。
自分は早々に先生に見切りをつけられて、まるでアシスタントのような仕事をしている。
それなのに、新参者の若造が先生に目を掛けられているとなれば、面白くなかったでしょうよ。」
揺摩・斗摩の話題が出ると、すかさず但馬は何気なさを装って二人について「どんな人物か」と訊ねた。
「揺摩さんと斗摩さんですか?
もちろん一緒にお仕事させていただいたことも何度かありますよ。
揺摩さんは大変内気な方でして、草摩先生の不愛想な態度ともまた一味違ったやり辛さがありましてねえ。――おっと、これは失敬。ここだけの話にしてくださいよ――
対して斗摩さんは見た目通り活発な方で、交渉術にもたけておられます。話が早いというか取引相手としてはスムーズに仕事が運ぶ点が有難いですな。」
「他には…確か揺摩さんの方が二歳年上で、滝村に入門したのも彼の方が一、二年ぐらい早かったように記憶しております。
錬磨さんを弟子に迎えてからしばらく経っていましたから、また弟子を取ることにした草摩先生に驚きましたね。
ほら、先生あの性格でしょう。
他人さんに物事を教えるのに適した人間ではなかろうと、ご本人も思っていたみたいでしたからねえ。
あの頃の草摩先生は既に巨匠と呼ばれるほど有名になっておりましてね。周囲から、お前の画風に合いそうな若手がいるぞ、と薦められて半ば仕方なく弟子にしたのが揺摩さんだそうです。
その後どこかの好事家の社長に、是非とも息子を弟子に迎えて欲しいと懇願されたて、弟子に迎えたのが斗摩さんだったとか。
お二人とも入門した当時はまだ高校を出たばかりだったと思いますよ。
まあ、そんなわけで、揺摩さんの方が入門時期も早く、年齢も上ですから、兄弟子となるわけですが、あんまりにも内気なもので、それこそ若い頃は、斗摩さんがあれこれ面倒見てやっているようなところがありましたね。
その二人も今や天才画家ですからねえ。草摩先生もあの世で喜んでおられることでしょう。」
懐かし気に目を細める大山堂に但馬は「揺摩さん・斗摩さんと錬磨さんの間にトラブルがあったという話はありませんでしたか。その他にも何か気づかれたことやご存知のことがあれば教えて頂きたい。」とさらに質問を重ねた。




