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第2章

但馬(たじま)警部補と朝山(あさやま)刑事は十五時過ぎにやっと現場の山荘に到着した。

死体の発見現場は鑑識作業中とのことで、彼らは所轄へあいさつもそこそこにまずは第一発見者への聞き込みを始めた。

第一発見者の「滝村兄弟」は例の山荘で所轄の刑事から簡単な聴取を受け、今はそこで待機しているそうだ。

但馬と朝山が山荘の玄関を少し入ったところで、中から二人の男性が現れた。

一人はグレーのシャツに紺のジャケットを羽織り、端正な容姿の男だった。三十代半ばだろうか。朝山の話に出ていた天才画家コンビ「滝村兄弟」の一人だろう。人目を引く容姿であるが、この度の事件が堪えたのであろうか、ひどく疲れた表情をしている。

もう一人の男はTシャツに黒のカーディガン、下はジーンズというラフで地味な格好だった。ジャケット男の影にかくれるように立っている。長めの前髪に無精ひげのせいで、どうも表情が読みとりにくい。


但馬は男たちに軽く頭を下げた。朝山も但馬の後ろで同じように頭を下げる。

「どうも、県警の但馬と申します。お疲れのところ申し訳ありませんが、今回の件について詳しく事情をお聞かせください。」

紺ジャケットと無精ひげが軽く頷いて応じる。

「まずは、お二人のことからお聞きします。えー…滝村草摩画伯のお弟子さんということで間違いありませんか?」

「ええ、私が滝村斗摩。こっちが兄弟子の滝村揺摩です。どちらも滝村派に入門した際に、師から頂いた名前です。」

紺ジャケットの男、滝村斗摩が答える。

「被害者の男性についてもご存じだそうですね。」

「我々の兄弟子に当たります。滝村錬磨です。私と揺摩はどちらも高校生で草摩の弟子となりましたが、その時にはすでに錬磨は師匠の下で創作に励んでいました。十歳ほど年上だったと記憶しています。」

「なるほど。」と相槌を打ちながら、但馬は山荘内部をぐるりと見まわす。

「この山荘は揺摩さんのアトリエという話ですが、みなさんはよくお集まりになるのですか?」

「いえ、よく集まるというものでは…。この山荘はもともと草摩師匠のアトリエだったんですが、師の亡くなった後は揺摩が譲り受け、アトリエとして使っているんです。

私も含め、他の弟子たちにはそれぞれ自分のアトリエがありますので、揺摩が師のアトリエで刺激を受けながら創作したいと言った時も、特に異を唱えることはなかったんです。

ただ、師の作品は未発表のものも含めて、多くがこの山荘の二階の部屋に残されています。…錬磨は草摩師匠亡き後に、師の作品を片っ端から売却していました。ですから、高額で売れそうな作品を物色しに、よくこの山荘を訪れていたのは確かです。」

どうやら斗摩が説明役に徹するらしい。少し疲れた様子ながら、しっかりとした口調により聴取は進む。終始、淡々とした語り口であったが、錬磨が師の作品を売却していたくだりについて述べるときに、秀麗な眉が少ししかめられたのを、但馬は見逃さなかった。


「では、今回の死体発見に至るまでの事情を教えていただけますか?」

「ええ。昨日の夕方から私と揺摩は画壇仲間と一緒に、都内のホテルで芸術系出版社主催の忘年会に参加していました。錬磨さんはある画商との商談があるとかで不参加でしたが、昨日の昼頃に商談中の師の作品の件で早急に確認したいことがあるというので、忘年会後にこの山荘で三人で会うことになっていました。」

「ほう。」

「ご存知のように、ここは都内から離れていますから、私と揺摩が到着するのは深夜になると言ったんですが、早急の要件だから来てくれと…。この山荘の鍵は錬磨さんも持っていますので、先に山荘で待っているはずでした。…そのはず、だったんですが……。」

斗摩はいちど言葉を切ると、後ろに立つ揺摩に一瞬視線を投じた。

「どうされましたか?」但馬の隣でメモを取りながら、それまで黙って聞いていた朝山が焦れたように口を挟む。斗摩は浅い溜息を吐くと気まずそうに続けた。

「それが、忘年会で画壇の仲間と予想外に盛り上がってしまいまして。気づけば終電も逃すわ、タクシーも捕まらないわで。

結局、その夜は主催者側の用意してくれたホテルに数人の仲間と宿泊することになったんです。その時には錬磨さんから既に山荘に到着したので待っているという旨のメッセージが入っていたので、こちらも慌てて「申し訳ないが今夜はそちらに行けない。明日の昼前には行くから勘弁してくれ」と、謝罪のメールを送ったのですが、彼からの返事はありませんでした。

深夜の連絡だったので、眠ってしまったのか、怒って返事もしないのか、と思っていたんですが…」

「なるほど。それで、今日の十一時ごろに揺摩氏と共にこの山荘を訪れた、と。到着した時の様子はいかがでしたか」

それまで淡々と事情を説明していた斗摩だが、さすがに死体発見時の状況を思い出し、表情が硬くなる。

「山荘に向かう前に、これからそちらに向かう、という旨の連絡を入れたんですがまたしても返事がなく、とりあえず揺摩と二人で山荘に向かいました。

到着してみると、山荘の鍵は開いていたんですが、中に錬磨さん本人はおらず、携帯と仕事用のパソコン、飲みかけのアルコール類がテーブルに放置されていました。

最初は、昨夜の約束を反故にされたので怒りにまかせてやけ酒でも飲んで一晩過ごし、酔い覚ましの散歩にでも行ってしまったのかと思っていたんです。

ところが、何時までたってもいっこうに戻ってこないので、さすがに心配になってふたりで山荘の周辺を探したところ、裏の小川のほとりで…」

「倒れている錬磨氏を発見したということですね。」

悲痛な顔で頷く斗摩。揺摩も斗摩の説明に同意を示すように頷いている。

一見、兄弟子の悲惨な運命を嘆いているように見える。しかし、但馬は二人の弟子たちの錬磨に対する好意的でない感情も読み取っていた。

通報後、現場に到着した所轄の捜査員からは事故の可能性が高いと報告されていたが、まだ事件の可能性がなくなった訳ではない。何者かの意図が滝村錬磨を害した可能性が捨てられない以上、同門の弟子たちは重要な参考人でもある。


「お二人が参加された忘年会に錬磨さんはお仕事の都合で参加されなかったとおっしゃいましたが、そのお仕事相手がどなたかご存じでしょうか」

但馬の考えを感じ取ったのか、朝山が質問を続ける。これが「事件」であったならば、被害者の足取りを追うことは、基本中の基本だ。 朝山の質問に斗摩は肩をすくめる。

「商談というからには、恐らく画商の大山堂さんだと思いますが、詳しくは分かりませんね。彼のパソコンか携帯になら相手とのやり取りが残されているかもしれませんが、仕事の詳細を気軽に話せるような関係ではありませんでしたから——」


朝山が質問役にまわったのをいいことに、但馬はそのやり取りを聞きつつ山荘の内部を観察するように見渡した。

今、四人が話し込んでいるのは、玄関から少し入った開けたスペースだ。

ここからは内部がぐるりと見渡せる。丸太で組まれた壁に囲まれた広い居間にはテーブルと大きめのソファ。

壁ぎわには置物の並んだ、大きなキャビネット。どこかで見たような置物ばかりが並べられているだけで、何の面白みもない。

芸術家ならもっと尖ったセンスの美術品でも飾るものだと思っていたが、そうでもないようだ。

キャビネットの前には二階へと続く階段、その先は二階の各部屋への扉に続いている。吹き抜けの居間から二階に並んだ部屋の扉を眺めてから、視線を二人の画家に戻す。


先ほどからこちらの質問に淀みなく答える斗摩は、頭の回転の速さと社交的な雰囲気を感じさせる。

さらにこの容姿であれば、さぞかし女性受けするだろうと思われる。

一方で揺摩の方はというと、先ほどから会話は斗摩にまかせきりであることからも、内気な性格であるようだ。無精ひげに目元を隠しがちな前髪に、地味な服装も相まって、ぱっとしない印象を受ける。

しかし、よく見るとその顔の造形が割に整っていることに気づいた。

斗摩のような華やかさはないが、控えめな性格の悩める若き才能として人気が出ても不思議はない。

対極な二人が若き天才画家コンビとして画壇で注目を集めているのも納得できるというものだ。


「——では最後に、失礼を承知で伺いますが、お二人と錬磨氏との間にトラブルなどはありませんでしたか?」

朝山は聞きづらそうに質問した。

しばしの沈黙。

但馬は注意深く画家たちの表情を観察する。

揺摩と斗摩は互いに視線を交わす。

先に答えたのは矢張り斗摩だった。

眉をひそめ、やれやれと呟いてから話し始めた。

「調べれば分かることなので正直に言いますが…、同門の兄弟子とはいえ錬磨にはあまり良い感情を持ってはいませんでした。

滝村派の画家という肩書ではありましたが、あの人はほとんど創作活動をしていませんでした。

絵も描かずに、最近では師の生前の作品をいかに高く売るかに執心して、その上、儲けはすべて自分の遊ぶ金にしていました。

もともと、師がお元気だったころから、創作は二の次で、芸術関係の雑誌なんかに評論家気取りで他人の作品を酷評するようなコラムをよせて、その原稿料で生活しているような人でした。

それが、師が亡くなってからはさらに遠慮がなくなって、ますます激しい毒舌ぶりで酷評するもんですから、画壇仲間からは嫌われてましたね。

…まあ、あの人の毒舌を面白がって原稿を依頼する出版社もどうかと思いますが。

最近はギャンブルにもはまって結構派手に遊ぶようになったみたいで、借金も抱えてたらしいですよ。

そんな人でしたから、我々以外にも、彼のことをよく思っていない人は多いんじゃないですかね。」


そつのない答えだった。語られたのは、周囲から迷惑がられている人物に対する、至極真っ当な感情だった。

だが、但馬の目には、「警察の取り調べに対して、自分に不利になりそうなことも正直に答える好青年」を装っているようにも映っていた。

ともあれ、どうやら死んだ男は敵の多い人物だったようだ。

但馬は揺摩を見つめた。では、この無口なもう一人の弟弟子はどう思っていたのだろうか。

「揺摩さんは錬磨氏についてはどのように思われていましたか。」

但馬の問いかけに、揺摩もまた但馬を見つめ返した。

この山荘を訪れてから初めて揺摩と目が合った。

ひどく凪いだ瞳で彼は少し考えてから、話し始めた。

「師は我々弟子たちによく、「良秀(りょうしゅう)になれ」とおっしゃっていました。

良秀こそ滝村派の画家の目指すところだと僕も思っています。

でも、錬磨さんは良秀になろうなんて考えてもいなかった。絵を描くことすらしていませんでした。

そんな人が滝村を名乗っていることを、残念に思っていました。」

「良秀」がなんなのか分からない俺たちには、いまいち理解しがたい返答に、朝山が困惑顔で遠慮がちに聞き返す。

「……えー、それはつまり…、錬磨氏に対して良い感情を持っておられなかった…ということでしょうか。」

さらに斗摩に苦い顔で小突かれると、揺摩は「あ。」と何かに気づいたように声を上げた。

頭をかき、困ったように笑いながら「そうです。そういうことです。錬磨さんのことはあまり好きではありませんでした。」と返答した。

すかさず斗摩がフォローに入る。

「どうもすいませんね。この人、感覚が先走って、ちょっとずれた返答するところがありまして。」

「ははあ、天才肌の芸術家気質ってことですかねえ。」

朝山と斗摩、揺摩は呑気に笑い合っているが、但馬はこの時、二人の天才画家に違和感を覚えたのだ。しかし、残念なことにその違和感の正体が何なのかを言葉にすることはできなかった。


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