第25章
錬磨の死体を前に途方に暮れていた自分だったが、いつまでもこうしている訳には行かない。
揺摩が言った通りだ。
こんな最低な人間の為に自分の将来を駄目にすることはない。
何か、何か方法があるはずだ。
自分の関係ないところで錬磨は死んだ、そういうことにするのだ。
懸命に頭を捻っていると、傍らで揺摩が、「おや。」と声を上げ、階段を上がって行く。
「どうした。」と目で追うと、階段の途中に一枚の絵画が投げ出されていた。
なぜそんなところに…と考えかけて、錬磨の死の直前のやり取りを思い出し、顔をしかめた。
揺摩はその絵を手に取り、しげしげと眺め、尋斗を振り返る。
「これ、揺摩の作品だね。どうしてこんな所に…?」
「…錬磨が、持ち出そうとした。それを止めようとしてもみ合いになったんだが、…階段から落ちる拍子にあいつが手放したんだろ。」
「…もかしかして、君と錬磨さんの争いの原因はこの絵かい?」
「……。」
「斗摩?」
逆上して錬磨と争ったことが、今になってみると恥ずかしい気がして、尋斗は黙り込んだ。
しかし、共犯者となってもらう予定の揺摩に促されれば仕方がない。簡単にその場の状況を語った。
「…ああ、そうだ。錬磨は師匠の絵を売って金にしてた。」
「ああ。知っているとも。」
「あいつは自分で自由にできる絵は片っ端から売り払ってしまった。そこで今度は俺の絵を師匠の絵と偽って売ろうとしてたのさ。」
「……そうだったか。それで、この絵を持ち出そうと?」
「ああ、こいつを明日、大山堂に引き渡してどっかの好事家にでも売りつける算段を…」
その瞬間に今回の計画に至るアイデアがひらめいたのだった。
この錬磨の悪事をうまいこと利用することができるのではないか、と。
突然黙り込んだ俺に揺摩が「どうした?」と尋ねる。
それを無視して、懸命に頭を働かせる。
そうだ。
こいつが死んだ時に俺たちがこの山荘にいることができない状況に仕立て上げればいいのだ。
事件直前の練磨と大山堂の電話の内容なら覚えている。
錬磨の奴は明日、都内で大山堂に会うことになっている。
その後、この山荘にやってきて死んだことにしよう。
こいつが大山堂と会うのは午後四時、場所は都内のホテルのカフェだ。都合の良いことに俺たちは午後五時からその近くの別のホテルで忘年会だ。
商談を終えた錬磨が山荘に着くのは…都心からこの山荘へはどんな車を飛ばしても二時間はかかるから、山荘到着は早くても午後七時。
午後五時から忘年会の会場にいる俺たちに犯行は不可能だ。
そうだ。これしかない。
思いついた計画を揺摩に話して聞かせる。だが揺摩は首を捻った。
「錬磨さんは死んだんだ。どうやって商談に行ったことにするんだい?いっそ、大山堂さんも殺してしまう?」
…俺も大概だが、こいつの発想も相当な悪人だ。
「馬鹿。そんなことしても、鉄壁のアリバイの証明にはならない。うまく警察を誤魔化すには、生きた証人が一番だ。
一見、利害関係のない赤の他人が、錬磨が明日の午後四時まで生きていたと証言すれば、俺たちの犯行を疑うやつはいないだろうさ。」
「だから、どうやって…」
「いいか、明日の午後四時に俺は大山堂に錬磨の遣いだといって会ってくる。そして大山堂にはお前と錬磨の作者偽装の件を知っているぞ、と匂わせる。その上でこの絵を渡して、売却のあかつきには、儲けの一部は俺にもよこせと言えばいいんだ。」
分からない、という顔をする揺摩に、尋斗は得意そうに続けた。
「錬磨の死体が発見されれば、警察の捜査が始まる。
奴らはまず、錬磨の足取りを追うだろう。
そこで、俺たちが『錬磨は四日の夕方に行われる商談が終わり次第、山荘に向かうと言っていた。』と証言するんだ。
あいつが画壇の忘年会に出席せずに大山堂と会う予定だったのは本当だ。
俺たちの証言の裏付けはすぐに取れる。
そうなれば、警察は商談相手の大山堂に事情を聴くだろう。そして、大山堂はおそらく『予定通り錬磨と会って絵の売買の話をした。』と証言するはずだ。」
「だから、どうしてだい。」
尋斗は勢いよく揺摩の肩を組み、周囲に誰もいないというのに内緒話をするかのように小声で続けた。
「あのな、自分が詐欺まがいの行為に加担していたとして、だ。
別の件で警察に取り調べられる人間の身になってみろよ。
叩けば埃が出てくるんだ。それ以上警察と関わらないようにするために、必死で話を合わせてくれるだろうさ。
大山堂も良心では『会ったのは錬磨ではなく、錬磨の代理だという斗摩だった』、と証言したいところだろう。
しかし、そう証言してしまうと、俺たちの『錬磨は大山堂と商談に行った』という証言と矛盾が出てしまう。
勿論、警察はどちらの証言が正しいか判断するために、その日の商談内容まで詳しく調べるだろう。そうなれば、自然と大山堂が作者の偽造された絵画を客に売り払ったことが露見する可能性が出る。
いや、下手に俺の証言に逆らえば、警察が突き止める前に、俺が作者偽装の話をするかもしれないと考えるだろう。
大山堂も馬鹿じゃない。
自分の犯罪行為が暴露されるリスクを背負ってまで、真実を語りはしないさ。結局、人間は自分が一番かわいいんだからな。」
そこまで言っておきながら尋斗はふと真剣な顔で付け足した。
「但し、うまくいく保証はどこにもないぞ。大山堂が自己犠牲を払ってでも警察の捜査に協力するほどのいい奴かもしれないし、警察の調べで、死亡推定時刻が簡単に割り出されてしまうかもしれない。」
揺摩に話しながら尋斗自身もこの計画の危うさを自覚する。
そうだ。
この計画通りに大山堂が証言したとして、遺体の解剖で死亡した時刻は割り出される。
どこまで正確な死亡時刻が導き出されるのか知らないが、ドラマや小説ではかなり限定された時刻が判明していたようにも思う。何とか錬磨が四日の夜まで生きていたことにしたが、どうする?
残念だが、別の手段を考えるか…と、尋斗が揺摩に向かい口を開こうとした時だった。意外にも揺摩の方から後押しするような提案があった。
揺摩は尋斗の計画を聞いて少し考え込んでいたが、にっこりと笑うと、その計画ならきっとうまくいくよ。と、爽やかに言い切った。
基本的に重度の人見知りである揺摩の屈託のない笑顔など俺は久しく目にしたことなどないし、殺人現場にはそぐわない表情である。
繰り返すようだが、この男の情緒は破綻している。
期待せずに揺摩の提案をきいた尋斗だったが、その内容は驚くことに説得性のあるものであった。
曰く、
「僕の両親が既に亡くなっているのは知っているよね。その両親の亡くなった原因っていうのが自動車事故だったんだ。夜の田舎の山道で運転を誤ってね。
両親が乗った車が崖から転落したんだけど、その時に事故を調べてくれたお巡りさんがね、遺体の状態が悪くて、正確な死亡推定時刻が割り出せないとかで、何度も僕の所へ、両親の足取りを確かめに来ていたんだ。」
「…死亡推定時刻が、わからない?ご両親はどんな状況で亡くなったんだ?」
「車ごと崖下の川に落ちて、水没してしまったんだ。
どうも水につかった死体からは正確な死亡推定時刻は割り出し難いらしいんだ。
だから、錬磨さんの死体も同じように水に浸けておけばいいんじゃないかな。」
「……」
ありがたい情報だが、笑顔で語る内容ではない。
尋斗は無言でスマホを取り出すと、検索画面を開き「死亡推定時刻 水中」で検索した。どこまで正しいのか分からない情報だ、ということは承知の上でそれらに目を通す。
しかし本当に水に浸かった遺体からは正確な死亡推定時刻の割り出しは困難であるようだった。
検索画面を閉じて、ついでに検索履歴も消去する。
この情報を鵜呑みにするわけではない。
しかし、今は揺摩提案に乗るしか他に方法はないように思われた。
尋斗は揺摩に向かって頷く。
「その作戦でいく。」
その後の二人の行動は迅速だった。
錬磨の死体を毛布で包み、山荘の裏手に運ぶことにした。
山荘の外は身を切るような寒さであった。
暗闇の中、二人で苦労して死体を運んだ。
錬磨の死体は重たかった。
山荘の裏手、建物から十数メートルほど離れたところで立ち止まる。
そして、急こう配の斜面から身を乗り出すようにして、下の小川へ向かって死体を転がり落とした。斜面の途中に突き出た岩にあちこちぶつけながら転げ落ちる錬磨の姿を目を凝らして見届けた。
山荘に帰り、室内の片付けを手分けして行う。
チェストから飛び出した置物を拾い集めてもとどおりに並べていった。
階段下の血痕を丁寧にふき取った。
リビングのテーブルに置かれていた錬磨のカバンの横に、彼がここでくつろいだように見せかけるために酒を注いだグラスを置いた。
最後に揺摩の手で、錬磨が持ち出そうとした例の絵に草摩師匠のサインを真似て描き込んだ。
こうしてすべての準備が整った頃には山荘には朝の陽ざしが差し込んできていた。
人生で最も長い一夜が明けた。
どっと疲れが押し寄せてくるのを感じる。
隣で同じように朝日を浴びて目を細める共犯者を眺める。
揺摩の表情に疲れは見えない。いつも通りの様子だった。
何だか気に食わないと感じる心を抑えこみ、尋斗はこれからの自分の役割を整理する。
偽装工作はこれで終わりではない。この後、大山堂に会うという大仕事が待っている。
作戦を成功に導くためにも、とりあえずは仮眠だ。
しばらく仮眠をとることを揺摩に告げ、尋斗はリビングのソファに横になった。




