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第22章

次の日から、但馬は朝山と手分けして詩織の部屋で大事に保管されていた、例の草摩の作品について調べることになった。

今まで自分が興味を持っていなかっただけで、実は美術品というのはこの世にあふれているようだ。

その中から、目当ての一つを探し当てるというのは、警察の捜査網を持ってしても中々骨が折れる作業だった。

美術館に勤め、美術展を企画・運営するキュレーターと呼ばれる職員に、詩織のアトリエ部屋で見つけた例の絵の写真を見せてまわったが、なかなかこの絵のことを知っている者は見つからなかった。

画商や美術品のオークションサイトまで手を広げて調べ、ようやくそれらしい情報を掴むことが出来たのは調べだしてから三日が経過した頃だった。


机に齧りつきながらパソコンを操作し、滝村派と取引のあった画商の過去の出品目録を確認していた朝山が突然大きな声を上げた。

「但馬さん!これ!これ見てください!!」

朝山は興奮気味に自分のパソコンの画面を但馬に向けて、示してみせる。

但馬は自分の席から身を乗り出してその画面をのぞき込んだ。

そこには、ある画商が過去に扱った美術品の一覧が作品画像と共に掲載されていた。その中の、朝山の指した部分に、確かにあの絵の画像が滝村草摩の習作として載せられていた。

しかも、備考欄には「売却済み:XX年十二月五日」と売却日まで書き込まれていた。この年の十二月五日といえば錬磨の事故の翌日の日付だ。

「この画商はどんな人物だ?」

「個人経営の画商です。関東圏を中心に活動していて、滝村派の作品をよく取り扱っている大山堂という画商です。…あれ?大山堂って…」

大山堂…。但馬は眉間に皺をよせた。

錬磨は亡くなった際、山荘近くの小川に転落しており、長時間水に浸かったせいで遺体の状態は著しく悪かった。

そのため死亡推定時刻が絞り込めず、十二月三日から四日の間と大きく開いてしまった。

しかし、錬磨の回収されたスマホと揺摩・斗摩の証言から、四日の夕方に画商との商談の予定が入っていることがわかった。

その画商も錬磨との商談が予定通り行われたと証言したため、錬磨は四日の夕方の商談後までは生きていたことになったのだ。

自然、同時刻に都内で忘年会のパーティーに参加していた揺摩と斗摩のアリバイが成立した。

この、「錬磨と商談した画商」というのが大山堂だ。

事件のあった翌日に但馬と朝山が事情聴取した画商である。

もちろん、二人ともその時のことはまだよく覚えている。

「朝山。大山堂に連絡を取ってこの絵を売った相手と経緯について聞いてくれ。詩織がわざわざ画商を通して師匠の絵を購入したとは考えにくいからな。

事件の翌日に取引した相手から詩織が譲り受けた可能性が高い。それから、この絵について聞けることは全て聞き出してくれ。」

「了解です!」

スマホを取り出して席を立った朝山の後ろ姿を見つめながら、但馬は高鳴る胸の鼓動を抑えるように腕を組んだ。

そして、自分自身を落ち着けるように深く息を吸い込み、吐き出す。

ゆったりとした動作だが、頭の中では目まぐるしく多くの情報が飛び交っている。

もし。

もしも、だ。

錬磨の事故に揺摩と斗摩が関わっていたとすれば?

彼らのアリバイが成立するにあたって、鍵になった大山堂の証言――十二月四日の夕方に錬磨と商談を行なったという証言――その内容に偽りがあったことになる。

…しかし、大山堂がただの商売相手のために警察の捜査に対して嘘をつくだろうか。

偽証がバレれば共犯として裁かれるかもしれないリスクを、得意先とはいえ、ただの商売相手のために背負うだろうか。

普通ならあり得ない。

だからこそ、当時の警察も大山堂の証言を信用したのだ。

だが、それにしても引っかかる。

事故の発生直後に売られた絵。

事件の鍵となる証言をした画商が売った絵。

詩織が特別大事に保管していた絵。

やはりあの絵が事件を紐解く鍵となるのだろうか。




暫くして朝山がスマホ片手にバタバタと駆け戻ってきた。

「分かりましたよ!売った相手!」

目をギラギラさせながら、早口で報告する。

朝山によると、大山堂は例の絵の話を持ち出すと大変慌てていたそうだ。

例の絵を販売するまでの経緯について聞いたところ、次のように述べたそうだ。


――当時、大山堂は錬磨が派手に草摩師の作品を売却していることを知った。

ちょうど草摩の作品を求める好事家と知り合ったので、売ってもらえるような作品はないか、と錬磨に連絡を取ったのだという。

錬磨から売れる作品があるとの返答をもらい、直接作品を受け取ったそうだ。

その後、購入を求める好事家に仲介したが、絵について詳しいことはわからない、と。


その内容は五年前の聴取の時にも聞いた話が大部分だったのだが、どうやらだいぶ焦っていたようで、以上の内容をなんだか言い訳のようにまくし立てたらしい。

絵の買い手についても尋ねもしないのに向こうから情報を出したらしい。

それを聞いた自称:仕事の出来る男、朝山は、大山堂の態度に怪しみながらもその買い手にも既に話を聞いてくれていた。

買った好事家はあの絵のことをよく覚えていたそうだ。

何しろ、絵を購入してすぐに、その絵を手放すことになったのだから。


曰く――滝村草摩の絵を求め、画商を通して購入した。

念願の絵を手に入れたことが嬉しくて、SNSに絵の写真を投稿したところ、草摩の弟子の鶴摩から連絡が来たというのだ。

自分が草摩に譲ってもらった別の絵と、先日購入した絵を交換してほしいのだ、と。

最初は応じるつもりがなかったが、交換すると言ってきた絵が、ある美術展で高い評価を得た有名な作品であったので、交換に応じたのだそうだ。

…ちなみに、大山堂から「商談が成立し、草摩の作品が手に入った」という旨の連絡が来たのが十二月四日の夜なのだとか。

翌日、購入のために金の準備している時、草摩の弟子が亡くなったニュースを聞いて驚いたので、よく覚えていたのだ、と。




なんてこった。

錬磨の事故の際の大山堂との商談は、この絵を売るための商談だったのだ。

事故の発生直後に売られた絵。

事件の鍵となる証言をした画商が売った絵。

詩織が特別大事に保管していた絵。

事故のあった日に、事故の被害者である錬磨が最後に売ろうとした絵。

そして、詩織がより評価の高い師匠の絵と、わざわざ交換してでも手に入れようとした絵。

…なぜ、詩織はそこまでしてこの絵に拘ったのだろうか。

当時、草摩の絵を売却しまくり、自分の遊ぶ金の資金源にしていた錬磨。

大山堂の不審な態度と、証言を偽証した可能性。

但馬の中でバラバラの情報がピースとなり、一つの絵を作り上げようとしている。


「…朝山。大山堂に会いに行くぞ。ちょっと確認しないといけないことができたからな。」

席を立ち、自分の机を離れる。

本部を出て、朝山とともに警察車両に乗り込む。

但馬の頭の中では事件ピースが組みあがりつつある。

そのピースたちはしかるべきところにはまっていき、やがて一枚の絵を作り上げるだろう。


…だが、拭い去ることのできない違和感が、ある。

例えるなら、完成しかけたジグソーパズルの絵の中の一ピースだけ、別の絵のピースが混じっているような。そんな気が、している。

もしも、その異なる一ピースの方が事件の真相だったとしたら…?

真実の絵柄は、今見えてきたものとは全く違ったものになるのではないか?

 

焦ってはいけない。

見え始めた答えに飛びついてはいけない。

考えるのだ。慎重に。

五年前の捜査の記憶をもう一度、丹念にたどる。

事件直後の山荘の様子。後日の詩織の事情聴取。揺摩のアトリエで交わした会話。

……そういえば。彼女のあの発言は、少し違和感があった。

しかし、些細なことだ。事件に関係するとも思えない。

…いや、もしも、事件直後に、あれがなかったとしたら?

何らかの理由があって、誰かに隠された…?なぜ?

次の瞬間。

組み上がりつつあったパズルのピースが一ピースを残してすべて反転したような気持ちに襲われた。

完成された絵柄はさっきまで見えていたものとは全く異なる絵柄だった。

これが、事件の真相か。


「…そうか。」

しばらく黙り込んだままの但馬が思わず声を出して呟くと、隣でハンドルを握る朝山が「何か分かったんなら、共有しましょうね!」と釘をさすように喚いている。

「これから裏付けを取れたら、教えてやる。」とりあえず、それだけを返した。

その推測が当たっていたとして、どうやって証拠を掴むというのか。よく考えねばなるまい。

「だいたい、但馬さんはいっつも『報・連・相』が微妙なんですよ…」と喚いている朝山に適当に相槌を打ちながら、但馬は腕を組み、深く助手席に沈み込むと、今後の自分たちの出方を検討し始めた。


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