第12章
「さて、刑事さんは月岡芳年という人物をご存じかな?」
突然何の脈絡もなく目前の相手に振られた話題に、但馬は戸惑う。
「月岡…何です?」
「月岡芳年。江戸時代末期から明治にかけての動乱の時代を生き抜き、浮世絵最後の巨匠といわれた絵師です。」
今まで揺摩とじっくり話したことはなかったため、無口で口下手なイメージだったが、どうやらこと絵画に関してでは饒舌になるらしい。
その滑らかな口調は俯きがちにぼぞぼそと話していた人物とは別人のようだった。
先ほどから表情も穏やかで、生き生きとしている。
揺摩の変化に内心驚きながら、但馬は答えた。
「あいにくと、学がないもので存じ上げませんがね。その月岡何某がどうだっていうんですか。」
但馬の苦い顔にも揺摩は動じない。にっこり笑いかけると「草摩師匠はこの月岡の浮世絵が大好きでしてね。」と懐かしむように目を細めた。そうやって感情を露わにする様子を見るにつけても、本当に別人のようだ。
「師匠は油絵をやっていましたが、日本画や浮世絵にも興味があって、資料もたくさん持っておられたんですよ。」
「ああ。滝村草摩氏はもともと西洋画家だったが、浮世絵や日本画を学び、その技法を西洋絵画に取り入れることで評価を得た。と、いうことでしたね。」
「よくご存じですね。」
揺摩はそう言うと作業机を離れ、背後の壁際にずらりと並ぶ本棚に近づいた。そして、「ああ、これだこれだ。」と呟きながら一冊の本を抜き出して但馬に示して見せた。
『浮世絵コレクション 月岡芳年』という題のカラー印刷された画集のようだった。その中の一ページを但馬にも見えるようデスクの上に開いて見せた。
「僕が説明するよりも実際に作品をご覧頂くほうが良いかな?…これが芳年の作品です。」
そう言われて覗き込んだ画集に載っていた絵は、何とも不気味なものだった。
浮世絵独特のタッチで二人の男がカラーで描かれているのだが、中央にいる男がもう一人の男を足下に引き倒して、踏みつけている。
それだけであれば英傑の捕り物の一場面とも見えただろうが、問題は、踏みつけられた男がその顔の皮を力任せに引き剥がされていたことだ。
引っ張られた皮に合わせて周囲の肉まで剥がれており、顔の造形はもはやいびつに歪んでいる。
踏みつけられた男からは夥しい出血が見られ、生々しい手形が踏みつける男の足につけられていた。
不気味で凄惨な絵に言葉を失っていると、揺摩が穏やかな声音で解説を入れる。
「この絵は『英名二十八衆句』といって、二十八衆句の名が示す通り、歌舞伎の一場面を一枚の絵にあらわし、それが全部で二十八枚造られている。
要するにシリーズものの一枚だね。
二十八枚それぞれモチーフが異なっていて、これは「直助権兵衛皮剥ぎの図」。
ああ、直助権兵衛というのは歌舞伎『四谷怪談』に登場する悪役の一人で、ここに描かれている場面は、直助が自分が殺した相手の素性を隠すために、顔の皮を剥いでいる場面だ。
作者・月岡芳年、本名、吉岡米次郎は歌川国芳という浮世絵師のもとに十二歳で弟子入りし、三年後に早くも処女作を発表した才能ある人物だそうでね。
この『英名二十八衆句』は慶応二(一八六六)年に発表された。
その時彼は二十八歳で、兄弟子である落合芳幾との合作という形で、歌舞伎における残酷シーンを絵画化した作品なんだ。
芳年はこの作品で一躍人気絵師となり、「血まみれ芳年」と呼ばれたとか。」
「血まみれ…ねぇ」
江戸時代でも刺激の強いものや、恐ろしいものを見たい、聞きたい、と求める民衆の心理は現代とそうそう変わりないということか。
但馬の呆れとも嫌悪ともつかない微妙な表情をよそに、揺摩は「それからこちらは」とさらに画集のページを繰る。
次にあらわれたのは、一人の男の上半身を描いたものだ。
当時の有名な人物なのだろうか。
背景にくずし字で何事か書き込まれているようだが、但馬には全く読めない。
それよりも目を引くのは、その男の腹部だった。画面下部に描かれたそれはなんと、ざっくりと大きく裂け、大量の臓腑が飛び出していた。
こちらも当然のように「血みどろ」である。
内臓を飛び出させながらも、男は空中を雄々しく睨みつけている。しかし、顔面には既に死相が現れはじめ、顔の一部は薄い緑色に、唇や口内は紫に変色している。
こちらも相当に陰惨だ。
顔をしかめる但馬に、揺摩は変わらず穏やかな調子で語り続ける。
「『魁題百撰相』だ。
先ほどの『英名二十八衆句』と同じくシリーズもので、これは「冷泉判官隆豊」と言って、その名の通り冷泉隆豊という人物が切腹を遂げた場面をリアルに描いた傑作だね。」
解説する揺摩の声が次第にうれしそうに聞こえてきた。
月岡芳年を好んだのは、草摩氏だと話していたが、師だけでなく彼もまた月岡の作品が好きなのだろう。
「おいおいおい。この月岡とやらはこんな絵ばかり描いてたってのか。まったく、いくら民衆の受けがいいからって、趣味が悪いにも程があるだろう。」
揺摩のくだけた物言いに但馬の言葉遣いも次第にくだけたものになっていく。
「まさか。「血みどろ絵」が受けて有名になったことから、芳年といえば血なまぐさい凄惨な絵を描く人物というイメージがついてはいるが、武者絵や役者絵も多く残しているよ。
特に武者絵なんかは、師匠の歌川国芳の技法をしっかりと受け継いで、華やかで大胆な構図で表現されていてね、こちらも傑作ぞろいなんだ。」
「グロ専門の絵師ではない、と。」
「そう。多彩な絵を描いていたんだよ。
ただ、そんな武者絵も明治になると売れなくなってしまったようで、以降は活躍の場を新聞にも求めていったようだけどね。」
「ん?新聞に浮世絵を載せんのか?」
「おかしいかい?でも新聞は、かつては瓦版と呼ばれ、起こった出来事を文字と挿絵であらわしていた。
そのことを考えると、写真が一般的に普及するまでの間、新聞紙上で事件の概要をわかりやすく絵で表現することは不自然ではないだろう。その絵を有名な浮世絵師が手がけることもね。」
そういわれれば、そんなものか。
「明治七年に「東京日日新聞」に芳年の兄弟子、落合芳幾による新聞錦絵が発行されると、これに競うように翌年には「郵便報知新聞」に芳年筆の新聞錦絵が発行されたそうだ。
で、当時発行された芳年の新聞絵が、これだ。」
そう言って見せられたページを目にした但馬は、画集から顔を上げ、うらめしそうな表情で揺摩を見やる。なんだかんだと説明をたれたくせに、
「やっぱり、血みどろじゃねえか。」
揺摩は但馬の反応に嬉しそうに「そう。やっぱり、「血みどろ」なんだ。」と頷いた。
このやろう。
そこに描かれていたのは一組の男女だ。
男が倒れこむ女の腕を掴み、反対の手で刃物を振り上げている。
女の背後の壁には大きな血痕が飛んでおり、床まで流れ落ちている。
まさに犯行現場といった様相を呈しており、不穏極まりない。
「美しく繊細な花鳥風月や、勇壮な武者絵も描いているけれど、やはり芳年の根底には、「血みどろ」に人間を描くことでリアリティを追求しようとする姿勢があるんだろうね。」
「実際に陰惨な犯行現場を目の当たりにする警察官の俺としちゃ、絵ぐらいはリアリティなんぞの追及より、もう少し明るく楽しいもんにして欲しいと思うがね。」
「但馬さんはそう思うかもしれないね。でも、芳年は人間が行う残忍な所業の瞬間や、殺される寸前のリアルを追求したんだろうね。
先ほどの「魁題百撰相」シリーズは芳年を代表する傑作でもあるけど、このシリーズの素晴らしさは芳年自身が官軍と彰義隊が戦った、上野の戦場を駆け巡り、戦争の酸鼻を写生したからだといわれているんだ。」
揺摩の説明を聞いたとたんに、但馬の目に鋭い光が宿った。
「おう、それよ。聞きたかったのはよ。
あんたたち滝村派がよく知る、良秀。そいつもリアリティの追求を目指し、そのために実際に目で見たものを描くことにこだわったんだろう?
芥川の『地獄変』では実の娘を犠牲にしてまで、実際に目にしたものを絵にすることに執着した様子が描かれていた。
だが、良秀の他にも月岡芳年の「血まみれ」のように、写実性にこだわる絵師はいるってことか?良秀・芳年をはじめとして、狂気に走る画家は珍しくない、と?」
才能のある画家の中には狂気や執着が潜んでいる。
ことによれば、それが殺人事件の動機につながることもある、と?
それが言いたくて、こんな画集まで引っ張り出して、語ってみせたんだろうか。
ところが、但馬の出した結論に対して、揺摩は首を振って否定する。
「違うんだ。そうではなく、逆なんだよ。」
「逆?」
「確かに芳年はリアルな描写でグロテスクな作品を次々と発表し、注目を浴びたんだろう。だが、グロテスク云々は置いておいて、リアルを追求したいという衝動は、画家であれば誰しも持っているものなんだよ。その気持ちの大きさに個人差はあれどもね。
例えば、抽象画で有名なパブロ・ピカソ。
彼の作品は写実性とはかけ離れていると思われがちだけど、一方で彼の残したデッサンの中には非常に写実的で、精緻なものが多かったそうだ。
また芳年の師、歌川国芳は、有名な巨大骸骨の描かれた浮世絵『相馬の古内裏』を描くために解剖書を参考に人間の骨格の構造を学んでから描いたとも言われている。
そうやって、古代から現代に至るまで、さらに洋の東西を問わず、絵描きというものは写実性にこだわる生き物だと思うよ。
まあ、ここで絵画における写実性や写実主義の話に深入りしてしまうと、西洋絵画史について長い講義を聞いてもらうことになってしまうから、ここでは割愛するけどね。」
…おう、そうか。で?
結局、何だって?
「目に映るものをそのまま描きたい、と考える絵描きの性根はみんな一緒だ、と?」
「まあ、そういうこと。
但し、ここが肝心なんだけど、どんなに才能に溢れた有名な画家であっても、写実性を求めるあまりに実際に人を殺しました、なんてことはしないんだよ。」
「…ほう。そうつながるのか。」
揺摩は頷き続ける。
「そうつながるんだ。傑作を残す絵描きは数多くとも、彼らが絵画のために非人道的な行いをしたなんて話をきいたことがあるかい?
現に先程まで作品を鑑賞してきた芳年にしても、あれほど凄惨な作品を残しながらも、彼自身が人を害した記録は一切ない。
せいぜいが、戦場を駆けまわって写生をしたという逸話が残っているぐらいだね。
つまり、良秀のような行いをする画家は、現実にはいないんだよ。『地獄変』はあくまで、古典作品を参考にした芥川のフィクションだ。
現実にそんな人間はいかった。だからこそ、こうして良秀という狂人の物語が珍しがられて、後世まで語られたり、「良秀のように写実的に描くことを目指せ」なんて、ある画家一派の信条にされたりするんだろうね。」
揺摩は滝川派の信条を引き合いに出して苦笑する。




