第11章
翌日、但馬は錬磨の亡くなった例の山荘を訪れた。
一晩あれこれと考えた結果、城崎の助言の通り、今回の事件の関係者の中で最も気になる人物に会うことに決めたのだ。
その人物は、滝村揺摩だった。
彼は現在、例の山荘の持ち主であり、そこを自分のアトリエとして使っている。
そこに寝泊まりして創作することもよくあるそうだ。
今日も件の山荘で創作に励んでいるそうで、会って話がしたいと告げたところ、山荘まで来てくれ、とのことだった。
山荘に赴く前に、但馬はもう一度、所轄の刑事による事情聴取の調書を確認した。
しかし、揺摩の証言に不審な点は見つからなかった。
但馬自身もこれまでに二回、彼と直接会って話を聞く機会があったが、不審な様子はなかった。
ただ、彼は非常に無口で、斗摩や詩織が主に受け答えをしていたために、彼自身の印象がとても薄いのだ。影の薄い男。だが、それだけでない何かを、揺摩からは感じてもいる。それは…
『良秀にならねば。』
あの発言だろうか。
「良秀」が古典作品に登場する絵師だということは調査済みだった。自分の作品のために娘を犠牲にした狂気の絵師。それを滝村派が目指していたとしたら…。
但馬には、昨夜からある憶測が浮かんでいる。常識で考えればありえない憶測だ。
それは、「作品のために、揺摩と斗摩の若き天才画家が、兄弟子を手にかけ、何らかのアリバイ工作を施したのではないか。」というものだった。
例えば、人の死ぬ瞬間を描きたいと、二人が強く願ったとして、同門の迷惑な兄弟子をその題材のために殺害した…そんな可能性はありえないだろうか。
それこそ、良秀のように、実際に死んだ人間を目にして、作品のリアリティを演出したいなどと、考えたのではないだろうか。
一般の人間にとってはありえない動機だ。だが、滝村派の目指すものが「良秀」である以上ありえない話ではないのではないか。
この疑念を晴らすために、但馬は直接、揺摩に聞いてみることにしたのだ。作品のために兄弟子を手にかけたのか?と。
揺摩はどんな反応を返すだろうか。
激怒するだろうか。
戸惑うだろうか。
馬鹿な想像だと嗤い飛ばすだろうか。
下手を打てば名誉棄損で訴えられるようなことを聞くのだ。こちらも覚悟を決めて臨まなければ。
そんなことをつらつらと考えているうちに、揺摩の山荘に到着した。
乗って来た車を玄関前のスペースに停め、入り口の扉を開けておとないを入れる。
奥から現れた揺摩は「ああ、どうも。」と言葉少なに但馬を出迎えると、リビングのさらに奥、階段を通り過ぎた先にある部屋に但馬を案内した。
かつては師のアトリエであったその部屋は、現在は揺摩のアトリエとなっているそうだ。
室内はアトリエの入り口から、奥に据えられた作業机まで大小様々なキャンパスが置かれていた。
足を踏み入れると、木と油絵の具の匂いがする。
壁際には本棚が並び妙な圧迫感がある。窓のカーテンは全て開けられているのだが、なんだか、部屋全体が薄暗い。
ほの暗い部屋の端には、筆や絵の具、水入れの他にも、但馬には名前も分からない絵描きの道具が置かれている。
部屋の奥に鎮座する年季の入った大きな作業机。
その傍の壁際には山荘らしく暖炉がきってあった。
今は暖炉に火は入れられていないが、空調が効いているのか部屋全体は暖かい。
暖炉の前には丸椅子が一つ、作業机と向き合うように用意されていた。
揺摩に促されるままに但馬はその椅子に腰かける。揺摩は但馬と向かい合う形で、作業机の椅子に座った。
「それで、お話とは?」
揺摩が長めの前髪の向こうから、こちらを伺いつつ、静かに問いかけた。
但馬はひとつ息を吸い込んでから、意を決して話を始めた。
「まずは、今回の練磨氏の件に関してのご報告から…。捜査の結果、錬磨さんの死亡については、不幸な事故との結論がだされる見通しです。」
「…そうですか。」
揺摩は何もない机の上に視線を落とし、興味がなさそうな反応を返すのみである。それでもかまわずに但馬は続ける。
「ただ、私個人の見解は少々異なっています。今日は、私の個人的見解について、揺摩さんのご意見を伺いたく、参りました。」身を乗り出す勢いで、一息に語ると、揺摩もようやく僅かな興味を持ったのだろうか。
顔を上げ、「僕の意見、ですか?」と不思議そうに尋ねた。
「はい。先日、あなたがおっしゃった、『良秀にならねば』という言葉、あれは滝村派の信条なのだと理解しました。
気になって調べてみたところ、「良秀」とは古典作品に登場する狂気の絵師だということがわかりました。
あなた方はそんな人間を目指しているという。そこで、私には一つの仮説が浮かんでしまいました。」
但馬はそこで言葉を切り、唇を舐める。そして思い切って、自らの考えをぶつけた。
「あなたと斗摩氏は現在の芸術界では若き天才と言われている。
その二人の天才が、人間の「死」をテーマに創作をしようとした時、「良秀」のように実際にその目で「死」を見てみたいと考えたのではないでしょうか。
そして、あなた方は芸術のために、自分たちにとって最も迷惑な人間であった、兄弟子を手にかけた。……違いますか?」
さあ、何と答える?
但馬の手はいつの間にやら強く握りしめられており、彼の緊張を表していた。
但馬は鋭い視線で目の前の揺摩を観察する。そうして彼の狼狽や動揺を見逃すまいとした。
しかし、揺摩の反応は、但馬の想像したものとは大きく異なっていた。
彼は、激怒するでもなく、戸惑うでもなかった。また、但馬の推測を馬鹿な妄想とあざ笑うこともしなかった。
彼は、この時、しっかりと但馬を見据え、ぽつりと「なるほど。」と呟いたのだった。
想定外の反応に、但馬が一瞬、躊躇した。そこに重ねるように揺摩が言う。
「なるほど。刑事さんは、芸術家をよく知っておられる。」
「では、この推測をお認めになる、と?」
「ああ、違いますよ。その推測は残念ながら誤りです。
でも、刑事さんも、よくよく考えた上でその推測を僕にお話しされたようですから、僕の言葉だけでは簡単に納得されないでしょうね。
…ううん、そうだなあ。では、刑事さん。少し、僕の話を聞いてくれますか?」
揺摩はにこりと微笑むとそう提案した。
但馬は肩透かしをくらったような気持ちで、とりあえず頷くしかなかった。




