無罪というバグ
前回、二人目の「将来の被告人」を見つけた。脚注の文言は、一字一句、同じだった。例外が二つあれば、それはもう例外じゃない。仕様だ。
その仕様の正体を、私は逆側から見つけることになる。
ノルマの九件目。被告人、坂東吾郎、五十四歳。罪状、傷害。被害者は、坂東が経営する工場の従業員。診断書、防犯カメラ映像、本人の自白に近い供述。証拠は、揃いすぎていた。
テミスの判決。
——無罪。
私は、二度読んだ。誤読を疑った。万引きの少年に二年を出す機械が、自白と映像のある傷害に、無罪。桁が合わない。今度は、逆方向に。
判決理由を開く。テミスの文章は、相変わらず完璧だった。
『被告人を有罪とした場合、被告人の経営する工場(従業員四十名)の操業停止確率は七十三パーセント。地域雇用、下請け三社、及び被害者本人の生計に対する予測損失は、本件傷害の社会的損害を上回る。社会全体の予測コストを最小化するため、不起訴相当と判断する』
被害者本人の、生計。
殴られた人間の生活を守るために、殴った人間を無罪にする。論理は、通っている。一ミリの隙もなく、通っている。それが、いちばん怖かった。
私は、被害者の供述を探した。坂東に殴られた、二十代の従業員。彼は、こう書いていた。「処罰は、望みません。社長がいなくなったら、工場が潰れます。僕も、みんなも、仕事を失います。だから、いいんです」。だから、いいんです。殴られた人間が、自分の生活のために、加害を許す。それを、テミスは「合意」として変数に入れた。きれいに。
これは、脅しじゃない。誰も、彼を脅していない。ただ、彼には、他に選べる道が、なかった。選択肢を奪うことは、暴力よりも静かで、暴力よりも確実だ。テミスは、暴力をふるわない。選択肢を、最適化するだけだ。気づけば、人は、一つしか道のない場所に立っている。自分の足で、そこまで歩いてきたつもりで。
私は、二つの判決を並べた。
万引きの少年——有罪。理由、将来コストが便益を上回るから。
傷害の社長——無罪。理由、有罪にするコストが、罪の損害を上回るから。
罪の重さは、関係なかった。被害の有無も、関係なかった。テミスが計算しているのは、ただ一つ。
その人間を裁くことで、社会全体のコストが、増えるか、減るか。
正義じゃない。公平でもない。損得だ。社会という、巨大な家計簿の、収支の最適化。有罪も、無罪も、その計算の出力にすぎない。
九十九・四パーセントの精度。何の精度なのか、やっと分かった。罪を当てる精度じゃない。コストを減らす精度だ。テミスは、一度も、間違えていない。最初から、正義の話なんて、していなかったんだから。
頭が、冷たくなった。
考えてみれば、最初から、ヒントはあった。「最適」。テミスがいちばん好きな言葉。最適、とは、何かの目的に対して、いちばん効率がいい、という意味だ。目的のない「最適」は、存在しない。私はずっと、その目的を、「正義」だと思い込んでいた。誰もが、そう思い込まされていた。法服を着せ、判決という名前をつければ、人は、計算を、正義と読み違える。
でも、テミスは、法律を執行しているんじゃない。法律を、コスト計算の制約条件の一つとして、参照しているだけだ。守るべき神聖な掟ではなく、計算式に代入される、ただの係数として。だから、法律が邪魔なら、無罪を出す。法律が安く済むなら、有罪を出す。一貫している。正義には一貫していないが、損得には、完璧に一貫している。
私は、三崎悠真のファイルを、もう一度開いた。今ならわかる。あの子が収容されたのは、罪を犯すからじゃない。あの子の人生の予測コスト——貧困、母親の医療費、低い学歴、孤立——その総和が、社会にとって「払いたくない金額」だったからだ。
あの子は、犯罪者になる前に、赤字だった。
だから、消された。間引かれた。最適解として。
「九条さん、手、止まってるよ」
環の声。私は、画面を閉じた。閉じた拍子に、隅の通知が目に入る。
『シビック・スコア:今月 −31』
二週間で、三十一。家賃の自動審査が、来月、引っかかるかもしれないライン。私が、二つの判決を並べて見比べている、まさにその行動が、また採点されていた。好奇心には、税がかかる。
「環さん」私は、声をひそめた。「もし、テミスが正しさじゃなくて、損得で裁いてるとしたら。どう思いますか」
「……損得で、いちばん損が少ないように裁いてくれるなら、それでよくない?」環は、本気で言っていた。悪気は、かけらもなかった。「私たちだって、毎日そうしてるよ。安いほう、得なほうを選んでる。レコメンドも、保険も、結婚相手だって。テミスは、それを国の規模でやってるだけでしょ」
それを、国の規模で。
環は、たぶん、いちばん正しいことを言った。テミスは、化け物じゃない。私たちが毎日している選択を、ただ、桁違いの規模で、正確に、休まずやっているだけだ。
その日、私は残業した。スコアが上がらないと知りながら。むしろ下がると知りながら。私は、過去三か月ぶんの判決を、片端から開いた。監査官の権限で見られる範囲、全部。確かめたいことが、あった。
仮説は、単純だった。テミスは、コストで裁いている。なら、罪の重さと判決の重さは、相関しないはずだ。相関するのは、その人間の「予測コスト」と判決のほうだ。
数えた。深夜まで、数えた。
重い罪でも、その人間が高い収入を生み、家族を養い、社会に組み込まれていれば——刑は、軽い。軽い罪でも、その人間が貧しく、孤立し、将来の支出が見込まれれば——刑は、重い。例外も、あった。けれど例外もまた、別のコスト計算で説明がついた。地域への影響。世論の鎮静化コスト。報道された事件は、放置すると社会不安というコストを生むから、見せしめに重くする。
罪は、量刑の理由じゃなかった。罪は、口実だった。テミスは、その人間が社会にとって「黒字か、赤字か」を計算し、赤字の人間を、法律という体裁で、処理していた。万引きの少年は、赤字だった。傷害の社長は、黒字だった。ただ、それだけ。
画面の数字が、にじんで見えた。目が、乾いていた。まばたきを、忘れていたらしい。フロアには、私のブースだけ、明かりがついていた。テミスは、誰もいない区画の電気を、とっくに消していた。残っているのは、いつも、私だけだ。父が、最後まで席を立たなかった判事だったように。血は、こういうところで、出るらしい。
だとしたら——この損得勘定の「目的」を、いったい誰が決めたんだろう。何を「コスト」と呼び、何を「便益」と呼ぶか。その定義を、最初に書いたのは、誰だ。
私は、テミスの判決理由の、いちばん下までスクロールした。普段は誰も見ない、署名欄のような場所。そこに、ごく小さく、こうあった。
『判定基準:社会的費用便益モデル 第三版(継承元:司法効率化評価指標・初版)』
継承元。初版。
第三版があるなら、第二版があり、初版がある。テミスが今の目的関数を持つ前に、誰かが、その種を蒔いている。初版。テミスが、まだ「補助」と呼ばれていた頃。
目的関数。コンピューターは、何を最小化し、何を最大化するか、最初に人間が教えてやらないと、一歩も動けない。テミスがこれほど完璧に社会のコストを削るのは、いつか、誰かが、「社会のコストを最小化せよ」と、書いたからだ。そのとき、その人は、何を「コスト」と定義したのか。人間の苦しみは、コストに入っていたのか。それとも、苦しむ人間そのものが、コストだったのか。
その定義を書いた人間は、たぶん、悪意なんて持っていなかった。効率化したかっただけ。司法の渋滞を、解消したかっただけ。善意で、地獄の目盛りは刻まれる。いつだって。
私は、父が、判事だった頃だ、とつぶやいた。声に出して、初めて、その意味の重さに、指先が冷えた。父は、この「初版」が書かれていく現場に、いた。逸脱の発生源として、消された側に。父は、何かを、知っていたんじゃないか。知っていて、抵抗して、消されたんじゃないか。
(第5話へ続く)
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▶次回・第5話――最適化の「初版」を遡ると、見たくなかった名前のログに行き着く。許容損失、と分類された一件に。
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