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殺戮者には真実を、英雄には嘘を6

 日没から三時間が経った。

 あれほど賑わっていた街は、今、完全に沈黙していた。

 道行く人は誰もいない。立て続けに殺人事件が起こり、次は自分の番だと思って、娼婦たちは商売を放り出して屋内に立てこもってしまった。隣の店の窓のカーテンの隙間から、何人かがこちらを窺っているのが分かる。街角を見やると、見える範囲だけでも数人の憲兵団が配置されており、この事件に対する憲兵団の力の入れようが分かる。

 違和感が、なお、強くなる。


「どうして、今になって……」


 さっきの憲兵の言葉が蘇る。

 この事件、どうして今になって、憲兵団が乗り出してきたのか。

 それに、気になる点は他にもある。

 しかし、そんなに考え込んでいる時間はなさそうだ。

 深呼吸して、周囲を見回す。静まり返った街の中で、陽気に輝くネオンの光が今は虚しく、声を失った街の闇を際立たせているようだった。

 俺たちは大通りの真ん中に立って向かい合っていた。隣にはレオン、向かいにはユミカとシャルロット。これから俺がやろうとしていることを、みんなに説明しようと口を開く。


「ユミカ」


 呼びかけると、何も言わずに俺の目を見てくる。俺はその黒い瞳を見つめ返して聞いた。


「お前の剣で、殺戮者の声とその居場所を割り出せるか?」


 ユミカが残念そうに首を横に振る。


「無理よ。今、多くの意識が私たちに集中していて、一つ一つの意識の強さが大きいから、知ってる人の声なら何とかなるけど、知らない人の声までは識別できそうにないわ」


 無理もない。あれだけ啖呵を切ってしまったんだもんなぁ。礼拝堂で神官の剣を叩き折ったときよりも、街のみんなにとっては衝撃的だっただろう。

 今、この街は非常事態で、命がいとも簡単に消えていき、しかも、犯人は貴族である以上、ノーブレードは誰も逆らえない。

 この事態を覆すには、完全なイレギュラーが不可欠だ。

 その可能性を、俺たちは一身に背負っている、いや、背負うように俺が仕向けたのだ。

 この事件の結末が、革命の引き金となることを見込んで。


「じゃあ、しょーがないなぁ」


 俺は頭をかきながら、レオンへと視線を流した。

 レオンは、ため息をつきながら、背に隠していた衣装を二つ持ち出した。


「はい、これ」


 黒いほうをユミカに、赤いほうをシャルロットに差し出す。

 二人とも、きょとんとしながら俺を見る。


「これ、何?」


 二人が胡散臭そうに俺を見る。

 咳払いをしてから、答える。


「エロい衣装だ。娼婦の皆さんから借りた」


 その瞬間に、シャルロットの神速の蹴りが飛んできた。

 顔面にもろにくらってのけぞりながらも、俺は踏みとどまって前を見る。


「ま、待て待て。この状況下にも関わらず、俺が変態なことを考えていると?」

「うん」


 即答するユミカ。


「あたりめぇだろ!」


 激怒するシャルロット。

 なんか俺、泣きたくなってきたな……。

 あまりに不当な評価をくらって、目じりに涙をためながら俺は言った。


「まぁ、もういいよ。誤解されたままで」


 それより、もっとひどいことを、俺は言うから。


「二人に頼みがある」

「エッチなことでしょ?」


 ユミカが呆れ果てた目で俺を見る。こういうときだけ、剣の能力を使わずに思い込みで話すのやめてくれませんか、ユミカさん。

 抗議の目を向けながら、首を横に振った。


「囮になってくれ」


 二人の顔つきがさっと変わった。二人の俯いた顔を覗きこむのが怖い。その震える口が次に何を紡ぐかが怖い。自分が話していることの卑劣さと、信頼の崩壊に息が詰まりそうになりながらも、続けた。

 次の朝日が昇るまでに、決着をつけたい。なら、迅速な解決はこの方法しかないように思えるんだ。


「……今回の事件、さっき街のみんなから仕入れた情報から、気になる点は幾つかある。例えば、憲兵団が急に調査に本腰を入れ始めたこととかね。分からないことが多すぎる上に、ノーブレードには噂程度の情報しか集まっていないから、どの程度正確かも分からない。けれど、分からないことにばかり目を向けていたら、何も始まらないし、俺たちには時間がねぇ。ジェーンが、いつ何時、殺人鬼と遭遇するか分からない。これまでの事件で全て共通しているのは、一つのみ。犯人は、娼婦をターゲットに選んで殺人を繰り返している。娼婦に一体何の恨みがあるかは全く分からないが、その行動パターンだけは明確だ。だから、犯人をおびき寄せるための最も効率的な方法は……」

「あーあ、分かった分かった」


 シャルロットは、うんざりとした声を出してため息をついた。俺はぎくりとなって、シャルロットを見る。罵られて当然だと思う。仲間を利用すると公言しているんだからな、今の俺は。


「んなこと、あたしも最初から考えてたっつうの」


 あくびが出るぜと言わんばかりの表情で、赤い瞳は俺を見る。


「さっさとやっちまおうぜ」


 きししと白いを歯を見せて笑う。その豪快さに呆気に取られた俺は、横のユミカを見る。ユミカは俺を見ながら、小さく笑った。


「ちなみに。私たちが囮を断っていたら、どうするつもりだったの?」


 ユミカはちょっぴり意地悪そうな笑みを浮かべる。俺は大きく頷いた。


「そんときは女装するさ。レオンがな」


 ええっと、このときばかりは大げさに反応するレオン。俺たちは少し笑い合ってから、円陣を組んで、互いに顔を見合わせた。俺はそれぞれの仲間の顔を見ていきながら、言った。


「今この瞬間が、これからノーブレードがどうあるべきか決まる分岐点だと思っていい。不条理に沈黙するこの街が、ノーブレードの姿そのものだと思っていい」


 周囲を見回す。月光を弾き返すほどの数多の輝きを放っていながら、この街はたった一つの狂剣に怯え、一切の声を失った。俺たちを照りつけるネオンに羽虫が群がり、そのまま燃え尽きて落ちていくのを横目に捉えながら俺は言った。


「身も心も奴隷になるか、剣を取り戻して偉大な反逆者になるか。もちろん、お勧めは後者だ。そのために、俺はお前たちの命を借りる。だから、何があっても、俺がお前たちを守る」


 やはり、心のどこかに仲間を囮にする恐怖があって、一気にまくしたてた。


「馬鹿じゃねぇの」


 シャルロットが笑い飛ばす。


「バルナだけに背負わせねぇよ」


 何よりも、頼りになる言葉だった。

 笑って、息を吐いて、心臓の鼓動を確認した。

 うん、大丈夫だ。

 全員の顔を見た。


「よし、始めるぞ」



 路地裏で着替えたユミカとシャルロットが、大通りの真ん中に立つ。俺とレオンは路地裏に身を隠しながら、二人に近づいてくる不審者を見張る。

 ユミカもシャルロットも、肩をはだけた大胆な服を身にまといつつ、腰に剣を帯びたその姿は青白い月光を浴びて、美しかった。見とれていると、頬を思いっきりつねられた。


「いででで」

「全く、本当にこの非常時に何考えてるんだか、バルナは」


 レオンが本日何度目かのため息をつく。


「うるせぇ、おとぼけやろう。お前に言われたくはねぇんだよ」


 頬をさすりながら言うと、白髪の少年はふざけた笑いを浮かべてから、壁に背を預けて青ざめた月を仰いだ。


「バルナ……」

「なんだよ」

「君は何がしたいんだ?」

「なんだよ、いきなり」

「いいから答えろよ。偶然取り戻した強大な力で、周囲を積極的に巻き込んで、恐らくは多くの血を流すに違いないのに、それでも君は前に進もうとする。なぜだ?」


 レオンの声はやけに澄んでいて、顔は真剣そのものだった。

 こんな感じの問いを、前にも一度されたことがあった。そのときもこいつが本当に真剣だったことをよく覚えている。

 そんな相手にはこちらも真剣に答えるということ以外に、俺は術を知らない。


「世界は、汗を流して直接世界を支えている者たちで、動かしていくべきだ。それが今の世界の仕組みでできないのなら、きっとその世界に正しい朝日は昇らない。だから、俺が、引きずり出してやるんだよ。真実を、正しい朝日の下に。それを見せて、ノーブレードのみんなを革命へと導く」


 レオンは月をそのまま飲み込んでしまおうとでもいうように大きく、とても大きく息を吸った。こちらに向けられた顔は、青ざめていた。


「君は大きなはき違えをしているよ。ただ、真実だけを見せたところで、誰もそこから何かの意味を感じ取ることはできない。真実に意味を見出すためには、味付けとして物語が必要だ」


 レオンの目は俺を見ていない。俺の後ろ、遥か遠くの何かを見ている。それは、あのとき、レオンが剣を取り戻したときと同じ表情だった。


「真実を偽らずとも、君が語る物語によって、多くの嘘が生まれ、犠牲が生まれる。バルナ……、何を見ても、何を犠牲にしても、誰を裏切っても、誰を騙しても、君はこれから自分で語る物語に殉じなければならない」


 はっきり言って、ほとんど意味が分からなかった。いつもあほ面のレオンが珍しく真剣な顔をして(しかも、こういうときのこいつは無駄にかっこいい)、小難しい言葉を並べて何かを訴えている。分かるのは、レオンが今の状況を懸念していて、俺に今後の覚悟を問いただしているということだけだ。

 それに対して、俺ははっきりと言うことができる。


「自分の運命に、意志に、言葉に、俺は殉じる覚悟だよ。この、剣にかけて」


 レオンは無表情になってから、顔を逸らして呟いた。


「……は、……しておくべきだった」


 よく聞き取れずに耳を近づけようとして、大通りの方角からの音に気がついた。足音だ。軽い足取り。

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