殺戮者には真実を、英雄には嘘を7
思ったより早く終わりそうなので、今日から1エピソードずつ毎日投稿していきます。書き終えているところまで、どうかよろしくお願いいたします!
弾かれたように路地裏と大通りの境界ぎりぎりまで俺たちは移動した。
窺い見た先に、人影が一つ見えた。月光をなでるように片手を天に上げて手首を揺らしている。その服は元が何色かも分からなくなったほどに赤黒く汚れ、その顔には何の装飾もない、平面の仮面がつけられていた。その髪も赤黒く汚れ、元が何色だったか分からない。
何より目立つのは、天に上げていないほうの片手に持った大きな鎌だった。その小柄な体の二倍はあるであろう巨大な武器を、そいつは悠々と片手で運んで、こちらに向かってくる。
さすがのシャルロットも異様な姿に一歩後ろに下がる。周囲の店内からこちらの様子を窺っていた人たちは、カーテンを引いて中に隠れた。向こうから様子を見ていた憲兵が、情けない悲鳴を上げた。
「まさか、本当にまだ……? 知らねぇ、俺たちは何も知らねぇぞ!!」
あろうことか走って姿を消した。しかし、その言葉からして、この一件、やはり憲兵団はノーブレードが持っている以外の情報を持っているのは間違いなさそうだ。
俺は叫んだ。
「ユミカ!」
「はい!」
「さっきの憲兵を追ってくれ。追いつかなくてもいいから、その剣でやつらが知っている情報を盗み聞きしてくれ! 得体が知れない上に、こいつに対する情報が不足しすぎている。頼む、この役目をやれるのはお前しかいない」
「……分かったわ」
ユミカは小さく頷いて、走り出す。
「……レオン! ユミカ一人で行動させられないから……」
「……言われなくても」
レオンは俺が言う前に、ユミカの後ろについて走り出していた。
戦力が減るのは痛手だが、情報が全く欠けている状態での戦闘は危険過ぎる。それに、俺とシャルロットは、戦闘向きの能力だ。二人だけでも、ユミカとレオンが戻ってくるまで、何とか持ちこたえられるはず。
そう思って前を向いた瞬間。
血で汚れ切って仮面をつけたそいつはとん、と軽い足取りで大きく前に出た。まるで、自分から地面に倒れこむような気軽さで、だが、たったそれだけでそいつと俺たちの距離は一気に縮まった。
狙われたのは、シャルロットだった。
シャルロットはその無造作な接近に呆気に取られて初動が遅れた。俺は全力で地を蹴った。無我夢中だった。守ると誓った矢先に、仲間を殺されてたまるか。
突き出した剣は、その鎌がシャルロットの首を狩る寸前に、上へと弾き飛ばした。
衝撃に手をしびれさせながら、表情が見えない仮面野郎をにらみつける。
「お前が……、ザ・サイレンスか?」
仮面野郎はぴたりと動きを止めて、俺の方に顔を向けて……。
俺へと手を振った。
呆然とした。背筋が寒くなった。殺し合いをしているような態度ではない。まるで、友達に会ったかのようなその気軽さに、得体の知れない気味の悪さを感じる。
表情を隠す仮面は、のぺっとした平面をこちらに見せつけるだけだ。全く想定していない相手の動きに、足が止まり、腕は下りた。その自分の迂闊さに気がつき、気を取り戻して剣を振り上げようとした瞬間に、月光に沈んだ街の沈黙を蹴散らすかのような猛烈な風が吹き荒れた。
赤鬼シャルロット。敵意を剥きだしにして、相手へと襲いかかる。烈火のように激しくも、その動きにはやはり無駄がなく、次から次へと斬撃を繰り出していく。
「てめぇ、このあたしを出遅れさせ、変態バルナに借りを作らせた罪は重ぇぞ!!」
余計な一言を挟みながら、相手を攻め立てるシャルロット。しかし、相手はゆらりゆらりとシャルロットの正確な一撃をかわしていく。まるで、剣にまとわりつく小さな落ち葉のようだった。
緩慢な動作で鎌を持ち上げたそいつは、それから信じられないくらいの速さで得物を振り下ろした。シャルロットが前進を止めて、受けに回る。その破壊力に、シャルロットの小さな体が後ろへと弾かれた。シャルロットが体勢を崩したのを逃さずに相手が突っ込んでくる。俺は相手の前に立ちふさがり、相手の鎌を受け止めた。
「好き勝手に俺たちノーブレードの命をもてあそびやがって……。このくそ貴族! 絶対、許さねぇぞ」
鎌を弾いてから、剣を振り上げて、渾身の力で振り下ろす。
俺の剣は剣破壊の剣。
攻撃が相手の得物に当たりさえすれば俺の勝ちだ。
しかし、すんでのところで相手は身を翻してかわす。俺はそのままもう一歩踏み込んで、下ろした剣を振り上げた。
しかし、当たらない。こうなりゃ、当たるまで攻撃するまでだ!
腰をひねって、体を回転させ、横一文字に剣を振り払う。
相手は鹿のように軽く宙を舞って、その軌跡から逃れる。相手の着地点であるわずか後方まで俺は突き進み、相手が降りてきたと同時に一太刀浴びせるが、それも信じられないくらいの柔軟さで体をのけぞらせてかわされた。
相手は上体を起こすと同時に鎌を振り上げ、俺へと振り下ろす。嫌な空を切る音を間近に聞きながら、その一撃を受け止める。
その仮面をかぶった顔が間近に迫る。そのとき、仮面から漏れる小さな声を聞いた。
「……んなさい。もう、ひどいこと……」
小さくて、聞き取れない。だが、同じセリフを何回も繰り返しているように聞こえる。
頭がおかしくなってしまってんのか? だからって、同情の余地はないけどな。
俺は強く剣の柄を握り締めて、叫ぶ。
「お前のそのふざけた仮面を剥ぎ取って、貴族を気取った殺人鬼の面をさらしてやるよ」
そして、みんなで始めるんだ。俺たちノーブレードの、これからを。
すなわち、革命を。
「シャルロット!」
「言われる間でもねぇよ」
体勢を整えて、シャルロットが再び加速する。真正面から相手に突っ込んで、それからやつが身動き取れないほどの無数の斬撃を繰り出す。不気味なほどに余裕のあった仮面野郎も、今回はさすがにふらふらしていたその動きが減って、避けるだけでは追いつかずに、すでに何回か鎌でシャルロットの剣を受け止めている。
大したもんだぜ。
俺は頼もしさを覚えながら、剣を下に構えて駆け出す。向かう先は、たった一点。
全力で踏み込み、その速度を乗せた突き。
相手はすんでのところで、シャルロットに鎌を振り下ろして彼女を後ろに退かせてから、俺の剣をかわした。かわした勢いを器用に利用してそのまま体を回転させ、大きな鎌を俺へと横なぎに振るう。ふぉんと軽い音とは裏腹に強烈な衝撃が鎌を受けた俺の剣に加わる。
動きは軽いのに、斬撃は重い。俺は一旦後ろへと下がってやつへと向き直る。
その鎌は月光を反射して輝き、その光の下で仮面野郎は首を傾げて俺を見ている。
さっきの仮面野郎の声が蘇る。
「……んなさい。もう、ひどいこと……」
月光の下でぽつんと立ち尽くし、俺を見つめるそいつは、異様で、哀れで。
……何を考えているんだ、俺は。
こいつは、ノーブレードの娼婦を殺し続けた殺戮者だぞ。
俺たちのことを家畜としか思っていないやつだ。
奮い立った俺は、再度地を蹴る。同時に、シャルロットもやつの背後から攻撃を再開する。仮面野郎はすぐに背後のシャルロットへと向き直り、踊るようにその剣をぎりぎりでかわして軽いステップを踏み続ける。しかし、シャルロットはさっきよりもさらに加速し……、いや違う。相手の動きを分析し、先読みしている。攻撃の効率が徐々に上がってきている。
仮面野郎は不規則に動いているように見えて、その動きには微妙な癖がある。かわすときはほとんど腰を回転させる。そのときの軸足は右。だから、回転方向もどこに立ち位置を変えるかもおおよそ予測できる(もちろん、俺もシャルロットの攻撃の仕方を見て気がついたのだが)。
こんな短時間で、すげぇやつだ。
俺も負けてらんねぇな。
加速していくシャルロットの攻撃を前にして、相手は動きを鈍らせていく。しかし、それでも俺の接近にはちゃんと気がついていて、鎌を大きく回転させて眼前のシャルロット、そして背後の俺まとめて弾き飛ばそうとした。
それを待っていた。
まずはシャルロットが攻撃を受けて、後ろへと弾かれる。相手は勢いを殺すことなく、こちらへと振り返り鎌は円を描いたまま、俺の体めがけて襲ってくる。俺はさっき剣を交えた経験から、それを予期していた。
相手がこちらへと鎌を向けたときにはすでに、俺は剣を振り上げていた。
俺はその鎌めがけてまっすぐ剣を振り下ろした。
「とったああああああああ!」
そう叫んだ。
手に激しい衝撃が走り、俺と仮面野郎は互いに弾かれる。
足で踏ん張り、前を見て、息をのんだ。
俺の剣を受けてなお、やつの鎌は健在だった。
目眩を覚えた。
嫌な汗が体中から吹き出る。
けれど、すぐに気がついた。
月には薄い雲がかかり、その光は弱まっている。それでも、周囲の街灯に照らされた仮面野郎の鎌にこの距離で確認できるほどの大きなひびが入っていた。
効いている。確かに、効いている。
あと、一撃だ。
その考えに後押しされて、気がつけば仮面野郎へと突進していた。
いける。いけるぞ。
俺の運命は、あいつの運命よりも、硬い。
仮面野郎は自分の鎌の傷を見て呆然として、その刃面を覗き込んだまま動きが止まっている。
やつが顔を上げたときにはもう俺は後ろに構えた剣をその鎌めがけて振り上げていた。
仮面野郎は信じられない柔軟さで自分の鎌をかばうように体をよじらせたが、その分自身の体への防御がおろそかになった。
俺の剣は、やつの顎、そして仮面へと届いた。
こつんと、軽い衝撃とともに、その白い仮面が上空へと飛ばされた。
「そいつの顔を見ちゃダメ!!」
背後から、ユミカの声が聞こえた。憲兵から情報を盗んで、戻ってきてくれたんだろう。だけど、その必要もなかったぜ。こいつはもうすぐ、俺が……。
薄い雲に隠れていた月が、再び青ざめた顔を出した。
照らし出された仮面の下の顔を見て、頭が真っ白になった。
「ジェーン……?」
仮面が地面に落ちて、乾いた音を立てた。
顎から血を流しながら、ジェーンが俺の前に立っていた。




