殺したいほど好きな相手
ザーラという男は、一言で言えば臆病者なのだ。別に、それが悪いこととは言わない。
むしろ、臆病というのは慎重であると置き換えることができるため、それは王として必要な素養でもある。
それでも、前王ほどの威厳はない。本人もそれをわかっているから、少しでも亡き父に近づこうと、日々努力をしているのだ。
「ロアにばっか気を取られてないで、ちったぁ別のことに目ぇ向けてみたらいいんじゃねぇか?」
「うるさい、これでもいろいろやっとるわ」
ゲルドの言葉も、今やザーラには届かないらしい。
思い返せばそうだ。昔から、この男はこういう奴だった。一度こうだと思いこんだら、他がなにを言おうと聞きはしないのだ。
「変わらねぇなぁお前は」
「なんの話だ?」
「いや、ただ思い出しただけさ」
ゲルドがザーラと出会ったのは数年前。ゲルドが、王都にやって来てしばらくしてのことだ。
父の知り合いだという、王子にあった。それがザーラだ。お互い、気が合ってか立場を忘れて飲み明かしたものだ。
その後父は病で死んでしまったが、二人の交流は続いた。この国でうまく立ち回るために、ザーラはゲルドのために手を尽くした。いわゆる、ゲルドにとっての恩だ。
その恩を返すために、ゲルドもザーラの頼みを聞いたりしている。今回の、ロア殺しもその一つだ。
「もう一度、奴の故郷に兵を向かわせるか……村人が、やはり隠しているのかも……」
「また同じことの繰り返しになるだけだ。やめとけよ」
ロアの故郷への進行……それは、以前一度行われたが、それは少人数の部隊でだ。
どうにも、別のところからの圧力があり、あまり大人数は動かせなかったらしい。これは、おそらくシャリーディアが一枚噛んでいると、ゲルドは考えていた。
あのときゲルドは、シャリーディアに拘束されロアたちをまんまと逃してしまった。シャリーディアも、まるでゲルドの行動を、予測していたかのような手際であった。
「くそっ、せめて居場所さえ……いや、どこへ向かったかさえわかれば……!」
頭を抱えるザーラに、ゲルドは冷たい視線を向ける。
この臆病な国王の命令で、ロアの命を狙うハメになったときは、どうしたものかと悩んだものだが……同時に、どこかスッキリした気持ちもあった。
ゲルドはロアに、嫉妬していた……自分が何年もかけて得た強さを、一瞬で塗り替えていった。自分には持っていないものを持っている彼に、嫉妬した。
ザーラから、ロア殺害を依頼されたとき……悩みこそしたが、不思議と拒絶しようという気持ちは、なかったのだ。
「ま、ロアの居場所がわかったら、言ってくれや」
「ゲルド、どこへ……」
「俺も暇じゃないんだ。あんたの愚痴に付き合ってる暇はないんだよ」
ゲルドは立ち上がり、部屋を後にする。手をひらひらと振り、外へと出る。
もしもロアの居場所がわかれば、なんだかんだ言ってザーラはゲルドに、ロア殺害を再び依頼してくるだろう。そしてそれを、ゲルドは断ることはないだろう。
長い廊下を歩きながら、考えていた。今、ロアはどこでなにをしているのか……
「今度会ったら、間違いなく、その命奪ってやるよ」
一人、呟く。ロアのことは、仲間だと思っている。仲間で、ライバルで……そして、殺したい。
こんなにも、嫉妬にまみれ、なのに憎いわけでもなく、それでも殺したい。ロアのことは好きだ……もちろん、人として。そんな風に思う相手というのは、初めてのことだった。
またロアに会えば、きっとロアは初めから警戒する。けれど、それならそれで……今度は、実力で、正々堂々と、ロアを正面から殺す。
そうすることが、自分の力の、証明となるのだ。
「はぁーあ、また会えるかわからねぇが……どうしてかねぇ。そんな予感が、するんだ。俺の勘は、結構当たるんだぜ」
遠からず、ロアと再会する……そんな、根拠のない自信が、ゲルドの中にあふれていた。
廊下を歩く、コツコツという靴の音が、不気味に響いていた。
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