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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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9/11

第9話

嵐が過ぎ去った後のような、耳が痛くなるほどの静寂が屋敷を支配していた。


先刻まで立ち込めていた殺気は霧散し


月城様が放った規格外の霊威に圧倒された朝廷の兵たちは、夜の闇へと逃げ去っていった。


結界の奥、一人で震えていた私の前に、彼がゆっくりと戻ってくる。


月明かりに照らされたその足取りはどこか危うく


いつも完璧に整えられていた狩衣の袖が、夜風に力なく揺れていた。


「……月城、様……」


私がたまらず駆け寄ると、彼は糸が切れた人形のように、その場に崩れるように膝をついた。


「月城様!」


慌てて彼を支えようと、広い肩に手を触れた瞬間、私は息を呑む。


あんなに冷徹に、神のごとき業で敵をなぎ倒していた彼の強靭な体が


小刻みに、それでいて激しく震えていたからだ。


「……すまない。酷く……怖がらせた、だろう……?」


弱々しく顔を上げた月城様の瞳には、世界を焼き尽くさんばかりの狂気は、もうどこにもなかった。


そこにあるのは、今にも消えてしまいそうなほど脆く、まるで行き場を失った幼い子供のような……


絶望的なまでに深い孤独。


そして、その切れ長の瞳の縁が赤く潤み、一筋の熱い涙が、彼の白い頬を伝い落ちた。


「月城様…泣いて、いらっしゃるのですか……?」


「……怖いんだ。君がいなくなることが、何よりも。…過酷な術の代償として、感情なんてとうに捨て去ったつもりだった。なのに、君を奪われるかもしれないと思った瞬間、胸の奥が、心臓が素手で握りつぶされるような激痛に襲われて……」


彼は私の腰にしがみつくようにして、その顔を私の腹部に深く埋めた。


帝都最強と謳われ、畏怖の対象でしかなかった陰陽師が


一人の少女に縋り付き、声を殺して泣いている。


その背中の震えはあまりにも痛々しく、胸が締め付けられるほどに愛おしかった。


「輝夜……。君なしでは、私はもう一刻たりとも生きていけない。…仕事も、名誉も、この命だって、君を失うくらいなら塵芥と同じだ。ただ、君に隣にいてほしい」


「私だけの、私だけのかぐや姫でいてくれ……」


嗚咽混じりの、魂を削り出すような剥き出しの告白。


その熱い涙が私の衣に染み込んでいくのを感じて


私の中にあった僅かな恐怖も迷いも、すべてが春の雪のように溶けて消えていった。


(ああ、私……この人のことが、狂おしいほどに好きなんだ)


最初に出会った時の強引さも、息が詰まるほどの独占欲も


すべては「愛し方がわからない」彼の、必死で不器用な叫びだったのだ。


私は彼の広い背中にそっと腕を回し、その震えを包み込むように、力を込めて抱きしめた。


「月城様……泣かないでください。私はどこにも行きません。貴方を置いて、消えたりしません」


「……輝夜……?」


「私も、いつの間にか、貴方のことが大好きになっていました。……貴方は私の、世界でたった一人の……かけがえのない、私を救ってくれた大切な人なんです」


私の拙い言葉を聞いた瞬間、月城様の呼吸が止まった。


彼はゆっくりと顔を上げ


涙に濡れた赤く縁取られた瞳で、信じられないものを見るように私を見つめる。


「……今、なんて言った……? 私の、聞き間違いではないのか……?」


「大好きです。愛しています。……だから、もう孤独だなんて言わないで。私がずっと、貴方の傍にいますから」


月城様の瞳に、鮮烈な光が灯る。


それは、相手を縛り付ける執着という名の闇ではなく、魂の底から溢れ出した純粋な歓喜の色だった。


彼は私の頬を大きな両手で包み込むと


この世で最も壊れやすい宝物を扱うような手つきで、そっと私の額に自らの額を押し当てた。


「……ああ……愛している、輝夜。この命が尽きるまで、いや、黄泉の果てまでも、君だけを愛し抜くと誓おう」


二人の間に流れる空気は、これまでのどんな時間よりも甘く、そして濃密だった。


それは、もはや逃れることのできない


重い「愛」という名の楔で繋がれた証。


もう、後戻りはできない。


私たちは、互いがいなければ決して完成することのない、たった一つの運命になったのだ。

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