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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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10/11

第10話

激動の騒乱が明けた帝都には、皮肉なほどに穏やかで白々しい静寂が戻っていた。


月城様が示した、国家を一段で灰燼に帰しうる強大すぎる力。


それに恐れをなした朝廷は


表向き「月の神子は天へと帰還した」と公式に記録することで合意した。


それはつまり、戸籍の上で私はこの世界から消え去り


名実ともに月城様という男だけが知る「秘密の存在」になったことを意味していた。


外界との繋がりをすべて断ち切り


私は彼の広大な屋敷という名の、美しくも甘い檻の深奥に匿われたのだ。


その夜、天に昇った月は驚くほどに大きく、地上を射抜くような輝きを放っていた。


私たちは、誰も立ち入ることの許されない二人きりの奥庭にいた。


狂い咲いた満開の桜が、青白い月光を浴びて、まるで白銀の薄衣のように透き通っている。


「……輝夜。あの月を見て、ふと……帰りたくなったりしないかい?」


背後から、吸い寄せられるように月城様の温かな腕が回された。


彼は私の肩にそっと顎を乗せ


消えゆく幻を繋ぎ止めようとする子供のように、私を抱きしめる腕の力をじわりと強める。


その僅かな震えに、彼の心の奥底に澱のように沈む不安が透けて見えた。


「いいえ、月城様。…私の帰る場所は、もう、あなたの腕の中以外にはありませんから」


私がゆっくりと振り返り、彼の首筋にしなやかな腕を回すと


月城様は予想外の反撃に遭ったかのように、その端正な目を見開いた。


いつもなら余裕たっぷりの微笑みで私を翻弄し


翻弄される私を愉しんでいたはずの天才陰陽師が


今は耳の先まで林檎のように赤く染め、私の視線を避けるように不器用にも俯いている。


「……ふふ。あんなに大胆に、命を懸けてまで愛を告白してくださったのに。今は、そんなに照れていらっしゃるのですか?」


「……君は、案外意地悪だね。あんな風に真っ直ぐ『大好きだ』と言われてから……私の心臓は、誇張でなく、ずっと狂ったように鳴り止まないんだ。術で抑えることさえできないほどに」


月城様は困ったように苦笑しながらも


私の腰をぐいと引き寄せ、逃げ場をなくすように密着させた。


至近距離で見つめ合う。


彼の深い瑠璃色の瞳には


夜空に懸かるどの星よりも美しく、そして底知れないほどに熱い情愛が宿っていた。


「輝夜…君はもう、名実ともに私だけの『かぐや姫』だ。月へも、未来へも、誰の手にも返さない。一生、この私の腕の中で、甘やかされ、愛し抜かれて生きていく覚悟は……もうできているかい?」


「ええ……。私を、ずっと離さないでくださいね、月城様。あなたがいない世界なら、私は消えてしまったほうがマシです」


私の決然とした答えに、彼の瞳が感極まったように潤んだ。


彼は私の頬を大きな両手で愛おしそうに包み込むと


神仏に祈りを捧げるような


至高の宝物を崇めるような敬虔な手つきで、ゆっくりと顔を近づけてくる。


「愛している。……私のこの命も、魂も、これまでに積み上げたすべての研鑽も。そのすべてを、君一人のためだけに捧げよう」


重なり合った唇からは、夜風の冷たさを容易く溶かすような、体温以上の熱が伝わってきた。


それは、かつての孤独を埋めるための執着ではなく


魂の深淵で互いの存在を認め合い、分かちがたく結びついた「深い愛の契約」。


触れ合う唇が、名残惜しそうに離れるとき。


月城様は私の耳元に唇を寄せ、これまでで一番甘く、心根を蕩けさせるような声で囁いた。


「……おいで、輝夜。今夜はまだ始まったばかりだ。君が、私なしでは一秒たりとも眠れなくなるまで……たっぷり時間をかけて、愛してあげるから」


かつて仕事一筋で、己の心を削り、ただ帝都の守護神として生きてきた冷徹な天才。


結界の奥、月光が降り注ぐ二人だけの箱庭。


風に舞う桜吹雪の中


銀色の髪と青色の髪が幾重にも重なり合い、幸せな吐息が静かな夜の空気に溶けていった。


そこにはもう、陰陽師も神子もいない。


ただ、永遠を誓い合った、一対の恋人たちがいるだけだった。

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