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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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11/11

第11話

朝廷から「月の神子は天に帰った」と公式に発表されてから、早いもので数年の月日が流れた。


帝都の喧騒からも、どろどろとした政治の泥沼からも完全に切り離された月城様の広大な屋敷。


そこには今も変わらず、まるで時が止まったかのような穏やかで贅沢な静寂が満ちている。


庭園の桜は、主の溢れんばかりの情愛に当てられ続けた結果


術の影響か、季節を問わず淡く瑞々しい花弁を散らし続けている。


風に舞うその花びらは、ここが地上から切り離された、二人だけの「常世」であることを示す境界線のようだった。


「……輝夜。あまり遠くへ行かないでくれと言っただろう?」


縁側で春風に当たっていた私の腰に、背後から吸い付くように温かな腕が回された。


数年前よりも心なしか深く、重みを増した月城様の艶やかな声。


彼は私のうなじに熱い顔を埋めると、肺の奥まで私の香りを確かめるように深く、深く吸い込んだ。


もはやその行為は、彼にとって己の命を繋ぎ止めるために欠かせない「呼吸」の一部となっていた。


「月城様、ほんの数歩、庭の様子を見ようとしただけですよ。……相変わらず、心配性ですね」


「数歩でも、私の手が届かない場所へ行くのは許さないよ…?…君がこの屋敷の空気と混じり合って、そのままふわりと消えてしまうのではないかと、今でも時折、夜中に恐ろしくなって目が覚めるんだ」


苦笑しながら振り返ると


そこにはかつて「冷徹な天才」と帝都中の鬼神にさえ恐れられた面影など微塵もない


一人の愛に飢えた男の顔があった。


月城様は私の頬を大きな両手で挟み込むと


琥珀色に透き通るような、けれど逃げ場のない熱い視線で私を射抜く。


「……見てごらん。君に贈ったこの極上の着物も、その銀髪に挿した繊細な細工の簪も」


「すべて私が選び、私が自ら君に着せたものだ。君の肌に触れるものは、私以外に存在させたくない。たとえ衣一枚であっても、私の介在しないものが君に触れるのは耐えがたい」


数年前、彼が最初に放った「甘い支配」の言葉は


今や揺るぎない、呼吸のように当たり前の日常となっていた。


朝の着替え、髪の手入れ


果ては爪の先を整えることまで、彼は相変わらず誰の手も借りず


すべてを慈しむように自らの手で行っている。


かつて陰陽師として帝都を、国を守っていたその強大な霊力は


今や、たった一人の少女を完璧に世間から隠し、甘やかし


骨の髄まで堕落させるためだけに費やされていた。


「月城様……。お仕事は、本当にいいのですか? 時折、朝廷から差し出し人不明の文が届いているようですが……」


「あんなものはただの紙屑だ。今の私には、君の機嫌を損ねないように立ち振る舞い、君の笑顔を繋ぎ止めること以上に優先すべき公務など、この世のどこにもないよ」


彼はそう言って、私の指先を一節ずつ、確かめるように愛おしそうに口づける。


その仕草はどこまでも優雅で、それでいて、指一本


髪一房さえ自分の所有物であることを誇示するような、逃れられない独占欲に満ち溢れていた。


「ねえ、輝夜。……本当に後悔してはいないかい? 私という男に囚われ、この狭い箱庭のような屋敷の中で、一生を終えることを」


ふとした瞬間に、彼は今でも、縋るような瞳でそんなことを問いかけてくる。


世界最強と謳われる男が抱える、唯一の、そしてあまりにも愛おしいまでの弱点。


私は彼の白い頬にそっと手を添え、わざと悪戯っぽく、可憐に微笑んで見せた。


「後悔など、する暇もありませんよ。毎日、貴方の愛が大きすぎて、その熱に溺れるので精一杯ですから」


「……ふ。それは本望だ。ならば、一生かけて、もっと深く、二度と浮き上がれない場所まで沈めてあげよう」


月城様は満足げに瞳を細めると


私の唇を、熱く、とろけるような甘い吐息で塞いだ。


重なり合う鼓動。


混ざり合う、甘やかな魔力の残滓。


私たちはもう


どちらがどちらの心臓を動かしているのかさえ、判別がつかなくなるほどに混じり合っている。


外界の世界がどれほど無情に移り変わろうとも


この強固な結界の奥だけは、永遠に変わることのない春が降り注ぐ。


私は彼の腕という名の、世界で最も甘美な檻の中で


今日も、明日も、そして永遠が尽きるまで。


世界でたった一人の男にだけ愛でられ


幸福な「かぐや姫」として生きていくことを決めたのだ。

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