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呪われた天才陰陽師は、月より落ちたかぐや姫を溺愛する  作者: 猫塚ルイ


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8/11

第8話

その日は、夜明け前から不吉な予兆に満ちていた。


空は淀んだ鉛色に濁り、湿り気を帯びた風が屋敷の竹林をざわつかせている。


静寂を切り裂いたのは、地響きのような軍靴の音と


屋敷を幾重にも守護していた結界が悲鳴を上げるような、不快な呪力の軋みだった。


「月城! 往生際が悪いぞ! 貴様が『月の神子』を独占し、隠匿しているのは明白だ。速やかにこちらへ引き渡せ! これは帝の直命である!」


門の外には、朝廷の重鎮たちが率いる数百の精鋭兵と、術師たちが詰めかけていた。


彼らが放つ敵意の渦に、私は恐怖で身をすくませ、月城様の衣の裾をぎゅっと握りしめる。


けれど、隣に立つ彼の気配が


一瞬にして「絶対的な零度」へと変貌したことに、私は外敵以上の戦慄を覚えた。


「……輝夜。奥の部屋で、耳を塞いで待っていて」


月城様の声は、驚くほど穏やかで、凪いでいた。


けれど、私を見つめるその瞳は、見たこともないほど深く、暗い「無」の色に染まっている。


感情が一周回って、完全な冷徹へと至った証拠だった。


彼が縁側へ一歩踏み出した瞬間、大気が物理的な重圧を伴って凍りついた。


「月城殿、落ち着かれよ。これは国のためなのだ。神子は国の宝、一介の陰陽師が私物化してよいものでは───」


「黙れ。不愉快だ。その薄汚い口で、二度と彼女の名を呼ぶな」


月城様が低く呟き、印を結ぶ動作さえ省略して、ただ退屈そうに指を弾いた。


それだけで、朝廷の術師たちが総力を挙げて展開していた「魔除けの陣」が


薄いガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散る。


衝撃波が走り、最前線の兵たちが木の葉のように吹き飛ばされた。


「ヒッ……!? なんだ、この圧は……!人間の放つ霊力ではないぞ……!」


「君たちは決定的な勘違いをしている。私がこれまで朝廷に従い、犬のように働いていたのは、それが最も効率的な『仕事』であり、退屈を紛らわせる手段だったからに過ぎない」


月城様の身体が、重力を無視してゆっくりと宙へ浮き上がる。


彼の端正な顔を縁取る青い髪が逆立ち


周囲の空間には、あまりの魔力量に耐えきれず現実がひび割れるような黒い亀裂が走り始めた。


感情を殺し、呪術の代償として己の心を削り続けてきた男が


今、その抑圧されたすべてを「怒り」という純粋な燃料に変えて解き放っている。


「彼女は、私のすべてだ。私の魂を繋ぎ止める唯一の光であり、救いだ。……それを、泥靴で踏みにじるような奴らに奪わせると思うかい?」


月城様の背後に、天を突くほど巨大な、禍々しいまでの神霊の影がゆらりと顕現した。


帝都を幾百年守り続けてきた最強の守護神が、主の狂気に同調し、破壊の獣となって牙を剥く。


「この帝都ごと、塵に帰しても構わない。君たちが一人残らず灰になれば、彼女を狙う者も、連れ去ろうとする理屈も、この世から消えてなくなるだろう?」


狂気に満ちた、けれどどこまでも純粋で、一点の曇りもない愛の告白。


月城様の手から放たれた白銀の閃光は、物理的な破壊を超え


概念そのものを消滅させる劫火となって包囲網を一瞬でなぎ払った。


轟音と、叫ぶ暇さえ与えられないまま消滅していく兵たちの影。


阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる中


彼は眼下の惨状に一瞥もくれず、ただ一人、屋敷の奥で震える私の方だけを優しく振り返った。


「怖いかい、輝夜。……でも、安心して。君を傷つける可能性のあるものは、この世界の端から端まで、私自身の手ですべて消し去ってあげるから」


返り血を一滴も浴びていないはずなのに


彼の微笑みはひどく残酷で、そして……


直視できないほどに美しかった。


神を味方につけた最強の男が


たった一人の少女を繋ぎ止めるために、世界を敵に回すことを選んだ瞬間だった。

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