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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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第八話 同じ体育館



「えっ!?」


時間割を見た小春が声を上げた。


「どうしたの?」


美咲がのぞき込む。


「今日の体育……。」


「うん。」


「スポーツ専攻と合同です!」


「……ああ。」


美咲は納得したように頷いた。


「サッカー部の実技だね。」


「黒瀬先輩もいます!」


「知ってる。」


「どうしましょう!」


「授業受けようね。」


「はい!」


返事だけは元気だった。





体育館。


コートを半分ずつ使い、

片方では看護科1年のバレーボール。


もう片方ではスポーツ専攻のフットサル形式の練習。


ホイッスルが鳴る。


「集合!」


先生の声が響く。


小春は列に並ぶ。


けれど視線だけは、どうしても隣のコートへ向いてしまう。


黒瀬がいた。


短髪を揺らしながら、仲間へ指示を出している。


「ナイス!」


「切り替え!」


普段よりよく話している。


サッカー部の仲間といる時だけ見せる表情。


その姿に、小春は思わず見入ってしまう。


「小春。」


「はい!」


「ボール。」


「え?」


ぽすん。


顔にバレーボールが当たった。


「いたっ!」


体育館に笑い声が広がる。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です!」


顔を押さえながら立ち上がる小春。


隣のコートでは奈央がお腹を抱えて笑っていた。


「小春ちゃん、また黒瀬先輩見てた!」


「ち、違います!」


「違わんやろ!」


黒瀬は静かにその様子を見ていた。


そして少しだけ口元を緩める。


その笑顔を見たスポーツ専攻の女子たちがざわつく。


「今笑った?」


「笑ったよね。」


「花井さん見て。」


「珍しい……。」


  



授業は続く。


看護科はレシーブ練習。


小春がボールを追いかける。


「あっ!」


勢い余ってコートの境界線を越えてしまう。


そのままスポーツ専攻側へ。


ボールを拾おうと前かがみになった瞬間。


足元に置かれていたサッカーボールに気づかなかった。


ころっ。


「あっ!」


ぐらり。


転びそうになる。


「危ない。」


すぐ近くにいた黒瀬が腕をつかんだ。


しっかりとした手。


ふわっと身体が支えられる。


体育館中が静まり返った。


「だ、大丈夫です!」


真っ赤な顔で慌てる小春。


黒瀬はボールを拾い、小春へ渡す。


「前見て。」


「はい……。」


「またつまずく。」


「……はい。」


そのやり取りを見ていた奈央は、隣の部員へ小声で言う。


「三回目。」


「何が?」


「小春ちゃんがつまずいて、黒瀬先輩が助けるの。」


「もう恒例じゃん。」


「そのうち寮新聞に載るよ。」


二人は笑いをこらえた。





授業終了。


体育館を出ようとする小春を、麻衣が駆け寄る。


「小春!

 黒瀬先輩に支えてもらってた!」


「絶対ドキドキしたでしょ!」



小春は顔を真っ赤にして首を振る。


「そ、それより先輩のお怪我がなくてよかったです!」


「自分じゃなくて?」


「うん。」


「小春らしいね。」


麻衣は笑った。





一方その頃。


スポーツ専攻の更衣室。


奈央がタオルで髪を拭きながら黒瀬を見る。


「黒瀬先輩。」


「ん。」


「今日も助けましたね。」


「転びそうやったけん。」


「毎回です。」


「そう?」


「そうです。」


奈央はにやりと笑う。


「黒瀬先輩、小春ちゃん限定で反応速度速くないですか?」


黒瀬は少し考えてから首をかしげた。


「……そうかもしれん。」


その一言に、更衣室の空気が止まる。


「認めた。」


「初めて認めた。」


「これは進展だ。」


部員たちがざわつく。


黒瀬本人だけが、その意味をまだよく分かっていなかった。






夜。


女子寮。


美咲がレポートを書いている横で、小春はノートを開いたままぼんやりしていた。


「小春。」


「はい。」


「考察、進んでる?」


「進んでません。」


「なんで?」


「今日、黒瀬先輩に助けてもらいました。」


「うん。」


「手、温かかったです。」


「うん。」


「もう勉強どころじゃありません。」


美咲はペンを置いて笑った。


「その話、今日三回目。」


「四回目です。」


「自分で数えてるんだ。」


「はい。」


窓の外には春の夜空。


看護学の教科書は開いたまま。


けれど小春の頭の中は、黒瀬の「前見て。」という一言でいっぱいだった。




その頃、三階フロア、黒瀬の部屋では。


ベッドに寝転んだ黒瀬が、ふと思い出したように呟く。


「……今日は転ばんでよかった。」


同室のベッドで聞いていた奈央は、小さく笑う。


「先輩。」


「ん?」


「それ、もう完全に好きですよ。」


黒瀬は静かに天井を見つめたまま答えた。


「……そうなんかな。」


恋を知らない高校三年生は、まだ自分の気持ちに名前をつけられずにいた。



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