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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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第五話 新入生歓迎遠足



四月最後の土曜日。


新入生歓迎遠足の日。


看護学科、普通科、スポーツ専攻科。


全学年が参加する毎年恒例の行事だった。


目的地は広い総合運動公園。


自由時間も長く、学科を越えて交流できる数少ないイベントでもある。





朝。


女子寮の玄関。


「小春、まだ?」


美咲が腕時計を見る。


「もう少しです!」


部屋から飛び出してきた小春は、白いスニーカーに小さなリュック。


髪もいつもより丁寧に結んでいる。


「気合い入ってるね。」


「……今日は黒瀬先輩も参加されます。」


「知ってる。」


「だからです。」


「でしょうね。」


美咲は苦笑した。




バスで公園へ到着すると、自由行動が始まった。


友達と歩き始めた小春だったが。


遠くに見慣れた短髪を見つけた。


「あ。」


黒瀬。


サッカー部の輪の中心で、奈央たちと話している。


思わず立ち止まる。


「行ってきな。」


麻衣が背中を押した。


「えっ。」


「どうせ目で追うんだから。」


「……行ってくる!」


素直すぎる返事だった。


「黒瀬先輩!」


振り返った黒瀬が、小さく手を上げる。


「おはよう。」


「おはようございます!」


奈央が笑う。


「小春ちゃん来た!」


「奈央先輩!」


「今日は一緒に回る?」


小春は慌てて首を振る。


「み、皆さんのお邪魔になります!」


黒瀬が静かに言う。


「ならん。」


「でも……。」


「一緒に歩こう。」


その一言で、小春は何も言えなくなった。




公園の遊歩道。


サッカー部数人と小春。


歩きながら笑い声が絶えない。


途中、男子学生が小春に声をかけた。


「花井さん。」


「はい?」


「今度連絡先交換しない?」


突然の誘い。


小春は首をかしげる。


「連絡先ですか?」


「うん。」


「なんでですか?」


「え?」


「黒瀬先輩の以外は大丈夫です!」


男子学生は困惑した。

「ん……?」



小春も意味が分からず

困っていると。


すっと黒瀬が一歩前に出た。


「集合時間近いばい。」


「あ、はい!」


小春はぺこりと頭を下げ、そのまま黒瀬について行った。


男子学生だけが取り残される。


奈央が肩をぽんと叩いた。


「諦めた方がいいよ。」


「なんで?」


「小春ちゃんの世界、黒瀬先輩しかおらんけん。」





昼食。


芝生にレジャーシートを敷く。


小春はお弁当箱を開いた。


「いただきます!」


卵焼き。


唐揚げ。


ウインナー。


色鮮やかなお弁当。


黒瀬が横から覗く。


「美味しそう。」


小春は少し考えてから、小さな卵焼きを箸でつまんだ。


「あの……。」


「ん?」


「食べますか?」


周りが静かになる。


奈央が口元を押さえる。


(うわ。)


黒瀬は少しだけ迷って。


「もらう。」


ぱく。


「……美味しい。」


その一言だけ。


小春はもう食事どころではなかった。


「どうした?」


「……嬉しいです。」


「そう。」


「はい。」


奈央は隣でため息をつく。


「もう夫婦じゃん。」


部員全員が無言で頷いた。





午後。


自由散策。


小春は写真を撮ろうと後ろ向きに歩いていた。


「美咲先輩、もう少し右です!」


「はいはい。」


そのまま一歩。


二歩。


ごつん。


「あっ。」


後ろのベンチに足を引っかける。


身体がぐらりと傾く。


「危ない。」


聞き慣れた声。


黒瀬が後ろから肩を支えた。


「……。」


「すみません!」


「写真見ながら歩いたら転ぶ。」


「はい……。」


奈央が吹き出す。


「また助けた。」


サッカー部員が笑う。


「今日二回目。」


「小春ちゃん、黒瀬先輩の前だと足元見えんくなるね。」


「恋って怖い。」


小春は恥ずかしくて顔を隠した。


帰りのバス。


疲れ切った小春は窓際でうとうとしていた。


こくり。


こくり。


頭が揺れる。


通路を挟んで斜め前に座っていた黒瀬が、ちらりと振り返る。


眠そうな小春。


その姿を見て、小さく笑う。


奈央がその横顔を見逃さなかった。


「黒瀬先輩。」


「ん。」


「最近よく笑いますね。」


「そう?」


「小春ちゃんがおる時だけ。」


黒瀬は窓の外へ目を向けた。


少しだけ考えて。


ぽつりと呟く。


「……見とると安心する。」


奈央は目を丸くした。


その言葉を聞いたのは、自分だけだった。




夜。


寮へ戻った小春は、美咲に遠足の話を止まらない勢いで聞かせていた。


「黒瀬先輩がお弁当の卵焼きを食べてくださったんです!」


「うん。」


「『美味しい』って!」


「うん。」


「あと二回助けてもらいました!」


「それも聞いた。」


「今日は人生で一番幸せでした!」


美咲は笑いながらベッドに寝転がる。


「明日には更新されるんでしょ?」


小春は少し考えて、にっこり笑った。


「黒瀬先輩がいる限り、毎日幸せ更新です。」


その言葉に、美咲は天井を見上げて吹き出した。


「重症どころじゃないな。」


窓の外では、春の夜風が静かに木々を揺らしていた。


そして誰も知らない。



黒瀬もまた、自分でも気づかないまま、小春のいる景色を「当たり前」に感じ始めていることを。


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