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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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第四話 サッカー部のアイドル




朝六時。


グラウンドには、ボールを蹴る乾いた音が響いていた。


「ナイス!」


「切り替え!」


コーチの声が飛ぶ。


サッカー部は朝練の真っ最中だった。


そのグラウンドの隅。


ベンチにちょこんと座り、参考書を広げている女の子が一人。


花井小春。


看護学科1年。


朝練を見ながら勉強するのが、最近の日課になっていた。


「小春ちゃん。」


休憩に入った2年生の奈央がスポーツドリンクを片手に近づいてくる。


「朝から勉強?」


「はい!」


「眠くない?」


「黒瀬先輩見てたら目が覚めます!」


「ははっ!」


豪快に笑う翔奈央。


周りにいた部員たちも吹き出した。


「小春ちゃん、本当にぶれないね。」


「ぶれません!」


即答だった。




練習が終わる。


部員たちはタオルで汗を拭きながらベンチへ戻ってくる。


小春は立ち上がると、一人ひとりに頭を下げた。


「お疲れさまです!」


「お疲れ!」


「今日も来てたの?」


「はい!」


「勉強進んだ?」


「黒瀬先輩ばっかり見てて、あんまり進みませんでした!」


「だろうね!」


みんなが笑う。


最初は様子を伺っていた部員たちも、今では小春を妹のように可愛がっていた。




少し遅れて黒瀬が歩いてくる。


汗で濡れた短髪をタオルで拭きながら、小春の前で足を止めた。


「眠そう。」


「四時半起きでした!」


「早いね。」


「先輩の朝練見たかったので!」


真っ直ぐな笑顔。


黒瀬は少しだけ目を細める。


「風邪ひくなよ。」


「はい!」


たった一言。


それだけで小春の顔がぱあっと明るくなる。




その様子を見ていたサッカー部1年生たちは、小声で話していた。


「すごくない?」


「うん。」


「黒瀬先輩、あんな話す人だった?」


「初めて見た。」


「しかも心配してたよね?」


「してた。」


みんなが驚く。


でも当の本人は気づいていない。


黒瀬にとっては、ごく自然な一言だった。




昼休み。


食堂。


「小春ちゃん!」


サッカー部3年生が手を振る。


「こっち!」


「ありがとうございます!」


今では小春の席が自然と一つ空けられていた。


「今日は看護どうだった?」


「採血の練習がありました!」


「できた?」


「モデル人形相手なら!」


「人は?」


「まだ怖いです!」


「可愛いなぁ。」


部員たちが笑う。


小春も笑う。


食堂は今日も賑やかだった。




「黒瀬さん。」


奈央が隣で小声になる。


「小春ちゃん人気ですね。」


「そうやね。」


「サッカー部全員に好かれてますよ。」


「そうやね。」


「自分も妹にしたいです。」


「……。」


黒瀬の箸が止まる。


「だめ。」


ぽつり。


奈央は目を丸くした。


「え?」


「小春は。」


黒瀬は少し考えてから続ける。


「小春やけん。」


意味が分からない。


でも、その一言にテーブル全員が静かになった。


奈央は隣の3年生たちを見る。


3年生も首をかしげている。


そして数秒後。


「……黒瀬さん。」


「ん?」


「それ、独占欲じゃないですか?」


「違う。」


即答だった。


「絶対違わない。」


「違う。」


黒瀬は静かに味噌汁を飲む。


その横で、小春は何も知らずに唐揚げを頬張っていた。


「美味しいです!」


「よかったね。」


「はい!」


無邪気な笑顔。


その笑顔を見て、黒瀬もほんの少しだけ口元を緩める。


その瞬間。


食堂中がざわついた。


「今……。」


「笑った?」


「黒瀬先輩が?」


「小春ちゃん見て?」



遠くの席では美咲が頭を抱えていた。


「……もう時間の問題だ。」


隣の友人が首をかしげる。


「何が?」


美咲は苦笑しながら答える。


「あの二人、そのうち誰よりも仲良くなる。」


窓から春風が吹き込む。



二人の距離は、少しずつ、確かに縮まり始めていた。



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