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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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第三話 毎日、先輩の隣



「小春。」


朝食を食べ終えた美咲が、味噌汁を飲みながら言った。


「寮では普通に一年生の席に座りぃね。」


「はい。」


小春は素直に頷く。


「約束だからね?」


「約束です。」


「本当?」


「本当です!」


美咲は安心して立ち上がった。


その五分後。


食堂の奥。


サッカー部のテーブル。


「黒瀬先輩、おはようございます!」


元気いっぱいの声が響いた。


美咲は遠くからその光景を見て、箸を持ったまま固まる。


「……小春?」


小春は満面の笑みで頭を下げていた。


「隣、いいですか?」


「ん。」


黒瀬は短く答える。


それだけで、小春は嬉しそうに腰を下ろした。


「……。」


美咲は静かに天井を見上げた。


「約束って何だったんだろ。」


美咲の隣にいた二年生が苦笑する。


「また行った?」


「また行った…」


「怖くないの?」


「黒瀬先輩だけは怖くないみたい。」





それから毎日だった。


朝の食堂。


「おはようございます!」


昼の学食。


「ご一緒してもいいですか?」


夜の食堂。


「今日もお疲れさまでした!」


誰よりも元気に挨拶をする。


最初は戸惑っていたサッカー部員たちも、少しずつ慣れていった。


「小春ちゃん、おはよう。」


「今日は実習?」


「レポート終わった?」


自然と話しかけてくれるようになる。


小春も笑顔で答える。


「まだ終わってません!」


「寝不足です!」


「でも頑張ります!」


その明るさに、みんな笑ってしまう。




一方。


黒瀬は相変わらず口数が少ない。


「先輩。」


「ん。」


「今日は暑いですね。」


「暑い。」


「アイス食べたいです。」


「食べれば。」


会話はそれだけ。


なのに小春は幸せそうだった。



美咲には理解できない。



「何がそんなに楽しいの?」


夜、部屋で聞く。


小春はベッドの上でにんじん(抱き枕)を抱きしめながら答えた。


「黒瀬先輩と同じ空間にいるだけで幸せなんです。」


「重症だ。」


「重症です。」


「治らないね。」


「治りません。」


即答だった。






ある日の昼休み。


サッカー部2年生の奈央が、黒瀬に耳打ちする。


「黒瀬さん。」


「ん。」


「小春ちゃん、完全に黒瀬さんのこと好きですよ。」


「そうなん?」


「分かりません?」


「分からん。」


「毎日隣ですよ?」


「そうやね。」


「毎日会いに来ますよ?」


「そうやね。」


「目、キラキラしてますよ?」


「そうやね。」


奈央は頭を抱えた。


「鈍感すぎる……。」


向かいでは、小春が嬉しそうに黒瀬を見ている。


黒瀬は普通にご飯を食べている。


温度差がすごい。




午後。


中庭。


看護学科へ向かう途中、小春は男子学生に呼び止められた。


容姿が整ったうえに、明るく可愛らしい小春は

密かに男子学生から好意を寄せられていた。


「あの。」


「はい?」


「今度、一緒にご飯行かない?」


突然の誘いだった。


小春はきょとんとする。


「ご飯ですか?」


「うん。」


「黒瀬先輩もいますか?」


「え?」


「いないなら大丈夫です!」


「え?」


「失礼します!」


ぺこりと頭を下げて走っていく。


男子学生だけが取り残された。


遠くで見ていた友達が肩を叩く。


「無理だよ。」


「なんで?」


「あの子、黒瀬先輩しか見えてない。」


「……本当だった。」





夕方。


寮へ戻る道。


小春は友達数人と歩いていた。


前から黒瀬たちサッカー部が来る。


友達は自然と道を譲る。


「やっぱり怖いね。」


「緊張する……。」


そんな中。


小春だけは嬉しそうに笑った。


「黒瀬先輩!」


その声に黒瀬が足を止める。


「お疲れさまです!」


「お疲れ。」


短いやり取り。


それだけなのに、小春の笑顔は満開になる。


黒瀬が通り過ぎたあと、友達が呆れたように言う。


「小春。」


「はい?」


「よくあの中に入っていけるね……。」


「え?」


「サッカー部の先輩たち、めちゃくちゃ怖いじゃん。」


「そう?」


「そうだよ!」


小春は首をかしげる。


「黒瀬先輩も他の先輩たちも、優しいよ?」


友達は顔を見合わせた。


「……小春にだけ。」


「うん。」


「絶対そう。」


その会話を少し離れた場所で聞いていたサッカー部員たちは、小さく笑う。


「小春ちゃん、うちの部活に馴染みすぎ。」


「黒瀬さんよりうちらの名前覚えるの早かったし。」


「マネージャーじゃないよね?」


「看護学科だよ。」


「じゃあなんで毎日いるんだ。」


その答えは、誰もが知っていた。


ただ一人。


黒瀬本人だけを除いて。


春の日差しの中。


恋する1年生は今日もまっすぐだった。


そして、そんな小春の姿を見つめる黒瀬の視線が、ほんの少しだけ長くなっていることに、まだ誰も気づいていなかった。


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