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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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第三十六話 懐かしい光景





翌朝。


夏の日差しがグラウンドを照らしていた。


今日はサッカー部の練習日。



黒瀬は、後輩たちの指導役として母校に顔を出していた。


笛を吹きながら、大きな声が響く。


「切り替え早く!」


「ボール止まっとる!」


「次!」


現役時代と変わらない迫力。


一年生は思わず背筋を伸ばす。


「はい!」



ニ・三年生は黒瀬のサッカーを懐かしみながら、アドバイスを受けている。




グラウンドの端。


ベンチには、小春がちょこんと座っていた。


今日は休日。


私服姿で、練習を見学している。


目の前にはスポーツドリンク。


冷たいタオル。


氷の入ったクーラーボックス。


誰に言われたわけでもない。


当たり前のように準備していた。




休憩時間。


黒瀬は当たり前のように小春の元へ。


小春は立ち上がる。


「先輩、お疲れさまです。」


キャップを開けたドリンクを差し出す。


「ありがとう」


黒瀬は受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らす。



そのまま空いた手で汗をぬぐおうとすると、


「はい!」


小春が先回りしてタオルを渡した。


「……助かる」


「えへへ」


嬉しそうに笑う小春。


そのやり取りは自然すぎて、


長年連れ添った相棒のようだった。





その様子を見ていた三年生が苦笑する。


「懐かしいな」


「現役の頃もあんな感じだったよな」


「黒瀬先輩が何も言わなくても、小春全部準備してたもんね。」


「息ぴったりだった」


他の部員もうなずく。





練習中は真剣で、鋭い目つきの黒瀬。


小春にだけ向ける、優しく笑顔。


その光景を初めて目の当たりにする一年生たちは、


驚きを隠せずにいた。





給水後。


練習が再開される。


黒瀬は部員の前に立った。


「試合は技術だけじゃない」


「周りを見る力がいる」


「仲間を信じろ」


静かだけれど芯のある言葉。


一年生たちは真剣に耳を傾ける。


グラウンドの端で、小春も同じように聞いていた。


(やっぱり先輩、かっこいいな)


その背中を見るたびに思う。






昼前。


紅白戦が始まった。


激しいプレーの末、一本のシュートが決まる。


「ナイス!」


黒瀬の声が飛ぶ。


後輩たちの表情が明るくなる。


その空気を見て、小春も自然と拍手していた。


「すごい!」


「先輩の一言だけで、みんな元気になりますね」


隣にいたマネージャーが笑う。


「黒瀬先輩、昔からそうなんです」


「厳しいけど、ちゃんと見てくれるから」


小春は誇らしそうにうなずいた。


「そういうところ、大好きです」


「あっ」


口に出してから固まる。


マネージャーはにやりと笑った。


「聞こえちゃいました」


「わぁぁぁ!」


顔を真っ赤にしてしゃがみ込む小春。






練習終了。


部員たちが片づけを始める。


黒瀬はゴールを運びながら、小春の方を見た。


「帰るぞ」


「はい!」


荷物を持ち上げようとした小春より早く、


黒瀬が重いクーラーボックスを軽々と持ち上げる。


「先輩、それ私が!」


「重い」


「でも!」


「お前はそれ」


黒瀬が指さしたのは、小さなタオル袋。


「……軽いです」


「うん」


納得いかない顔の小春。


その横を笑いながら歩く黒瀬。





身長差のある二人が並ぶ姿を見送りながら、


部員の一人がぽつりとつぶやいた。


「いいなぁ、ああいう関係」


するとキャプテンが笑う。


「黒瀬先輩は、グラウンドじゃ誰より厳しいけど」


「小春先輩の前だけは、ちょっとだけ優しいんだよ」


その言葉に、みんな静かにうなずいた。




夏空の下。


並んで歩く二人の後ろ姿を



そっと見守っていた。


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