第三十五話 懐かしい人
季節はもう夏。
夕焼けに染まる女子寮へ、小春は帰ってきた。
「暑かったぁ……」
制服の袖で額の汗を拭きながら
自分の部屋に入り、ドサっと荷物を置いた。
その時だった。
館内放送が流れる。
『看護科ニ年生の花井さん。玄関までお願いします』
「あれ?」
小春は首をかしげる。
「何か届いたのかな?」
急いで玄関へ向かった。
そこに立っていたのは、
大きなスポーツバッグを肩にかけた黒瀬だった。
私服姿。
少し伸びた髪。
相変わらずの無表情。
「……先輩?」
「ん」
その瞬間。
「え…。」
小春は一秒だけ固まり、
次の瞬間には全力で駆け出していた。
「せーーーんぱーーーい!!」
ぴょんっ。
勢いよく飛びつく。
黒瀬は慣れた様子でその体を受け止めると、
そのままひょいと抱え上げた。
コアラ抱っこ。
「会いたかったですーー!」
「うん」
「すっごく会いたかったです!」
「うん」
「夢じゃないですよね!?」
「多分」
「多分じゃ困ります!」
玄関中に小春の声が響く。
その光景を見ていた寮母さんは笑った。
「久しぶりねぇ、黒瀬。」
「ご無沙汰してます。」
懐かしみながら話す、寮母と黒瀬。
呼吸を整えた小春は、黒瀬の耳元で、ゆっくりと。
「先輩。おかえりなさい。」
黒瀬は小春の頭を優しく撫でながら、そっと呟く。
「…ただいま。」
二人を見ていた寮母が提案する。
「今日は泊まって、ゆっくりしていきなさい。」
「ありがとうございます。明日は朝からサッカー部の練習に顔出そうと思ってます。」
「そうなのね。ご飯も食べていきなさい。」
「ありがとうございます。」
「今夜は応接室に泊まる?」
すると、
まだ黒瀬にしがみついたままの小春が勢いよく答えた。
「大丈夫です!」
「え?」
寮母が目を丸くする。
「私の部屋に泊まります!」
「……え?」
黒瀬も一瞬だけ小春を見る。
寮母さんは思わず吹き出した。
「ふふ、じゃあ、そうしたらいい。」
夕食の時間。
食堂へ入ると、一瞬で空気が変わった。
「あの人誰?」
「背高くない?」
「男の人……じゃないよね?」
「卒業生らしいよ」
今年入寮した一年生たちがざわつき始める。
黒瀬は気にする様子もなくトレーを持って歩く。
その後ろを、小春が嬉しそうについていく。
「先輩、今日は唐揚げですよ!」
「そうやな」
「プリンもあります!」
「良かったな。」
その自然なやり取りに、
食堂中の視線が集まる。
少し離れた席。
新一年生がひそひそ話していた。
「あの先輩、めっちゃかっこいい……」
「彼氏?」
「いや、女子寮だよ?」
「でもイケメンすぎる」
「小春先輩の知り合い?」
その会話を聞いた麻衣は、お茶を飲みながら。
「小春のヒトだから、手出しちゃダメよ?」
「「「えぇ!?」」」
驚く一年生たち。
「すごくないですか?」
「最初はみんなそう思う。」
見慣れた関係に、淡々と答える麻衣。
その騒ぎで、黒瀬に気付いた奈央。
「黒瀬さん!!来るんなら教えてくださいよ!お久しぶりです。元気でしたか?」
元同室の先輩に会えて、嬉しい奈央。
少し照れながら、優しく微笑む黒瀬。
「ん。久しぶり。元気そうで良かった。」
「明日の練習きてくださいよ!」
「うん、そのつもり。」
夕食中。
「あ、差し入れがあった。」
思い出したように、ぼそっと呟く黒瀬。
「えー!ありがとうございます!』
ぱっと顔を上げる、小春。
黒瀬は、その姿を見て、クスッと笑いながら。
「ふ。運ぶの手伝ってくれん?」
「もちろんです!」
二人は食堂を出て、黒瀬の車に向かう。
黒瀬の車を見て、言葉を失う小春。
「…先輩。車かっこよすぎです。」
「そう?ありがとう。」
二人で大量の差し入れを食堂に運ぶ。
「OGの黒瀬先輩から、差し入れです!」
小春の声かけに、
寮生たちが一斉に群がる。
「ありがとうございます!」
「量多っ!」
「何人分あるんですかこれ!」
奈央が後ろから顔を出して、笑う。
「相変わらずですね、先輩。」
夕食後。
小春と黒瀬は寮の中庭をゆっくり歩いていた。
蝉の声。
生ぬるい夏の風。
「学校どう。」
「勉強頑張ってます!」
小春は、黒瀬に会えただけで、
何か月も積み重ねてきた努力が報われた気がした。
夜。
部屋へ戻る途中。
玄関ホールで立ち止まる二人。
「ところで。先輩、なんで今日来てくれたんですか?」
「会いたかったけん。」
「……!」
その何気ない言葉に、小春の顔が一気に赤くなる。
二人は小春の部屋へ向かう。
小春の部屋
中は変わらない。
勉強道具と看護のノート。
黒瀬は机を見る。
「増えたな」
「課題多いんです」
黒瀬は短く。
「大変やな」
美咲が後ろで声をかける。
「小春、私今日隣の部屋に泊まるから。」
「え?なんでですか?」
「久しぶりに先輩に会えたんだから、積もる話もあるでしょ。」
ニコッと笑う、美咲。
「っ美咲先輩!ありがとうございますっ」
泣き真似をする小春。
「…はいはい」
呆れたように、優しく笑う美咲。
美咲が部屋を出ていくと、
我慢していたものが溢れるように、
どちらからともなく、
きつく、抱きしめ合う二人。
玄関のガラス越しに見える夏の夜空。
久しぶりに会えた先輩は、やっぱり誰よりもかっこよかった。
限られた時間を惜しみながら、
ふたりは同じベッドで
そっと眠りについた。




