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先輩しか見えない  作者: ももたろう


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31/38

第三十話 引退試合





サッカー部のグラウンドは、いつもより静かだった。





引退試合当日




三年生にとっては最後の試合。






少しだけ空気は重く、


張り詰めた表情の部員たち。








「先輩、テーピング変えときますね」


小春は黒瀬の足元にしゃがむ。


手つきは、慣れたもの。




「大丈夫」


黒瀬は短く言う。


「ダメです」


即答。




小春は真剣な顔で続ける。


「少し張りが出てます」




黒瀬は少し黙る。


そして。


「分かるん?」


「分かります」







テーピングを巻き直す小春。


「怪我予防です。」


冷静。


早い。


迷いがない。



そして、


「はい。できました。」




「ありがとう。」


微笑む黒瀬。







スタンドにはいつもより人が多い。


後輩、同級生、寮生。



そして小春。








黒瀬の視線


ピッチの上。


ウォーミングアップ中の黒瀬。




ふと、スタンドを見る。




小春がいる。




その瞬間。


ほんのわずかに目が細くなる。




奈央が隣で気づく。


「先輩、落ち着きましたね。」


「ん。」



過度な緊張はほぐれ、


黒瀬はいつもの表情へ。






試合開始


笛が鳴る。




サッカー部員の手足には


おそろいのミサンガが揺れる。




黒瀬はいつも通りだった。


強くて、速くて、無駄がない。







スタンドの小春。


手を握りしめて見ている。



「すごい……」






黒瀬のプレー


試合終盤。


黒瀬がボールを奪う。




最後のカウンター。




シュート。




ゴール。





スタンドが沸く。









黒瀬はその場に立つ。


動かない。




そして、ゆっくりとベンチを見る。








メンバーや後輩たちが駆け寄る。


「ナイス!」


「お疲れ!」


「先輩!」


「ありがとうございました!」




その中心で。


黒瀬は笑う。








試合が終わり、小春のところへ。


人混みの中。


小春は走る。



「先輩!」





そのまま――


抱きつく。







周囲の音が少し遠くなる。



黒瀬は小春を抱き止めたまま、


顔をうずめ、目を閉じる。







「……。」



いつもより抱きしめる力が強く、


少し黒瀬の肩が震えてるのに気づく。




泣かないはずだった黒瀬。




小春もぎゅっと抱きしめる。



「先輩、お疲れさまでした。」



「大丈夫です。今、私しかいませんよ。」





 



振り絞るように、少しかすれた返事。


「…ん」






自分も泣きそうになるが、堪える小春。




(…今は泣いちゃだめ。


 わたしが先輩の前で泣けない。)









小春は、


黒瀬が落ち着くまで、静かに、



ただ、ただ、抱きしめる。











小春は小さく言う。


「先輩、かっこよかったです」





ふっと、笑う黒瀬。


「知っとる」




「みんなのところに、戻りましょうか。」


ニコリと微笑む小春に、


「そうやね」


いつもの黒瀬。





「小春。」


「はい。」



「テーピング良かった。ありがとう。」


小春は少しだけ驚く。


そして笑う。


「当然です」







2人はみんなのもとへ。




「黒瀬ー!」


「黒瀬さん!どこ行ってたんですかー!」


「探しましたよー!」



サッカー部員に囲まれて



「ごめん、ごめん。」


笑顔の黒瀬。







小春しか知らない、黒瀬の涙。




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