第二十六話 体操服
秋が終わり、冬の気配が近づいてきた頃。
校庭に吹く風が冷たい。
体育の授業のために更衣室へ入った小春は、バッグの中を見て固まった。
「あ……」
長袖ジャージがない。
「うそ……忘れた……」
半袖のまま外へ出るには寒すぎる。
隣で着替えていた麻衣が気づく。
「忘れたの?」
「うん……」
「今日は風強いし、絶対寒いよ」
小春は困った顔でバッグを抱えた。
「どうしよう……」
体育館前。
小春は偶然通りかかった黒瀬を見つけた。
「あ、先輩!」
黒瀬が振り向く。
「ん?」
小春は少し遠慮がちに聞く。
「あの……長袖、忘れちゃって……」
黒瀬は一瞬だけ小春を見て、
「待っとって。」
黒瀬は自分の教室に向かった。
上着をもって小春の元に戻ってきた黒瀬。
「はい。」
「えっ」
「寒いやろ」
そのまま何のためらいもなく、小春の前へ差し出す。
「い、いいんですか?」
「ん。次体育じゃないから。」
「ありがとうございます!」
小春は嬉しそうに袖を通した。
ぶかぶか。
袖は手がすっぽり隠れるほど長く、丈も太ももまである。
ふわっと黒瀬の柔軟剤の香りがした。
「……」
思わず顔が熱くなる。
「大きいです……」
「だろうね。」
黒瀬は平然としている。
その様子を見ていた小春の友達たちがが目を丸くした。
麻衣もやってきて、小春の姿を見るなり吹き出した。
「ちょっと小春、それ子どもが大人の服着てるみたい」
「そんなに大きい?」
「袖どこ!? 手が見えない!」
そこで、黒瀬は。
「袖。」
黒瀬は慣れた手つきで、小春の長すぎる袖をくるくると折り返す。
嬉しいそうな小春。
「ありがとうございます。」
一部始終を見ていた一年生たちは
その光景にきゅんきゅんする。
時間を見た黒瀬。
「授業、遅刻するよ。」
「やばい!
先輩、ジャージありがとうございます!
いってきます!」
ぶかぶかのジャージ姿で走っていく小春。
小春の後ろ姿を見送る黒瀬。
「…かわい。」
授業が終わり、小春は黒瀬の教室へ。
コンコン。
「し、失礼します…。」
ドアの近くの三年生が不思議そうに小春を見る。
「どうしたの?誰かに用事?」
「あの、黒瀬先輩は…」
「あー、黒瀬ね。ちょっと待ってて。」
そして、教室の奥にいた黒瀬を呼んでくれた。
「黒瀬ー。呼んでるよー。」
「ん?…小春?」
姿に気づいた黒瀬は小春の元へ。
小春はジャージを丁寧に畳んで黒瀬へ返した。
「ありがとうございました」
「ん」
黒瀬が受け取ろうとした、その時。
小春は少しだけ名残惜しそうにジャージを見つめる。
「返したくない?」
「ち、違います!」
慌てる小春。
黒瀬はジャージを受け取りながら、小さく言う。
「また貸してやる。」
小春はぱっと顔を上げる。
「本当ですか?」
ぱぁと明るくなる小春の顔。
「…わざと忘れるなよ」
図星を突かれた小春は、一瞬固まってから照れ笑いした。
「……バレました?」
その答えに、教室の三年生たちは吹き出た。
黒瀬はやれやれといった表情。
スポーツ専攻三年生、体育の時間。
クラスメイト誰一人、気が付かなかった。
小春の甘い残り香がするジャージを羽織り
耳を赤くする黒瀬を。




