第十一話 文化祭
体育祭が終わると、学校は一気に文化祭ムードになった。
放課後の校舎には、ペンキの匂いと笑い声が溢れている。
看護科一年の教室でも、みんなが模擬店の準備に追われていた。
「小春ー!」
「はーい!」
「段ボール運ぶの手伝って!」
「今行くー!」
両腕いっぱいに荷物を抱え、中庭を走る。
そんな時だった。
向こうからサッカー部員たちが歩いてくる。
先頭は黒瀬。
ジャージ姿のまま、腕には脚立を軽々と抱えていた。
「あ。」
目が合う。
小春はぺこりと頭を下げる。
「黒瀬先輩、お疲れさまです!」
「お疲れ。」
短い返事。
それだけなのに、小春は嬉しくて仕方がない。
そのまま通り過ぎようとした瞬間。
黒瀬がふと足を止めた。
「重そう。」
「え?」
「貸して。」
「だ、大丈夫です!」
「いや。」
そう言うと、小春が抱えていた段ボールをひょいと持ち上げてしまう。
「あっ……!」
「教室どこ。」
「に、二階です。」
「行こ。」
自然な流れ。
黒瀬は歩き出す。
小春は慌ててその後ろをついていく。
校舎からの視線が集まっていた。
「ねぇ。」
「見た?」
「黒瀬先輩が荷物持ってる。」
「相手、小春ちゃんだ。」
「あの二人、本当に付き合ってないの?」
そんな声が聞こえてくる。
小春は恥ずかしくて俯いた。
「先輩……。」
「ん?」
「ありがとうございます。」
「ん。」
看護科の教室。
黒瀬が段ボールを床に置く。
「ここでい?」
「はい!」
「じゃ。」
帰ろうとしたその時。
教室中の女子たちが固まった。
「……。」
「……。」
「え?」
「黒瀬先輩?」
看護棟の教室に現れたスポーツ専攻三年。
静まり返る空気。
小春だけが慌てている。
「わ、私がお借りしてしまって!」
黒瀬は首をかしげる。
「借りられてない。」
「で、でも……。」
その様子がおかしくて、クラス中から笑いが起こった。
「小春ちゃん可愛い。」
「黒瀬先輩も優しい。」
そんな空気の中、黒瀬は少し照れくさそうに頭をかく。
「文化祭、頑張って。」
それだけ言って教室を出ていった。
教室の扉が閉まる。
次の瞬間。
「きゃーーーーー!!」
女子たちが一斉に小春へ駆け寄った。
「何あれ!」
「イケメンすぎ!」
「彼氏じゃん!」
「彼女です!」
思わず訂正する小春。
「え?」
「黒瀬先輩は女の先輩です!」
「そこじゃない!」
教室は爆笑に包まれた。
文化祭当日。
看護科は健康チェックコーナー。
血圧測定や応急手当体験を担当していた。
小春は白衣姿で受付をしている。
その姿はいつもより大人っぽく見えた。
「花井さん、お願いします。」
「はい!」
笑顔で案内する。
そんな時。
入口が少しざわついた。
サッカー部員たちが遊びに来た。
奈央が真っ先に手を振る。
「小春ちゃーん!」
「奈央先輩!」
その後ろから黒瀬も静かに入ってくる。
白衣姿の小春を見た黒瀬は、一瞬だけ動きを止めた。
「……似合う。」
ぽつり。
それだけ。
けれど、小春の時間は止まった。
「え……。」
「…似合っとる。」
もう一度言う。
耳まで真っ赤になる小春。
「ありがとうございます……。」
声が小さい。
奈央はその様子を見て、隣の部員を小突いた。
「見た?」
「見た。」
「黒瀬先輩、自分から褒めた。」
「事件だ。」
部員全員が頷く。
文化祭の最後。
校庭にはイルミネーションが灯り始めていた。
模擬店も片付けが始まる。
小春が一人で机を運んでいると、隣に黒瀬が来た。
「持つ。」
「先輩、今日はいっぱい手伝ってもらってます。」
「いい。」
二人で机を運ぶ。
歩幅を合わせて歩く。
夕焼けに照らされた校庭を並んで歩く姿に、すれ違う学生たちは自然と微笑んだ。
「やっぱりあの二人、お似合いだね。」
「うん。」
「まだ付き合ってないらしいよ。」
「うそでしょ?」
「小春ちゃん、毎日黒瀬先輩しか見てないもん。」
そんな噂話が聞こえる。
小春は恥ずかしくて俯く。
黒瀬は何も気にしていない。
ただ、歩く速度だけは、小春に合わせて少しゆっくりだった。
その優しさに気づいているのは、美咲と奈央だけ。
「もう時間の問題だね。」
「うん。」
二人は顔を見合わせて笑った。
文化祭の夜。
小春の恋は、また少しだけ大きくなっていた。




