第6話 追われる二人の追われる前
「というわけで、あの村について深く調べることなく廃村と思ってしまったわけです」
粛善にとってはかなり遅い朝ごはん、カモメにとっては早弁となったクリームシチューを食べながら、カモメは自ら『失態』と言った落ち度について話していた。
宗治郎たちが暮らしていた『赫村』が、地図にもマップアプリにも載っていないこと。それに加え、『言質霊』を作り出す元となる言葉――いわゆる『言霊』が、その赫村では年一回しか使われなかったことから、そこに人は住んでいないと思ったらしい。
カモメはシチューと一緒に出されたパンを不服そうにちぎった。
「どこかの頭のおかしい奴が、狂信的な考えで毎年一人誘拐しているものだとばかり」
「お前さん、たまーにオカルト方面に爆進するよな」
「最近読んだホラーミステリーの影響が……」
本好きの影響がこんなところにまで。粛善はくっくと笑った。
カモメはパンを口へ運ぶ。もぐもぐしながらアタッシュケースの上に用意している分厚い資料を手に取った。
「年一回しか使われなかったというのも、どうやら意図的なものだったらしくて」
「というと?」
「村には『掟』なるものが存在していたんです。その『掟』の三つ目と四つ目が、『村長以外【生け贄】という言葉を使ってはならない』、『村長は田の神様へ生け贄を捧げるそのとき以外は【生け贄】と言ってはならない』というもので」
残りのパンを口に入れてから、カモメは資料をパラパラとめくった。左上のホッチキスの芯が隠れる。三分の一ほどめくったところで手を止めた。
「まさかと思って調べたんです。そうしたら、出ました。墨師四代目……当主様の高祖父様が現役だったころに、同じように赫村から言質霊が出ています。しかも」
カモメは粛善へ資料を渡しながら言った。
「以前も同じ、『生け贄』の言霊。四代目が村に駆けつけたときにはもう言質霊は村を滅ぼし、逃走していました」
粛善はカモメから資料を受け取って、そこに書かれた几帳面な字を目で追った。調べて印刷すれば楽だろうに、カモメはいつも手書きで纏めてくる。必要ないことは徹底的に排除しようとするためだ。そのおかげでとてもわかりやすい。
地図に載っていなかったのは、言質霊によって村人が皆殺しにされ、時の流れと共にほとんど木に埋め尽くされたからのようだ。
「私のひいひい爺さんは、逃げたそいつを封印できなかったわけか」
「はい。そのために今回も同じ言霊の言質霊が生まれたようですね」
カモメの補足を聞きながら、粛善は次のページをめくる。
カモメは食べ終わった二人分の皿を回収して、焚き火で沸かしておいた湯でお茶を淹れる。「ここからはぼくの想像ですけど」と言いながら粛善の前に置いた。
「襲われた人たちの中に、生き残りが数人いたのではないかと。四代目は言質霊を封印するためにその人たちから情報を得ようとしたはずです。当然、話の流れで言質霊について説明するでしょうから、残された村人たちは言質霊の存在を深く理解することになります。
四代目を言質霊のもとへ送り出したあと村の復興に入り、同じ被害を受けないためにはどうすればいいかと思考を巡らせて、『掟』という形の村の決まり事を作った」
結局また言質霊を作り出しちゃったわけですが、と毒づきながら、カモメは自分の分のお茶を注いだ。
カモメが作った資料には、四代目が村を去ったとされるその年以降、年に一回『生け贄』という言葉が使われている。
粛善は渡されたお茶をすすり、顔を上げた。
「ひいひい爺さんから説明を受けてなお、性懲りも無くこの制度を続けておったのか」
赫村が滅ぶ前も復興してからも、年に一回、田の神様が祀られている祠へ生きた子どもが供物として捧げられている。それは、来年の豊作を祈り、餓死者を出さないために続けている村のルール。
資料の歴代生け贄の欄には、『草薙未羽』の名が最後に書かれている。宗治郎が連れて逃げている、言質霊となったあの娘の名だ。
「例年通りであれば、その年に生まれた子どもが田の神様とやらへ捧げられるはずだったんだろう? なんであの娘っ子なんだ」
未羽は十九歳と書かれている。もうすぐ二十歳という娘が連れていかれるはずはない。
「生まれなかったみたいです。今年は一人も」
カモメは少し前のめりになって手を伸ばし、粛善の持つ資料を一ページ前に戻した。
「『掟』によれば、原則『生け贄』として田の神様に差し出すのはまだ言葉を喋れない今年生まれた赤子。生まれなかった年は、二十歳未満の娘が話し合いによって選ばれるようです」
「公平な話し合いか?」
「いえ。家族関係や村での立場から見て、いなくなっても良しとされる娘が選ばれているようです。草薙未羽は孤児だったので、それが理由かと」
悲しむ親がいないから、とまで言わなかったのは、カモメの良心だろう。
「まあ、あの男だけは良しと思わなかったようですが」
「惚れとるっぽかったからな」
「わかりやすかったですね。きっと彼女のほうもあの男を好いていたのでしょう」
言質霊なんかに取り憑かれなければ、良い夫婦になったのかもしれない。
粛善は半分になったお茶を飲み干して、カモメお手製の資料を読み込んでいく。何度も出てくる『生け贄』や『供物』という言葉から、いかにあの村が狂っているかが想像できる。しかし、
「自分の赤子が供えられるってのは、相当喜ばしいことなんだろうな」
無念と思うべきなのだろうが、共感力の欠けた粛善はあくまで事実から読み取れる感情を拾い上げた。カモメの返答が遅れる。粛善が再び顔を上げると、カモメは表情を変えずに「そうですね」と言った。
「赫村で生まれ育った人なら、自分の子が選ばれたら泣くほど喜ぶでしょうね」
「『この子のおかげで来年も食にありつける。この子は村の英雄だー!』ってか」
「そこまで大喜びするかはわかりませんが。ただ、実際お祭りに近いこともしていたみたいです。生け贄に選ばれた赤子の家族は村一同から祝福されて、豪華な料理を振る舞われていたとか」
カモメの補足は資料には書かれていない。調べる上で頭に入ったものの、書く必要はないと判断したようだ。書きたくなかったのかもしれないが。
【第6回 豆知識のカモメ】
そろそろ『言質霊』とか『言霊』とか説明すべきかと
「題名の通りです当主様。6話まできたのでそろそろ詳しく教えてください」
「メタなこと言うなよ、カモメ。後書きだからってなんでもいいと思ってんじゃなかろうな」
「それを言ったら当主様だって」
「私は常に心の声ダダ漏れだからな。今更ってやつよ」
「不公平だ……」
「で? メタなカモメくんはこんな後書きで説明していいと思っとるんか」
「思ってません」
「なら菓子でもつまんで待っとけ。あの坊主もわからんまま逃走しとるしな」
「…………」
「なんだその目つき」
「まさかとは思いますが。ただ単に当主様が説明したくな――」
「あーあー! ネタバレ禁止、ネタバレ禁止ー!!」
お読みいただきありがとうございました。
《次回『アート』》
墨師の相棒・特大筆を振り回す。
どうぞよろしくお願いいたします。




