↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墨師  作者: さんれんぼくろ
第一章『旅の目的』
17/22

第17話 言質霊(2.5)

「当主様、少し待ってあげたほうが」


 続けて説明しようとする粛善(しゅくぜん)をカモメが止めた。

「ん」と簡単に返事をして、後悔し続ける宗治郎を見る。なるほど、こういうときも少し待つほうがいいのか。


 学んだ粛善は懐からボロボロのノートを出して、ぱらりと開く。十二個作ってある項目の三つ目、『共感力』のページに新たに書き足していく。宗治郎の様子、表情、言葉や状況。最後に矢印を添えて『少し待つ』と書いた。


 合ってるか確認してもらうためにカモメに見せると、カモメは『待つ』以外の対処法も教えてくれる。なるほど、と思いながらそれらも追加で書く。『可能なら慰める。間違いだと思ったら訂正する』。


「なに、書いてんの?」


 目元を乱暴に拭った宗治郎が訊いてきた。もう話していいかとカモメに確認の視線を送る。カモメが小さく頷いたので、粛善は持っていたノートを宗治郎に見せた。


「ちと忘れっぽくてな。当たり前のことでもこうして書いとかないと結構困るんだ」


 受け取ったノートを宗治郎は一枚一枚めくっていく。横にはみ出したインデックスの名称が大体十から十五ページ間隔で変わっていく。『常識』、『共感力』、『自分の名前』――。


「これ……ここに書いてあること、全部よく忘れんの?」


 顔を上げた宗治郎は嘘だろうと言いたげな表情をしていた。眉を変な形に歪ませて、口角の下がった少々不細工な顔をしている。声のトーンも微妙に違う。これらの判断基準は全て『共感力』のページに記載されている。


「よく、なら良かったんだがなあ。残念ながら、毎日忘れる」


 宗治郎は「は?」と驚いた声を出した。そういう反応にもなるだろうと思う。


 宗治郎が見ていたページのほとんどは、彼が特になにも考えなくてもわかるし行動できるような事例がほとんどだ。『常識』に記載している一行目なんか、朝と昼と夜の違い、朝起きたら顔を洗う、なんて書いてあるのだから。


 悪気はないのだろうが、宗治郎は粛善にも聞こえる声の大きさで「ありえねぇ」と言う。それからノートを再度見て、ひたすらページをめくっていく。そのたび怪訝な表情をされる。

 慣れてはいるが、胸のあたりで妙にチクリとした。


「なあアンタ、もしかして脳の病気とかなんか……」


 宗治郎の追及を、カモメがノートを強引に奪い取ることで遮った。宗治郎が声を上げる。カモメはノートを両手で丁寧に閉じて、それから宗治郎を無表情で見下ろした。


「落ち着いたのなら、話を戻させてもらいたいんですが」


 ぽかんとしている宗治郎を置いて、カモメは焚き火の横を通って帰ってくる。翼が出ているときのカモメは本当に速い。

 仏頂面でノートを渡してくれるカモメにありがとうと言おうとすると、カモメは粛善にだけ聞こえる小声で「当主様」と囁いた。


「筆が折れてしまいます。どうか力を抜いてください」


 指摘されて、気づく。粛善は自分の脇に置いた特大筆を竹刀袋越しに握っていた。袋の形が大きくひしゃげている。耳元に近づければミシミシ音が鳴っているかもしれないほど、無意識に強く握っていた。

 なるほど。カモメはまた、粛善のメンタルケアを買って出たらしい。


「説明、代わりますね。少し休んで」

「……すまん。ありがとうな、カモメ」


 筆から手を離し、ノートを懐に戻す。

 カモメの手がふわりと自分の背中に置かれたのがわかった。ぽふ、ぽふ、と軽く叩かれる。

 ああ、そういえば。この慰め方を教えてくれたのもカモメだったか。


「カモメ。仏頂面でいてくれてありがとうな」


 カモメが宗治郎と話し始める前に、粛善はそれだけ言っておいた。以前は表情豊かだったはずのこの青年が、自分のために表情を消しているのを粛善は知っている。気持ちを推し量ろうとして相手の顔を見るのに疲れる粛善のため、ほとんど表情を変えなくなった彼の優しさも。


 カモメは仏頂面のまま粛善を見る。粛善が努力して口角を上げると、カモメは表情を緩め、年相応に笑ってみせた。


「当主様のためなら、いくらでも」


 久しぶりに見た笑顔に、荒んだ気持ちが洗い流される感じがした。

【第17回 豆知識のカモメ】

表情を消すためにカモメは色々やった


「理由は聞いとったけど、いざ仏頂面で会話するようになったときはちょっとびびったなあ」


「実はぼくもです」


「カモメも?」


「逆に当主様から避けられるのではないかと思って」


「なぁに言っとるんだ。私のためにしてくれてるのになんで私が避けなきゃならん」


「だって当主様、漫才番組好きじゃないですか」


「ん? おう」


「当主様と一緒に観ても、ぼくは一緒に笑っちゃいけないわけですし」


「……そこは、むしろ笑ってくれたほうが嬉しいが」


「笑い続けるとまた顔を戻すのが大変なので」


「そういえばその顔の作り方知らんな。毎回どうやってそんな仏頂面を……」


「毎日ホラー映画と漫才とエ〇動画を感情殺しながら見て――」


「すまん。カモメ、本当にすまん」


「迷惑でしたか」


「違う。嬉しい。嬉しいんだが……とにかくすまん」


お読みいただきありがとうございました。


《次回 言質霊(3)》

サブタイトル終了です。とりあえず会話にひと段落。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。