第15話 言質霊(1)
「さて……どこから話せばいいかな」
食後のお茶を淹れてくれたカモメにお礼を言って、ちびちび飲みながら粛善は考える。
話すべきは、言質霊についてと未羽の状態、『門』に関する頼み事。宗治郎を見守っていたこの数日である程度考えは纏まっているが、果たしてそのまま伝えて納得するだろうか。
焚き火の向こうで、目を輝かせながら熱い茶を飲んでいる宗治郎を見る。お腹いっぱい食べたくないと言った割に、宗治郎はよく食べた。久しぶりにきちんとした料理だったからかもしれない。掻き込むように食べて、途中から涙を溢れさせた。
水しか飲んだことがないとか言って、お茶になかなか口をつけなかった宗治郎は現在おかわりをカモメにお願いしている。
泣いたり怒ったり、ただの緑茶に感動したり。「調子が狂う」とカモメは妙な表情をしている。以前作った資料に情報を追加した冊子をアタッシュケースから出して渡してくれる。
痛めた羽の手入れを始めるカモメへありがとうと言ってから、粛善は表題に目を落とした。
【言質霊No.2089 言霊は『生け贄』】
「アンタらの中ではさ、未羽はもう『人』じゃないんだよな」
急に宗治郎から切り出され、粛善は驚いた。資料から顔を上げる。宗治郎はお茶に対する感動から脱却して、暗い瞳で湯呑みの中を覗いていた。
「俺、認めないからな。未羽は人間だ。どんな姿になろうと、今後も人を食べようとしても、未羽は……」
拒否の姿勢を続ける宗治郎は、しかし、そこで言葉を詰まらせた。一度未羽を見下ろして、表情につらい感情を滲ませる。湯呑みを強く握りしめている。
粛善の隣で、カモメの羽を抜く音が静けさを際立たせた。未羽に噛まれた部分だけを、ぷつん、ぷつん……と、地道に抜いている。
「アンタらだって、羽が生えたり、筆でなんでも作ったりするじゃんか。同じだろ。だから未羽も」
宗治郎の言葉を遮るように、白いものが音を立てて粛善の横を通った。
「やめとけ、カモメ」
笑って言いながらカモメの肩に手を置く。
まだ手入れ中だった翼が伸びて、羽の先にある黒色の部分が鋭利に変形して宗治郎に突きつけられていた。『カモメ』の由来でもある黒い羽が、もう少しで首に触れる。間一髪、怪我をしないところで止めている。
「いつも言っとるだろ。知らんもんからしたら、私らも言質霊も同じに見えるんだ。ただびととは違うもんを持っとる時点で同類。理解してもらおうと思うな」
「わかっています。でも、命を救われておいて、そんなふうに思うのはあまりにも無礼でしょう」
黒い羽が少しずつ鋭利さを落としていく。普通の柔らかい羽に戻したところで、カモメは低い声で「おい、お前」と言った。
「ぼくのことはなんとでも言えばいい。でも当主様を奴らと同じにするな。殺すぞ」
粛善はべしっとカモメの頭をはたいた。カモメの教えによれば、人にそんな口を利いてはいけないからだ。
カモメは粛善にはたかれた頭をさすりながらこちらに顔を向ける。「合ってたか」と粛善が訊くと、カモメは不服そうに「正解です」と言って指でOKマークを作った。
宗治郎は突きつけられた羽に恐怖しつつも、二人のやり取りに疑問の表情を浮かべていた。
粛善はへらりと笑う。
「すまんな、坊主。カモメも本気でやっとるわけじゃないから気にせんでくれ」
「本気かもしれませんよ」
「ないない、ほんとにない」
粛善は笑いながら手を振った。
「お前はそんなやつじゃないよ」
無愛想に見えて情に厚い。彼が暴力的になるのは粛善を庇おうとするときだけだ。
カモメが大人しく羽の手入れに戻る。粛善は「えーっと」と言いながら資料をパラパラめくり、宗治郎に説明する取っ掛かりを探す。現在の未羽が『人』ではなく『言質霊』であることを確信させるための、なにか。
「そうだな……。一応訊くが、お前さん、娘っ子がもう死んどることはちゃんと認識しとるな?」
さすがに大丈夫だろうとは思ったが、念の為に訊いておく。宗治郎はすぐに返事をしなかった。口を真一文字に結び、目を固く閉じる。しばらくそのまま動かなかったが、やがてこくりと頷いた。
粛善は安心して「よし」と言う。
「死んでもなお動いとることを、お前さんは不思議に思わんかったか」
「……別に」
「普通の飯を食わんことは?」
「それも、別に」
「水も飲まん。眠りもせん。それ以外にも、『未羽』を知っているお前さんだけがわかる違いもあったんじゃないか」
徐々に下がりつつあった顔を上げた宗治郎は、虚を衝かれたような表情をしていた。
「眠りも? いや、寝てたよ、未羽。俺の横で」
「眠ったフリだ。お前さんが寝たあとでこっそり起きて、お前さんの顔をじぃーっと見とったぞ」
夜中から明け方まで、初日からずっと、と教えてやると、宗治郎はさすがに顔色を変えた。
限界を迎えて夜中に食べられそうになったことを思い出しただろうか。自分は最初から捕食対象だったのだと、わかってもらえていたらいいのだが。
我慢していたあくびをようやく普通に出して、粛善は目をこする。今日の見張りはカモメに任せて寝かせてもらおう。寝不足がそろそろキツい。
「わかったか? 坊主の隣におる娘っ子は、見目は同じだが中身は別物だ。いま娘っ子の体を動かしとるのは、『言質霊』っちゅー『言霊の集合体』だ。『未羽』じゃない」
「うそだ……」と小さく言って否定する宗治郎を、粛善はまっすぐ見つめる。宗治郎の視線は粛善の視線と交わらない。『言霊』についても聞き返してこないあたり、宗治郎はやはり彼女を『未羽』だと思い込みたいのだろう。
最後まで話を聞いて気持ちが変わることを祈って、粛善は続ける。
「娘っ子はな、二人が村から逃げていたあの日、おそらく坊主と逃げている最中に、とある言葉を言ったせいで死んだんだ」
宗治郎が目を見開いた。湯呑みが手から滑り落ちそうになるのを慌てて支えている。宗治郎は分かりやすく瞬きが増えた。
【第15回 豆知識のカモメ】
ようやく言質霊の説明が
「当主様。えらいです当主様。ちゃんと一人で説明しようとしてるじゃないですか」
「だってカモメが私に丸投げしてくるから……って、なんでそんなキラキラ顔で褒めとるんだ。怖いぞ」
「当主様の成長に感動して」
「嘘つけぃ」
「嘘じゃありません。一割くらいは本当です」
「一割って」
「残りの九割は、こうやってきちんと説明できるのにどうしていつもぼくに丸投げだったのかという憤りです」
「怒ってキラキラしとったんか?」
「しかめっ面するほうが良かったですか」
「それはそれであれだけども」
「今後はずっと当主様に説明させましょう。真面目なトーン、真面目な顔で話す当主様は貴重です」
「おいこら、いつも真面目にしとるだろうが」
「あんな呆けた顔で話す人がなにを」
「常に仏頂面なお前に言われたくないわ」
「悪口です」
「どっちが」
「アイス奢ってください。当主様の分はぼくが奢ります」
「三段アイスにしてやる。味は?」
「王道にバニラ、ストロベリー、チョコミントで」
(歯磨き粉……)
お読みいただきありがとうございました。
《次回 言質霊(2)》
言霊と言質霊について。
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