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第8話 崩れた向こう側

ゲートをくぐると音楽はいっそう大きくなり、その音に胸が大いに高鳴った。

童話をモチーフにした街並みを進み、よく手入れのされた庭や花壇の先に古城が見えた。


「見たことのない花が、こんなに!あの大きな建物の中も入れるのかな?陽太すごいね!」

千早は驚きと感動で少し涙目になっていた。

そういえば、プレゼントに花束をよこすくらい、千早は花が好きだった。

「めっちゃ映えそうなのにぃ、もったいなぁい」

莉子が千早の喜ぶ顔を見てそう呟いていた。


古城の周りをぐるりと回るように奥へ進んでいくと、ジェットコースター、観覧車などが見えてきた。暑い日にもかかわらず、どのアトラクションにもそれなりに人が並び、にぎわっている。

「今のうちに人が少なそうなところ並んじゃう?」

「うん。行こう!」

動画を見せたときには微妙な顔をしていたが、実物を見たら興味がわいたのだろう。ジェットコースターに一番に乗りたがった。

「乗り終わったみんな、笑顔で本当に不思議。怖そうだけど、陽太となら平気かも」

「何かあったら、絶対助けるから」

たかがジェットコースターで、こんな騎士気取りのセリフを言ってしまい、佐藤がニヤニヤした顔が視界に入ってきた。

お前も親と同じ顔をするな。


暑い中、日傘は邪魔になるので折りたたまれたままだったが、千早は暑さを感じていないのか、かなりはしゃいでいた。


楽しかったのだろう。

ジェットコースターをきっかけに、千早は色々なものに乗りたがった。コーヒーカップにメリーゴーランド。移動するたびに水分は取っていたが、手持ちの飲み物はあっという間になくなった。


「いったん休憩しよ。のど渇いちゃった。飲み物買おうよ」

莉子が提案してきた。

「なら俺買ってくるわ。その間、場所取りしといて。行こうぜ」

佐藤が俺を誘ってきた。


「なぁ、気晴らしにはなってるか?」

列に並びながら、佐藤がボソッと聞いてきた。

「来てよかったよ。本当にありがとう」

あんなに喜んでいる千早を見れて心の底から感謝した。

その言葉に佐藤はほっとした様子だった。



席を確保していた2人のところに戻ると、莉子が千早にスマホを見せていた。

「素材がいいんだからもったいないって。盛らなくても千早綺麗だし、絶対バズるよ!自信ないなら、このアプリおすすめだよ。最初から肌補正かかってるし、目の加工もデフォでできるし」

「…なに教えてんだ?」

佐藤はあきれた声を出した。


「千早はスマホ持っていないんだよ」

俺は慌てて説明した。

離れる前と違って、明らかに千早は顔色が悪かった。

「まじ?今時そんな子いるんだ……って、ごめんね」

莉子は慌てて謝ったが、気まずそうな顔をした。


「ううん……私こそ、ごめんね……その、スマホ持つようになったら、また教えてくれる?」

「…うん、それはもちろん。あ、海翔、買ってきてくれてありがとう。お金いくらだった?」

声のトーンが下がった莉子は海翔に向き直り、飲み物を受け取った。


「千早、水売ってなくて悪い。この暑さで売り切れちゃったみたいでさ。お茶か、ジュースになるんだけど、どっちがいい?」

「……」

「千早?」

「あ、ごめんね、ありがとう。……お茶もらってもいい?」


返事の遅れた千早は、どこか元気がなかった。

さっきまであんなにはしゃいでいたのに、この暑さで、疲れたのだろうか。

一口飲んで、ため息をついていた。


「ちーはや」


不意に名前を呼ばれて、千早も、俺も莉子を見た。

レンズがこちらを向いて、シャッター音がした。


「思い出やっぱ1枚くらいあったほうがいいと思ってさ。これはネットに上げないから、あとで海翔経由で写真送るね」


莉子が俺にいたずらっぽく笑った。

気を利かせたつもりだったのだろう。千早は何かを言おうとしたが、唇は震え、ますます青ざめた顔をしていた。


「莉子さん、ありがとう」

俺は慌てて大声でお礼を言い、急いで付け加えた。

「あのさ、パレードって何時から始まるんだっけ?」


「え?待ってね。今、時間を……やば、移動しないとぎりぎりかも」

スマホの時計を確認した莉子は慌てて立ち上がった。


「千早、どうする?少し休んでく?」

俺は千早の様子が気になり声をかけたが、千早は笑った。

「平気……。それにパレード見たいから。飲み物ありがとう」

なんだかやつれた顔をしていたが、飲み物を片手に千早は立ち上がった。



4人は人の流れに沿って、古城正面近くの噴水のそばにやってきた。

噴水のそばは飛沫を感じ、いくぶん涼しく感じた。

近くに来るよう、千早にすすめようとして振り返った。

千早は一瞬体が硬直したかと思うと、噴水のそばに近づかず少し離れた、

パレードがよく見えるように通路の近くに陣取った。涼しさに後ろ髪を引かれたが、俺もそれにならった。

確かにここの方がよく見えそうだ。



ほどなくして、奇抜な衣装の人々が躍り、着ぐるみのキャラクターが手を振り、大きな台車(フロート)からは音楽が流れ、シャボン玉を飛ばしながらやってきた。

千早の側にいたので、最前列で眺めることができた。


ここでしか見られない特別感とその場の雰囲気で周りは熱狂している。

莉子も千早も佐藤ですら釘付けで、彼らの踊りに夢中だ。

俺はその踊りと音楽で体が揺れながらも、先ほどの千早の様子が気がかりでちらちら見ていた。


やがて、大きな台車が止まり、曲が変わった。

キャラクターは踊りながら、肩に担ぐほどの水鉄砲を取り出し始めた。夏の人気イベントでキャストが客に向かって水鉄砲を打ってくる、スプラッシュパレードの水を浴びようと人がさらに集まってきた。

俺は千早とはぐれないように、押されようとも隣を譲らなかった。

着ぐるみから手拍子をするよう煽られ、観客はリズムに合わせて手をたたき始めた。


「それじゃあ、皆さん!行きますよー!それー!」


「ぃやっ——」


水がこちらにまかれた瞬間、千早が声を上げた。周りの歓声にかき消されたが、まぎれもなく千早は悲痛な悲鳴を上げた。


俺は驚いて、千早の方に顔を向けた時、千早は顔を覆い、人ごみから抜け出そうと走り出していた。


「千早…?」


スマホも持っていない千早がこんなところではぐれたら——


俺は急いで追いかけたが、人の流れと逆走しているのでなかなか追いつけない。

それでも見逃さないように後ろ姿を捉えていたが、不思議なことに次第に千早の頭が見えなくなっていった。


まるで背が縮んでいるように。


そればかりか、チャコールグレーの髪が次第に赤みを帯びていったように見えた。


それでも何とか人ごみをかき分け、千早がかけていった方向へ進み、人ごみから抜け出すと、お茶の入ったカップが落ちて、地面に溢れていた。


「千早」


視線の先の遠くの方に、浅葱色の肘丈袖無しのチュニックに生成色のパンツスタイルで、肩に薄手のショールをかけている小さな子が見えた。

その子は赤褐色の髪の毛を揺らし、植え込みに消えていった。


そんなわけない。


……そんなはずが、ない。


でも。



それでも何か予感めいたものを感じる。



俺はその子が消えた植え込みへ、まっすぐ駆けた。


遠くで音楽が最高潮に達しようとしていた。

人気のない庭園に着いた時、ヒマワリに似た背の低い花の足元にキーホルダーが転がっていることに気づいた。

俺があげたものと同じもの。

ゲーセンで必死に取ろうと目に焼き付けていたから間違いない。

最近流行ってるもので、これは誰かの落とし物かもしれない。



……でも。


じゃあ、あの写真は?


見覚えのある部屋で、カメラ越しに角度を悩んで何度も撮った、口元を無理に吊り上げた俺の顔だ。

写真は花の茂みの中に、花と似た毛色の小さな狐に抱かれ、小刻みに震えていた。

狐はひどく怯えているのか弱っているのか、身動ぎひとつしない。



不意に人の声が聞こえ、俺はどっと汗が噴き出した。

パレードの音楽が止み、誰かがこちらに近づいてくる気配がした。

俺はとっさにショルダーバッグからタオルを取り出した。

パレードで事前に濡れることが分かっていたので、千早の分と2枚、持ってきたのだ。


狐を抱き上げ、タオルにくるんだ。

そして、急いで誰にも気づかれないように遊園地を足早に後にした。




「パパ、あれ見て。私もおっきいの欲しい」

「また今度な」


心臓が早鐘のように鳴っている。


見つからないように、というのは無理な話だが、最近のキツネだか、タヌキだかのキャラクターのおかげで、抱きかかえられているのが人形だと思われているだろうか。

それに、パレード直後、電車に乗り込んだのは自分だけではない。

服が湿っている人は何人かいた。

もしかしたら、遊園地帰りで、夏のイベントグッズか何かと思われたのかもしれない。


俺は黙って誰とも目を合わせないように突っ立っていた。


不意にポケットが震えた。


片手で狐を抱きかかえるが、狐は身じろぎ一つしない。


佐藤からの着信だ。

俺は一度電話を切り、ごめん、2人で先に帰ると文字を打ち、送信した。

既読がつくのも確認せず、すぐに電源を切り、ポケットに突っ込んだ。


そして、また、両手で狐を抱きかかえ窓の外をじっと見つめ続けた。


窓越しで、わずかに尻尾が揺れた気がしたが、幸運なことに、誰かに呼び止められることはなかった。


電車の中も、電車を降りて歩き続けても、俺の口は電車の冷気で強張ったのか、開くのが重く、なんとか開いても、言葉が出てこなかった。

腕の中の狐は時々身動ぎして、俺の顔を見上げているようだった。俺は立ち止まることもせず、まっすぐ歩みを進めた。

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