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第7話 普通の外側


夏休みも終わりが近づいてきた。

熱意を持って入った高校生活は思い通りにいっていなかったが、充実はしていると思う。ただ、もう次の進路を考えないといけないのが憂鬱だった。

模試の結果を考えるのは、学校が始まってからでいい。


遊園地デート当日。


すぐに汗をかくのはわかりきっていたが、朝起きてシャワーを浴びた。丁寧に歯を磨き、時間をかけ、髪をセットした。なぜか思うように髪がはねなかった。

佐藤に遊園地に誘われたことを親に言うと、臨時金を奮発してくれた。佐藤にお礼する分も含まれているのだろう。


「帽子は?」

「持ってるよ」

せっかくセットしたのだ。キャップ帽をカバンの肩紐に引っ掛けた。セットが崩れないうちは、かぶりたくない。

「頑張ってね」

模試の日にはそんなこと言わなかったのに。

普通、楽しんでこい、だろ……

しかし緊張で、今日は親のニヤニヤする顔は気にならなかった。

千早の分の飲み物も忘れずにショルダーバッグに入れ、家を出た。


「っちーな……」

少しくらい曇っていてほしい。今日は雲一つない晴れ模様だ。数歩も歩かないうちに汗が吹き出す。


神社の近くまで来ると、石段近くの鳥居の脇に止まっていた消防車が走り出し、すれ違った。

数人、人が集まっていたが、俺が鳥居下に来る頃には、もうまばらになっていて神社から離れようとしていた。

木々の合間から鳥のさえずりが、いつものように聞こえてこない。

なんだか、嫌な感じだ……

何が起きたか聞けばよかったな、と遠のいていく大人たちの背中を眺めていると、


「陽太」


不意に声をかけられた。


振り返ると、千早が石段下の木陰の中に所在なげに立っていた。


いつもの深緑色のセーラー服ではない。浅葱色の肘丈袖無しのチュニックに生成色のパンツスタイルで、肩に薄手のショールをかけていた。手には、この前持ってきた日傘を広げもせずに引っかけていた。

あの艶やかな黒髪は染めたのか、マットなチャコールグレーになっていた。


「おはよう。今日はまた、雰囲気がだいぶ違うけど、髪染めたの?」

とても良く似合っていた、あの綺麗な黒髪を染めてしまったことに俺は残念に思った。


「似合う?」

「すっげー似合う!」

それはそれとして、千早のいつもと違う格好で胸の高鳴りが止まらない。

「良かった。陽太も、カッコいいよ」

千早はほっと息を吐き、はにかみながら褒めてきた。千早のこわばってた顔が少し緩んだ気がする。

「無造作ヘア?っていうんだっけ。似合ってる」

そう言い、千早は俺の頭に手を伸ばした。ツンツンと触り、興味深そうに優しく撫でてきた。

「所々カチカチになってるんだね」

「もう、いいだろ」

ワックスをつけすぎたことが恥ずかしくなり、少しだけ頭を仰け反った。


「それよりさ、さっき消防車来てたみたいだったけど、何かあったのかな」


「あぁ……境内の一部でボヤ騒ぎがあったみたい」


千早は名残惜しそうに手を引っ込め、手持ち無沙汰になった右手の指先で、くるくると髪の毛を巻き付けた。


「すぐに誰かが連絡したみたいで、ほら、ベンチの——あの後ろの雑草がちょっと燃えただけで済んだみたいなの」

「マジかよ……。神社内でポイ捨てだか、火遊びだか知らないけどさ、そんなことする奴がいるとか、許せないよな。……けど、千早が無事でよかったよ」


胃のあたりがムカムカする。ありえない、ふざけた話だ。俺と千早の大事な場所なのに見ず知らずの奴に汚されたみたいで許せなかった。


「そうね……ありがとう。そんなことより、遊びに行くんでしょ?時間大丈夫なの?」

千早はソワソワしている。最初はあんなに渋っていたのに、なんだかんだ楽しみになったんだろうな。


「うん。余裕持ってきたから。けど、そろそろ行こうか」

俺は時間とこれからの気温を確認した。

千早は日傘をギュッと握り、鳥居を見あげた。


「今日は1日中晴れらしい」

「そう」


千早は短くそう呟くと、日傘を胸に体を縮こまらせ、鳥居をくぐった。


「日傘、使っていいんだよ?」


日差しを浴びても、遠慮しているのか日傘を握りしめていたので、俺は声をかけた。


「陽太」

「うん?」


「…そうだね」

千早はふぅっとちょっと息を吐いた。そして得意げに笑い、日傘を開いた。


「ふふっ」

日傘の下でくるりと踊り、すました顔で歩き始めた。


千早のドヤ顔もすこぶる可愛く、モデルがランウェイを歩くように、颯爽としていたが、嫌味に見えなかった。

一瞬、釘付けになったが、千早がショールを翻した時に、肩にかけていたショールには灰がうっすらついていることに気づき、髪の毛は煤のようなにおいがした。


俺が来るよりだいぶ前から神社で待っていたのだろう。


千早があまりにも機嫌のいい顔をしていたし、水を差したくなかったので、黙っておくことにした。

それに、においも灰も、時間がたてば薄れていった。




莉子(りこ)でーす!海翔(かいと)がいつもお世話になってます」

「俺がお世話してんだよ」

「ははっ、どうも」

「今日はよろしくね!」


駅に着くとちょうど同じタイミングで佐藤も彼女を連れてやって来た。俺と同じくらいの身長で自分のスタイルに合わせた着こなしを熟知しているのだろう。動きやすい、スポーツブランドの服を着こなしている。

莉子は溌剌として、一軍女子の匂いがした。なんというか、写真で見たままの印象で、想像通りのノリで話しかけられた。


「あの、今日はよろしくお願いします。千早です」

千早が慌てて日傘をたたみ、お辞儀をした。

莉子に気後れしてる場合ではなかった。俺の彼女と、俺から紹介するところを——やってしまった。


莉子は千早を上から下へと視線を落とし、そして俺をちらりと見て、ニコッと笑った。

「ねぇ、千早って呼んでいい?ダブルデート記念に写真撮らない?」

「写真が苦手って言っただろうが」

「えー?」


俺の気持ちとは裏腹に千早はいたく莉子に気に入られたらしい。莉子は興奮気味で、千早はグイグイ話しかけられている。


「ごめんな。こいつ、面食いなんだよ」

「あはは……。私も莉子って呼んでいい?」

「もちろん!」

2人はあっという間に打ち解けたようだ。

「一本早いのに乗れそうだから、行こうぜ」

佐藤が改札口に目をやり、話し込みそうな莉子を小突いた。



電車の中はかなり混んでいたが、それでも外と比べ、ずっと涼しかった。人の多さに一瞬、千早の驚いた顔が目に入ったが、その一瞬だけで、千早が特に何か言うわけでもなかった。

電車の中では莉子が千早への質問が止まなかったが、俺は千早が答えに詰まるたび口を挟んでいた。俺が無理に割って入っても、莉子は気にした様子もなく、話し続けていた。佐藤は特に会話に混じることもなく、ただ莉子を眺めては時々、ちらりと俺と目が合い、千早と俺を交互に見ていた。


たった数駅で改札を出たら、遊園地の入り口だ。テストが終わる度に遊びに行く人たちもいるようだが、何しろ入場料が高い。俺自身、親に連れられて2度来たことがあるくらいだ。莉子は常連らしく、乗る順番や回る順番を軽く説明してきた。

「これは絶対やらないといけないわけじゃないんだけど、休日だと、反時計回りに回っていくと効率がいいことが多いの」

「別に適当でよくね?」

佐藤の顔が明らかに歪んだ。

「雰囲気楽しむならそれもありだけど、椎名くんはあまり来たことないし、千早は初めてって言ったじゃない?だからできるだけ濃く楽しむなら、待ち時間や混雑は減らしたいわけ。わかる?」

「相変わらずの情熱だな」

「私はただ人が多かった、しんどかったで思って終わらせてほしくないだけ。もちろん建物もめちゃくちゃ映えるのばかりだしゆっくり見て回るのもいいけど、どうする?」

莉子の目は真剣だ。


「えぇと……」


急に聞かれ、俺はチラリと千早を見た。千早は、ぽかんと口を開けていたが、莉子に向かってはっきり答えた。


「私は……陽太と一緒に過ごせれば何でもいいわ」

千早は俺と目が合い、耳が赤くなった。

「俺も。……ほら、今日は一段と暑そうだし?ゆっくりまわれたらそれでいいかな……なんて」


電車内は冷房が効いているはずなのに、急に壊れたように感じる。


わずかな沈黙ののち、佐藤が莉子に声をかけた。

「莉子。今日の目的、間違えんなよ。アトラクションコンプリートなんかが目的になってないよな?」

「えーと……私、布教活動みたいだったよね。……ごめんね」

莉子が気まずそうに言った。

「ま、夏休み終わりで人が多いだろうし、ご飯食べる時間とか、シーズン物のパレードがよく見える場所とか、そういうのは頼りにしてるわ」

佐藤の手が莉子の頭にポンと置かれた。

「私もパレード見てみたい。人気なんでしょ?」

千早が莉子に笑いかけた。

「俺もそれは楽しみにしてるんだ」

「……うん。なんか2人とも、めちゃいい人たちー。しかもラブラブだしー」

莉子が笑った。


一瞬の気まずさもいつの間にか、消えていた。

俺は佐藤のそつのなさに感心した。それに、佐藤と莉子の関係もなんだか眩しかった。


電車を降り、遊園地の入り口まで来たとき、わくわくするような音楽が流れていた。佐藤からチケットを手渡され、俺たち4人はゲートをくぐった。

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